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『強制終了された神話 ――三島由紀夫というOSの孤立と美学的逃亡』  作者: えいの
第2章:美学の分岐と歴史的誤謬 ――機能美(生存)と芸術美(静止)の衝突

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第4節:戦後社会(バグだらけの環境)からの逃亡

 前節までにおいて、三島由紀夫が「機能としての美(生存とインフラ維持)」を退け、「芸術としての美(静止と完結)」を至上命題として選択した思想的メカニズムを解明した。彼が歴史的な実用主義(鎌倉・戦国期の武士のリアリズム)を切断し、機能を持たない死のロマンティシズム(江戸期の『葉隠』)に心酔した背景には、稼働に伴う摩耗や汚染を許容できない「芸術家」としての極端な純潔主義が存在していた。本節では、この内的要因を踏まえた上で、彼が身を置いていた外部環境、すなわち「戦後日本社会」というマクロ・システムとの決定的な非互換性について論じる。三島にとっての戦後民主主義社会とは、単なる政治的対立の場ではなく、自らの高度なソースコードを無残に汚染し、無効化する「バグだらけの実行環境」に他ならなかった。彼が最終的に選んだ市ヶ谷での自決は、表層的にはこの腐敗したシステムに対する劇的な抗議(行動)として演出されたが、システム論的かつ冷徹なエンジニアの視座からリバースエンジニアリングを行えば、それは過酷な「保守運用メンテナンス」の責務を放棄し、自己のデータが書き換えられる前にネットワークから物理的に切断を図った「敗北主義的な逃亡」であったという実態が浮き彫りになる。

 昭和二十年の敗戦を境に、日本という国家システムは劇的なパラダイムシフト(OSの全面書き換え)を経験した。大日本帝国という旧システムにおいて絶対的な中心座標(読み取り専用メモリ=ROM)として機能していた「天皇」は、象徴という名の単なるアイコンへとダウングレードされ、代わりに「民主主義」と「経済成長」という相対的なプロセスそのものが新たな目的変数としてインストールされた。情報工学的に言えば、戦後の大衆社会マス・ソサエティとは、絶対的な真理や階層構造を持たない「巨大な分散型ネットワーク」である。このネットワークにおいては、情報の価値はその深遠さや論理的整合性ではなく、「どれだけ多くのノード(大衆)に消費され、シェアされるか」というトラフィックの量(多数決と市場原理)によって決定される。三島は、この中心を欠いた相対主義的な環境を激しく憎悪した。昭和四十五年(一九七〇年)に発表された『果たし得てゐない約束――私の中の二十五年』において、彼は戦後日本を「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国」と表現したが、これはまさに絶対的な価値基準(ROM)を喪失したまま、ただ物理的な拡張(経済成長)だけを自己目的化して肥大化していくバグだらけのシステムへの絶望の告白であった。

 このような大衆消費社会という実行環境において、三島のように高度で複雑な設計思想カーネルを持ったプロセッサが直面する最大の恐怖は何か。それは、物理的な弾圧や言論の封殺ではない。自らが精血を注いで記述した「思想ソースコード」が、不特定多数の低スペックな端末群(大衆やマスメディア)によって恣意的にデコード(解読)され、娯楽や消費財という卑小なフォーマットへと「強制的に変換エンコード」されてしまうことである。三島は戦後日本において、最も成功した流行作家の一人であり、マスメディアの寵児であった。ボディビルで鍛えた肉体をグラビアで披露し、テレビに出演し、映画で切腹を演じる彼の姿(巨大化したUI)を、大衆は熱狂的に消費した。しかし、大衆が消費していたのはあくまで彼の提供する「過激で美しいインターフェース」だけであり、その奥底で警鐘を鳴らし続けていた「国家システムの崩壊」や「天皇という絶対座標の喪失」といったOSレベルの警告は、完全に無視されるか、あるいは単なる「右翼的なパフォーマンス(娯楽)」として曲解されていた。

 三島の絶望はここにある。どれほど精緻な論理を提示しても、ネットワーク全体が「消費という名のマルウェア」に感染しているため、彼の言葉は常にノイズに塗れ、意味を剥奪されてしまう。大衆社会においては、思想は批判されることによって死ぬのではない。消費され、飽きられ、忘れ去られることによって死ぬのである。三島は、自らの純粋な美学と絶対的な論理が、この「中間色で抜目のない」システムの中で、徐々に摩耗し、俗物的なコンテンツへと引きずり下ろされていくこと(データの汚染)に耐えられなかった。

