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第九話 早朝クエスト

 コウキとルクセリアが鍛冶師ターカスの店に行ってから三日後の早朝。彼らの姿は王都ローデンハルトの程近くに広がっている森、詳しく言えば王都の西側に広がり、港町への道を邪魔する様な森の中にあった。

 いつもの臍と太ももを大きく露出させる服の上から、実用一点を考えた灰色のコートを身に纏い、腰には片手で扱う事を考えたソードが一本吊られているルクセリア。

 つい三日前に鍛冶師のターカスから受け取った赤を基調として、所々に黒が交じるロングコート。腰には万能ベルトが巻かれ、一本のカタナが腰後ろに吊り下げられている。他にも小さな道具袋とそれより一回り大きな道具袋が下げられているが、旅に持ち歩く道具が入ったずた袋は存在しない。

 ルクセリアの方にも、旅に持ち歩いていた魔獣の皮で作られている肩掛けの鞄がなく、それはつまり、二人共旅に出ている訳ではない事を示していた。


 僅かに見える土色の上に敷き詰められた緑達。

 雑草であったり、獣が食べる植物であったり、人間の使う薬草であったり、茶葉になる植物であったり、その用途は様々だが、無数とも言える植物が自生する森の中でコートの裾を地面へと垂らし、緑の絨毯へとしゃがみ込むルクセリアの姿は、深く長い青の髪を纏め上げ、ちらりと覗く首筋の青い肌が何とも言えぬ色香を感じさせる。が、しかし、彼女の表情は色香等とは無縁の不満そうな表情。

 黙々と、しかし無造作に、ふわふわと綿の様な形をした葉が集合した植物をぶちぶちと引き抜いては、コートのベルト通しに括られている道具袋に放り込む。

 先程言った不満と言うのは言い過ぎかもしれないが、釈然としない様な感情を、現在の彼女が抱えているのは表情にも仕草にもよく表れている。

 一つ一つの動作にいつもの優美さが感じられず、横長に尖った青の耳や、折りたたまれた黒く大きな翼がブルブルと小刻みに震え、その感情を表面へと押し出す。

 腰からにょっきりと生える彼女の大きな翼は、物々しさを感じさせるが、よくよく見てみると感情がよく現れる部分でもあり、愛嬌すら感じさせる。

 美しくしなやかな指を持つ手で、無造作に植物を引き抜く彼女の金色の瞳は、ジト目を作り自らの傍らにいるコウキへと向けられており、その瞳は雄弁に現状に対しての不足を語っている。


 明らかに現状に不足、及び不満を湛えたルクセリアの金色の視線を一心に受けるコウキだが、全く気にした様子はなく、コートの裾を地面へと垂らし、地面へとしゃがみこんでいる。

 ルクセリアの程近くでコウキも無造作に彼女が摘んでいる物と同じ草を毟り取り、道具袋へと突っ込む。

 腰後ろに吊られたカタナの鞘を、がらがらと地面へと着地させつつ、草を見つける度に引き摺る様にして移動するコウキは、現状に対しての不足など微塵も感じてはいない。

 黙々と草を摘み取り、道具袋へと突っ込む作業にも拘わらず、何処かその鋭く黒い瞳は満足そうな感情を宿している。更に機嫌がいい時ならば、鼻歌でも飛び出しそうな様子。


「ねぇ? コウキ? ちょっといいかしら?」

「あん?」


 黙々と草を摘み取っていたルクセリアが我慢できなくなったのか、深海の様に静かな青を湛えた長い髪をゆらりと揺らしつつ起立。

 にっこりと笑みを浮かべる彼女の額には、心なしか血管が浮き上がっている様な気もするが、そんな事を気にした様子がないコウキは、手元に意識と視線を集中させたままルクセリアの声に応えてみせる。

 お、また見っけ。と意気揚々と草を摘み取るコウキの様子に、浮き上がった血管がもう一つ増えるのは仕方のない事だろう。何せルクセリアの視界内でしゃがんでいるこの男、全く聞く気がない。


「私達って何だったかしら?」

「へっへっへ……今日の晩飯おばちゃんに言ってもう一品追加してもらうか。野菜がゴロゴロしたスープが食いてぇ」

「……ちょっと?」


 収入を鑑みての今夜の晩御飯を夢想するコウキが、ぐへっぐへっと下品極まりない笑い声を上げている様子は、当然ながらルクセリアの言葉など聞いちゃいない。

 彼女の紡ぐ言葉の声が、一段低く、そして冷たくなるのも致し方ない事。


「んだよ?」

「お願いだから私の話を聞いて。貴方が見た目や性格とは裏腹に意外と野菜好きなんて事実はどうでもいいのよ。今は」

「野菜バカにすんじゃねぇ。案外たけぇんだぞ」

「知ってるわよそんな事……そうじゃないわ。私達は何?」

「何ってお前……傭兵だろ」


 草を摘み取り、道具袋に入れつつコウキはルクセリアの言葉を頭の中で噛み砕く。

 そして数秒の黙考後、カタナの柄に触れた事で思い出した様に自信満々な様子で傭兵だと言い切るコウキに対し、笑顔を浮かべているルクセリアの額に、もう一つ血管が浮き上がるのは仕方の無い事なのかもしれない。

 胸の下で腕を組んだルクセリアは、自らの怒りを押さえ込むかの様に、自らには恥じる事等何もないと言った様子のコウキから一旦視線を逸らし、瞼を軽く伏せる。そして嘆息。

 ソレイユの季節独特の暖かな空気の中に、ルクセリアの冷たいため息が溶けては消える。そして再度開かれた金色の瞳は、何とか怒りを鎮める事が出来たのか、代わりに浮かぶのは呆れ。


「今一瞬考えたでしょう?」

「まぁな、山菜採りにでも転職するか」

「し・な・い・わ・よ!」


 発言の内容をわざわざ区切り、瑞々しくも小さな唇を、しっかり区切った単語に合わせて大きく変えてみせる。

 いつもの静かな雰囲気とは違い、何処か遠慮のないルクセリアの反応に対し、コウキはけらけらと笑い声を上げてみせる。しかし、その手は無造作に草を引き抜き、道具袋へ入れる事を忘れてはいない。


 傭兵と言うのは、本来戦いの為の道具である。戦争があれば国に金で雇われ、人を殺し、戦果を挙げ、契約が終わればまた自らを戦争のある国へと売り込む。

 しかし、時代は移りゆくものだ。既に国家間の戦争等なくなって久しいこの世界で、傭兵と言う稼業など無用の長物でしかない。

 そこで出来上がったのが傭兵ギルド。傭兵を戦いの為の道具ではなく、国単位で解決するには小さな依頼や困り事を解決する、言わば何でも屋の様な仕事を請負いだした。それが今の傭兵ギルドの原点。

 旅をする上での路銀稼ぎや身分証の為に傭兵ギルドへ登録する。見知らぬ誰かを救いたいが為に傭兵になる。ただ単に仕事が欲しいから傭兵になる。

 今では何でも屋の総称として傭兵と言う職業が存在すると言ってもいい。そして多くの場合、旅人も傭兵として見なされる。


 コウキ達が今こうして森で黙々と草を摘み取っているのも、立派な傭兵ギルドの仕事である。

 しかし、何でも屋の総称として意味が入れ替わった傭兵と言えども、その本質は戦う者である事は、多くの場合変わらないイメージとして定着している。

 そしてこの世界は、魔獣、魔物、モンスターと言った理性・知性・道徳等を持たない人ならざる者からの被害が多い。故に、実力のある傭兵は、魔獣狩りを主な仕事として請け負うのが常識であり、通例。

 戦いの場が人対人から人対人ならざる者へと移っている。

 言ってしまうならば、柔らかな風と朝の僅かな日差しが差し込む静かな森の中で、疲れた様にため息を吐くルクセリアも、本来ならばそう言った仕事をメインに世界を歩く傭兵の一人。そして、そんな彼女に認められたと言ってもいいコウキも、討伐を主に仕事をする傭兵として認められている様なものだ。