 もし三島が、国家というインフラを本気で防衛しようとする真の「システム・エンジニア」や「為政者」の精神を持っていたならば、彼はこの絶望的な環境下においてもなお、泥にまみれながらシステムを正常化するためのパッチ(言論活動や政治的交渉)を書き続けなければならなかったはずである。現実の社会システムを維持するためには、大衆の無理解や政治的妥協という「ノイズ」を許容し、自身の思想を少しずつでも実装していくための粘り強い保守運用メンテナンスが不可欠である。現実の政治家や思想家たちは、自身のコードが汚されることを承知の上で、少しでもシステムを改善するためにこの終わりのないバグ取り作業に従事している。

 しかし、三島という「芸術家」には、この泥臭い継続的プロセスが我慢ならなかった。芸術作品は、一度完成したならば、他者によって勝手に筆を加えられる(コードを書き換えられる)ことを絶対に許さない。彼は社会という動的なシステムの中で、自らの思想が他者と衝突し、変容し、妥協を強いられていく「動的適応のプロセス」を、精神の敗北であり美学の崩壊であると見なした。三島が最終的に選んだ行動は、バグだらけのネットワークの中でウイルスと戦い続けることではなく、自らの端末が完全に汚染される前に、ネットワークから物理的にケーブルを引き抜き(自決し)、自身のデータを「書き換え不可能な読み取り専用ファイル(ROM)」として凍結保存することであった。

 三島は自らの死を、天皇という絶対座標を再インストールするための強烈な「行動アクション」であり、武士道に基づく英雄的な自己犠牲であると意味づけた。市ヶ谷駐屯地バルコニーでの演説において、彼は自衛隊員たちに向かって「建軍の本義」を問い、憲法改正のための決起を促した。しかし、これまでのシステム論的解析から導き出される結論は異なる。彼の決起は、現実の社会システムを動かす(改修する)ための実用的なソリューション(解決策)としては、最初から全く設計されていなかった。なぜなら、真に憲法を改正し、国家システムを再構築する意図があったのであれば、少人数の武装集団による無謀な立てこもりと直後の自決という、確実に「エラー(失敗)」が約束されたプログラムを実行するはずがないからである。

 彼が市ヶ谷で実行したのは、社会を変革するためのクーデターではなく、三島由紀夫という構築された巨大なシステムを、外部のノイズ(大衆の解釈)に汚染される前に、最も美しい状態で「自己破壊(自爆)」させるための壮大なシャットダウン・シーケンスであった。思想史家の橋川文三らが指摘するように、三島のロマンティシズムの底には、現実社会の変革に対する深い「絶望」と「敗北主義」が横たわっている。彼は、戦後社会というバグだらけの環境において、自らの美学を維持したまま生き延びること(インフラの保守)は不可能であると計算し、ならばせめて、そのシステムに一切の妥協を許さなかったという「美学的な無傷の証明」だけを残して逃亡することを選んだのである。

 生き続ける限り、人間システムは変わり続けなければならず、時代の変化アップデートに合わせて自己のコードを修正し続けなければならない。三島由紀夫は、この「エントロピーの増大」と「社会からの強制的なアップデート要請」の双方から逃れるために死を選んだ。彼が命を賭して守り抜いたのは、日本という国家の物理的なインフラでもなければ、次世代の国民の生存でもない。彼が守ったのは、「三島由紀夫という芸術作品の無謬性」そのものであった。

 彼は自らを歴史の額縁に収め、決して汚れることのない「神話」となることには成功した。しかしその代償として、泥にまみれても国家の生存を維持し、次世代へとバトンを渡していくという「インフラストラクチャーの設計者」としての真の責務を永遠に放棄したのである。この機能的敗北と芸術的勝利という決定的なパラドックスこそが、三島事件の本質である。次章では、この逃亡の最終出力である「市ヶ谷駐屯地での自決」という舞台装置が、いかにして絶対的な「不理解」を前提として設計されていたか、そして彼が失った「真の理解者(継承者)」の不在というシステムの致命的欠陥について、総括的な論考を展開していく。

【引用文献・資料】

・三島由紀夫『果たし得てゐない約束――私の中の二十五年』(「サンケイ新聞」昭和四十五年七月)

・三島由紀夫『行動学入門』(文藝春秋、一九七〇年)

・橋川文三『三島由紀夫論集成』(深夜叢書社、一九九八年)

・福田恆存『総括 三島由紀夫事件』(新潮社、一九七〇年)

・松本健一『三島由紀夫の二・二六事件』(文藝春秋、二〇〇五年)


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