「武器制作を依頼してから三日、仕事をするのはいいけれど……この三日何をしたか思い出せるかしら?」

「表区画にある宿屋の修繕だろ? 民家の納屋の片付けに、同系統の依頼で草刈。あぁ、あと城下町の清掃もやったな。ドブさらいはくっさかったな」

「そうね、そうね。全くその通りね。素晴らしいわ、ろくに下積みもしない新人達に見習わせたいくらいね? 朝から始まって暗くなって最後の鐘が鳴るまでずっと雑務雑務雑務。素晴らしいわね」

「だろ?」

「褒めてないのよ!? わかって言ってるわよね!?」


 悪びれもなく自信満々に褒められたと受け取っているコウキだが、その状態は変わらず地面へとしゃがみこんだまま草を摘み取っており、ルクセリアへ声は送れど視線は送らず。

 声を荒らげようがマイペースに依頼に集中するコウキは、正しく新米傭兵の鏡と言っていいだろう。

 しかし、そこでルクセリアが釈然としないのは当然の事かもしれない。彼女の頭の中には、武人として戦闘の中で輝くコウキのイメージが既に定着してしまっている。

 戦闘者としての技量は申し分なし、野営の準備なども昔から狩り三昧で暮らしてきたコウキには朝飯前。野生の獣を相手に過ごしてきた索敵能力も目を見張るものがある。

 自称一流の傭兵よりもよっぽど一流らしい実力と格を備えたコウキが、楽しそうに雑務と言える依頼をこなしている事にルクセリアが釈然としない想いを抱えるのも無理の無い事だ。


 声を荒げるルクセリアに対し、けらけらとやはり笑い声を上げてみせるコウキに、小さくため息を吐き、目の前の依頼に集中する事にしたのか、再び地面へと静かにしゃがみこみ、目の前に広がる緑を無造作に毟り取る。


「貴方は、何の為に傭兵になったのよ……」

「あ? そんなもん決まってんだろ。自分の為だ」

「え?」


 小さなため息の後に、思わず出てしまった小さなルクセリアの呟きに、コウキは間髪入れずに答えてみせる。

 あまりにもきっぱりと答えを返してくるコウキが意外だったのか、草を毟り取る動作を止めて、自らの後ろでしゃがみ込むコウキへ金色の瞳を向ける。

 しかし、コウキが草を摘み取るのをやめたわけではなく、答えた理由がそれ程までにコウキにとって当たり前で、考えずとも既にわかっている事だと認識させるには十分。


「世界を知りたい。王ってのがどんな存在か見てみたい。全部俺の為だ。誰かの為になったわけじゃねぇよ」

「王様に会いたいって言うのは……」

「ん? あぁ……すげー昔、両親がまだ生きてた頃に教えてもらった事の一つに王様の話があってな。それからずっと王ってのがどんな存在か知りたかった。世界を統べる王なら、世界ってのがなんなのか、知ってるんじゃないかと思ってな」

「王様と言っても普通の人よ。世界がなんなのか、なんて知らないわ。王はそこまで万能な存在ではないのよ」

「流石に今となっちゃそれは理解してるけどよ。それでも王ってのがどんな存在か、それを知りたいって気持ちはまだ残ってんだよ」


 苦笑と共に軽く答えるコウキに、そう……と小さく返したルクセリアは何かを考える様に作業に戻ろうとして、はたっと何かに気が付いた様に視線をコウキへと戻す。


「待って? 王に会うなら大きな功績が必要だってわかってるのかしら? こんな所でちまちま香の草を集めてても王には会えないわよ?」


 そう、今コウキ達がしている依頼は、間違いなく雑務もいい所の小さな依頼。

 依頼主は貴族で、ヌーチェの葉をありったけ持って来いと言う依頼だ。ヌーチェとはふわふわした綿の様な葉が集合した草で、乾燥を経て香として使うと爽やかでしつこくない良質な香りを立ち上らせる物。

 貴族が香としてよく使っている香草の一種。

 依頼主が貴族である為、支払いもよく、確実に報酬が支払われる。

 しかし、そんな事をちまちまとやっていても王には会えない。それは確実だ。しかも新米と言ってもいいコウキが、王に会おうとすれば、それこそ聞いているだけで目が霞んでくるような大きな功績が必要。

 明らかに今積み重ねてやっている依頼は、コウキの目標を達成するには些か矛盾した行動と言わざるを得ない。


「いーんだよ。それで」


 よっし、こっち終わり。と小さく声を漏らし、ぱんぱんと軽くコートを叩きつつ立ち上がったコウキは、しゃがんだまま金色の瞳を向けてくるルクセリアを見下ろし、小さく笑みを浮かべる。

 矛盾した言動と行動に、やはり話が見えてこないルクセリアは、じっとコウキを金色の瞳で見上げ、対してコウキは小さく方を竦め、嘆息。


「王には会う。だがな、それだけを目的に傭兵になって、大きな功績を上げて、それで何が楽しいんだ?」

「楽し、い?」

「あぁ、強くて害を及ぼす魔獣や魔物を倒して、戦い漬けの毎日になって、何が楽しい?」


 質問したのは間違いなくルクセリアで、それに対して質問を投げかけるのは良くないのだが、それでも質問してくるコウキの言葉に、ルクセリアは返す言葉が見つからない。

 そもそも、彼女には楽しさを求めて傭兵になる事等考えつかなかったのか、探るような目つきだった金色の瞳は、呆然とコウキを見上げる色へと変わっている。


 問い掛けに対しての答えは求めていなかったのか、コウキはルクセリアから視線を外し、軽く笑みを浮かべたまま、早朝の柔らかで澄んだ日差しが漏れる木々の間を見上げる。

 木漏れ日……と言うにはまだ少し日差しが弱い時間帯だが、それでも眩しそうに見上げるコウキの瞳は、鋭く輝いたまま世界を見上げているような眼差し。そしてその瞳が宿すのは、好奇の感情。


「折角世界を自由に歩ける傭兵になったんだ。世界を自分の目で見て、楽しんで、世界はやっぱりおもしれぇもんだと思った方が得だろ」

「世界は、面白い……」

「戦いばっかの毎日じゃ、何がおもしれぇかなんてわかりゃしねーだろ」


 そう言って木々の間をすり抜けてくる日差しを浴びたコウキは、ルクセリアへ向けて、にっと笑みを浮かべて見せる。

 コウキを見上げるルクセリアの金色の瞳は、眩しいものを見上げるようにしてきゅっと細められる。その瞳には、何処か別の世界を見る様な遠い光があった。


「やっぱり、私と貴方は違うわね……」

「同じだ」


 コウキから視線を逸らし、もう届かない物を羨むような弱々しいルクセリアの声に、コウキはきっぱりと同じだと言い切る。

 確信さえ込めた強い口調に、逸らされたルクセリアの視線は戻され、金色の瞳が自信に満ちた声と同じ様に自信に溢れたコウキを見据える。いや、縋りつくかのような視線は、助けを求めているようにすら感じられる。

 視線は助けを求める。しかし、出てきた声はやはり、コウキを突き放すような冷たく静かな声。


「そうかしら?」

「そうだ。手を伸ばせ、世界を見ろ。見られねぇ受け入れられねぇってんなら無理矢理目ん玉ひん剥いてでも見せてやる」

「強引極まりないわね……価値観の押し付けは良くないわよ?」

「知った事かよ。俺についてくるなら俺の価値観。俺の見方。俺にとっての世界。全部てめぇに押し付けてやる」


 あまりと言えばあまりに強引すぎるコウキの言葉に、小さくため息を吐くルクセリア。

 静かに立ち上がった彼女は、腰に下げた片手用のソードに手を掛け、同時にコウキもカタナの柄へと手を伸ばす。

 そして、がさりと森の奥から音が響き渡る時には、しゃらりと鞘鳴りの軽い音と共に、両者の白刃が抜き放たれている。


「ほらな? 小さな依頼も無駄じゃねぇし、おもしれぇもんだろ」

「何が面白いのよ……」

「何が起こるかわからねぇ。って意味でな」

「はぁ……」

「それにな。言ったはずだぜ? 俺は掴んだもんは離さねぇ主義だってな」

「そうだったわね」


 ふっと小さく笑みを浮かべるコウキに、苦笑を浮かべるルクセリア。

 凸凹が目立つ二人組だが、小さく笑みを交わし合う雰囲気は悪いものではない。結局コウキと言う男は、ルクセリアが落ち込もうが、突き放そうが関係がないのだ。

 既に自らに関わってきた彼女を巻き込む勢いで世界を共に見る。世界を共に歩く。既にそう決めている。


 少し楽しそうなコウキの鋭い黒の瞳と、諦めた様な雰囲気ながらも、どこか嬉しそうなルクセリアの金色の瞳。

 二組の視線が森の奥にいる存在へ向けられ、その姿が飛び出す瞬間を待っている。


 何が起こるかわからない。それが世界であり、それを楽しみ歩き、その上で目的を成し遂げる。

 茂みから飛び出てくる存在がなんなのか、それすらも小さな楽しみを覚えているらしいコウキの横顔を、横目で見据えるルクセリアの口元に、自然と小さく笑みが浮かぶ。

 本人も自覚しているのかどうか怪しい程に、小さくわかりづらい程の笑み。しかし、確かにこの状況で浮かべているその笑みは、彼女が変わり始めた証拠なのかもしれない。


 依頼:ヌーチェの葉収集


 依頼者:キリエ


 内容:ヌーチェの葉を五〇束以上


 ギルド備考:依頼者は貴族の婦人。直接対面する事はないが、採取物は状態のいい物が望ましい。五〇束は最低限であり、それ以上の買取も問題はない。


 報酬:三〇〇〇C(クーヴェ)~




 始まりの鐘が鳴る直前から受けた依頼――ヌーチェの葉収集。

 報告の為にギルドに寄ったが、やはり依頼受付の時と同じく、メルファティナの姿が見当たらないギルドを出て、活気が出てきた表区画の大通りを、赤が基調となっているコートの裾を揺らして歩くコウキ。

 傍には先程まで居た筈のルクセリアの姿がない。

 王様、ね……と静かに呟いた彼女が、この依頼で今日の傭兵稼業は休みだと宣言し、さっさと姿を消したのが依頼完了報告を受けてすぐの事だ。

 ここ最近始まりの鐘が鳴り響く時間から、終わりの鐘が鳴る時間まで雑用を主とする依頼を詰めてこなしていた故、今日もその予定だったのが総崩れとなり、多くの時間が余り余ったコウキ。

 今日の依頼完了額――三五〇〇C(クーヴェ)のみを道具袋に入れ、ふらふらと大通りを彷徨(うろつ)き、開店して間もない店が活気づいてくる過程をぼんやりと視界に入れつつ街の散策に行動予定を切り替える。


 この世界には時間を示す鐘が二つしかなく、一日の生活が始まる時間を告げる始まりの鐘。労働の終わりを告げる終わりの鐘。その二つの鐘を基準として営む生活は、城の膝下とは言え緩やかなものだ。

 店が開店する時間と閉店する時間。昼を主な営業時間とする店は、その二つだけは揃えられるものの、それ以外の時間は自由で縛られる事なく、人々がそれぞれの時間にあてる事が出来る。

 これは大きな街独特の風習であり、これでも時間に対してきっちり行動している方だ。小さな集落や村になれば、時間を縛る鐘などは存在せず、起床から就寝まで個々人の感覚のみで過ごす事になる。

 そして、生活が始まる事を告げる鐘を聞き届けると同時に、依頼の為に街を出たコウキは、現在ようやく活気づいてきた街並みをぼんやりと視界に捉え続けている。


 客引きの威勢のいい声。値段の値切りを求める客の声。街に入ってきた商人が荷台を引く車輪の音。何処かからふわりと漂ってくる食指を誘う香り。人が増えてきて歩きづらくなってくる中でも、ぶつかりそうでぶつからない感覚。様々な服装、様々な肌色、様々な容姿の人々が行き交う人並み。


「相変わらずすげーな……」


 重厚なブーツの足音を鳴らしつつ、コートのポケットに手を突っ込んだまま呆然と声を上げるコウキ。

 時間が余る程の仕事上がりになってしまったコウキは、コートや腰後ろに下げるカタナがそのままであり、そんなコウキが傭兵だと言う事は最早一目瞭然。

 外から見ても質のいい赤と黒のコートを身に纏い、この辺りでは珍しいカタナと言う武器を引っ提げるコウキは、新米傭兵の多いこの街では明らかに浮いており、そこそこ多くの視線を集めている。

 新米と言うには防具らしい防具を着けていない。にも拘わらず武器を引っ提げているコウキの姿は、明らかに違和感の塊だった。

 しかし、注目を浴びている本人はそれ所ではなく、視覚、聴覚、嗅覚等の感覚に直接訴えてくるような街並みにただただ圧倒されている。


「おう、兄ちゃんは傭兵さんかい?」

「ん? あぁ、間違っちゃいねーな」

「仕事はいいのかい? こんな時間に傭兵さんが歩いてちゃ注目の的だぜ?」


 串焼きか何かの屋台を、大通りの端で広げている親父から声が掛かり、コウキはそれを無視する事なく肩を竦めつつ屋台の前に立つ。

 人好きのしそうな笑みを浮かべる親父に対して、コウキは苦笑を浮かべるしかない。


「相方から今日は休養と言われてな。一つ依頼こなしたらお開きになっちまったんだよ」

「なぁるほどなぁ。って事は兄ちゃん達は始まりの鐘が鳴る前から仕事してたのかい?」

「まー、ここ数日はそうだな」


 思案している事を伝えるような顔つきで、親父が広げる屋台の商品を置くスペース。そこの空いている箇所に肘を付き、人並みを眺める様にして親父に答えるコウキ。

 ぼんやりと眺めつつ、親父と会話するコウキは、正しく旅人としての姿と言えるかもしれない。

 親父は真面目に働く傭兵なのかそうでないのかよく分からず、歯に着せぬ物言いで言葉を紡ぎ、だらりとだらける様な体勢を披露するコウキが気に入ったのか、焼き上がった串を一本差し出してくる。

 視界の後ろからにょっきりと親父の腕と共に生えてきた串は、簡単に味付けされたものの様で、塩の粒子が付着しているのが見受けられる。しかし、それだけでは終わらず、肉独特の油が照り出ているかの様にコーティングされた串は、正しく食欲をそそる香り。


「くれんのかい?」

「五〇〇C(クーヴェ)だ」

「暴利じゃねーか」

「かはは。じょーだんだよ! ホントは一本九〇C(クーヴェ)だが、お近づきの印だ。一本やるよ」

「んじゃ、遠慮なくもらうぜ」


 差し出された串を受け取り、遠慮なく齧り付く。

 口の中に程よい塩気と無駄に加工されていない肉汁が広がり、思ったよりも質が良くしつこくない肉汁がコウキの食欲を僅かに満たしていく。

 もっちりとした食感でもなく、上品で濃厚な油を持っていない。さっぱりとしてほろりと崩れるような食感を持つ肉は、鳥系の肉であると訴えかけている。

 魔獣か動物という括りで考えられる鳥の肉である事は明白だ。


 お、うまい。そうだろそうだろ、うはは!


 などとさっぱりとした会話運びをするコウキと店主の親父。

 じゅわじゅわと食欲をそそる音と香りを立ち上げる店先で肘を突いてだらりとしているコウキは、鋭い光を宿した黒い瞳で、どんどんと増え続ける人混みの流れを飽きる事なく追い続ける。

 旅人と街の住民との自然的な交流はよくある風景であり、コウキが自分自身その風景の一員である事を夢想しない日は一日たりともなく、そして毎日飽きる事なく想像し続けた幻想が今現実の物となっている。


「何か、感慨深いもんがあるな……」

「おいおい兄ちゃん。わけぇもんが感慨深いたぁ不景気な話だなぁ」

「いやー俺自身傭兵になれるとは思ってなくてよ。あのまま村ん中で一生終わるのかと半分覚悟してたんだよな」

「そりゃあれかい? 実力云々って話かい?」

「あー……ま、そだな。今までは、ってとこか?」

「なら今は将来明るいって事じゃねぇかい! 先の事を考えな先の事を! 過去を振り返るにゃあちとはぇーぜ?」


 どこまで行っても前向き且つ、威勢のいい声で笑い声を上げる店主に対し、やはりコウキもニッと笑みを浮かべて見せる。

 そうだな。その通りだ。そう力強くも小さく呟いたコウキの薄い唇は、あんぐと大きく開き、目の前に残っていた肉を一気に串から引っこ抜く勢いで口の中へと収める。

 小さな串とは言え、勢いのいい食いっぷりを見せたコウキに、いいねぇ。と声を上げる店主は、自分の事ではないのに嬉しそうな表情を作る。

 厚めの唇で人好きのしそうなからりとした笑みを浮かべる店主の親父は、小さな屋台の店の店主にしては愛想がよく人気者でありそうな雰囲気。


「まぁなんだ。若い頃ってのは周りを見ねぇもんさ。あがいてもがいて、それでもやりてぇ事をやるもんさ。俺だってこの年だけどよ、まだ串屋の親父なんて仕事やってる。これは俺がやりてぇからやってんのさ」

「……アンタいい親父だな。そうだ。まったくその通りだな。改めて俺自身の原点を思い出したぜ」

「へへっ、そう言ってくれると嬉しいねぇ。年寄りってのは若いもんの面倒をつい見たくなって仕方ねぇ」


 驚きに目を見開きつつも、感心した声を上げるコウキに、年甲斐もなく照れているのか、親父の手は一層串を焼く事に集中している。

 しかし、返事を返さない事等なく、しっかりと声を上げつつ自分を過剰に押し出す事のない親父は、厳しい外見とは違い謙虚且つ穏やかな人物である事は間違いない。


 時折屋台の串が焼ける香ばしくも食欲をそそられる香りに、ちらちらと屋台へと視線を送りつつも過ぎ去っていく人並みを見れば、小さな屋台だとしてもこの店は案外と人が来るのかもしれない。

 いつからこの店が存在しているのかはわからないが、店主の人柄に加えて先程コウキが食べた串の味。そして一本が比較的安めに設定された値段。

 人が来ない屋台であるとは到底言い切れない。常連のような者も存在するだろう。

 今現在コウキ以外の人が寄り付かない原因は、コウキ自身にあると言っていい。店主の親父が気軽に話す人物が店先にいれば近寄り難い感情を覚える者は少なくない。


 早朝の表区画をぼんやりと流し見つつ、人の良い店主と軽く会話を続ける。

 自らが原因でこの屋台に人が寄り付いていない事を自覚しつつも、そこから身を引こうとは考えていないコウキ。

 屋台のカウンターに体重の殆どを預けたまま、黒の瞳を気が抜けた様に動かすコウキ。その視界に、ぴょこりと動く赤い物体を見つけたコウキは、すぐさま屋台の店主へと振り返る。

 体は既に自らの足でしっかりと地面を踏みしめていた。


「親父。串あと二本くれ」

「お? おう。もう行くのかい? にーちゃん」

「あぁ、知り合い見つけたんでな。暇が潰せそうだからここの串土産にしてちょっかい出してくらぁ」

「ほどほどにな。ほいよ、一八〇C(クーヴェ)な」


 串を受け取り、無造作に道具袋へ手を突っ込む。

 ぐりぐりとまさぐり、幾度か手を出し入れし、何度目か袋から出てきた掌に銅貨が乗っている事を確認し、器用に銅貨だけをカウンターの上へと転がす。

 キンッと言う軽く小さい音と共に、カウンターの上へと転がり出た銅貨を、店主の大きくゴツゴツとした手が掴み取る。


「雑な渡し方だな」

「わり、片手塞がってるからよ」

「ま、いいけどよー。はいよ、三二〇C(クーヴェ)」


 右手に掴まれた二本の串を親父に掲げつつ苦笑を浮かべて見せるコウキに、親父もまた苦笑。

 親父のゴツい手からじゃらじゃらとカウンターの上に零れ落ちたのは、銅粒三個に鋼粒が二個。

 ちらりとカウンターの上に広がるお金を見て、きっちりとお釣りが合っている事を確認したコウキは、やはり空いている左手で無造作に粒を掴み取り、道具袋へと直行。

 硬貨の上にちゃらちゃらと軽い金属音と共に落ちていく粒の音を耳で拾いつつ、コウキの体は既に屋台から大通りの方へと向いている。

 しかし、顔だけは親父へと向けており、しっかりと笑みを浮かべている。


「あんがとよ、おっちゃん。ここの事それとなくギルドで広めとくぜ」

「一応常連はいるけどなぁ」

「それでもだ。最初に貰った串の礼って事にしといてくれ」

「ははっ。おう」

「んじゃな」


 最後まで人好きのする愛想がいい笑みを浮かべている親父に、ニッと小さく笑みを浮かべたまま、左手を通行の迷惑にならない程度に掲げ、コウキは宿屋から視線を外す。

 そして大通りを鋭く光を宿した黒の瞳で見据えたコウキの視界には、既に探し人の姿は無いが、愛想があった小さな笑みから、にやりとした笑みへと変わり、コウキの薄い唇が小さく開かれる。

 そこから紡がれる宣言と言ってもいい言葉もまた、小さなく呟く様な言葉だ。


「ダスト『世界の記憶(アーカイブ)』|》》(コンバート)『自由の瞳(イーグル)』」


 呟かれた小さな言葉に反応し、コウキの鋭い光を宿した黒の瞳の前に浮かぶ幾つもの円で構成された赤く光る陣。

 きゅるきゅると回転を保った陣は、そのまま回転を保持しながら大きさを調整する様に収縮。きっちりとコウキの黒い瞳と同じ大きさへと収縮した陣は、そのままコウキの黒の瞳へ、ぺったりと張り付くようにしてふわりと宿り、黒の上から赤を宿らせる。

 黒く鋭い光と赤く幾重もの円をくるくると回転させる陣の光。二つの光を携えたコウキの視界は、景色が一瞬にして放射線状に伸びる感覚と共に、遠くの物を写す。

 きゅるきゅると視界の距離を調節する様に陣を操り、幾重もの円で構成された陣は、その度に一つ一つの円をくるくると回転させてみせる。

 視界の焦点を陣で調節しつつ、右、左とせわしなく動く瞳がぴょこぴょこと跳ねる様に動く赤い物体を捉える。

 人混みの中から僅かに顔を覗かせる赤を見つけたコウキは、にやりと笑みを浮かべたまま、重いブーツの足音と共に人混みの中へと躊躇なく身を投じた。

 どうもこんばんわ! あっくすぼんばーであります!

 いやはや、今回は少し短いですね。

 でも出来れば毎回これくらいの文量で収めきりたい所であります。

 まぁ、ここで切らないと中途半端な感じになっちゃうので切っただけなんですけどね。

 次の話は王都での大きな出来事の始まりの部分となります。主役は赤い部分を持っている人物です!

 コウキくんじゃありませんよ? 彼主人公ですから!

 知ってるって? 私も知ってました!


 さてまぁ、物語は次回をお楽しみくださいという事で。

 ここからは雑談タイム!一言しかなくても雑談タイム!

 DIVA -F- 2ndの発売日延びちゃったよ……ミクさんが遠ざかっていく…

…ついでに私の財布もピンチ!

 はい、今日の雑談タイム終了です! 楽しかったですね!


 ではまた次回お会いしましょう!

 あっくすぼんばーでした!

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