第1節:「エントロピーの増大(老い)」への拒絶
前章において、我々は三島由紀夫という構築されたシステムが、内部の脆弱なカーネル(平岡公威)を隠蔽するために肥大化したユーザーインターフェース(UI)を実装し、最終的に過負荷状態から孤立を深めていった過程を検証した。本章では、彼が直面したこの内部崩壊の危機に対し、なぜ「システムの維持と保守(生存)」という一般的なエンジニアリングの道を選ばず、「システムの物理的破壊(自決)」という極端な芸術的完結を選択したのか、その思想的メカニズムを解剖していく。その第一の鍵となるのが、物理学および情報理論において避けられない普遍的法則、「エントロピーの増大」に対する三島の病的なまでの拒絶と嫌悪である。生物学的な次元において、このエントロピーの増大は「老い(個体の劣化)」として現れる。三島の思想と行動の根底には、生命が時間とともに不可逆的に損なわれていくプロセスに対する、絶対的な不寛容が存在していたのである。
システムが稼働し続ける限り、そこには必ず摩擦が生じ、熱が発生し、部品は摩耗する。熱力学第二法則が示す通り、閉鎖系におけるエントロピー(乱雑さの度合い)は常に増大し、秩序ある構造はいずれ崩壊へと向かう。これは生物の肉体においても例外ではなく、細胞分裂の限界やDNAの損傷の蓄積によって、かつて完璧であった肉体も徐々にその機能を低下させ、醜悪な老衰へと至る。インフラを保守する実務的なエンジニア(あるいは種の保存を至上命題とする生物学)の視点に立てば、この劣化のプロセスは自然の摂理であり、エラーを吐きながらもだましだましシステムを稼働させ続けること、あるいは次世代のハードウェアへとデータを引き継ぐこと(生殖と継承)こそが「生存の機能美」である。しかし、三島由紀夫という設計者は、この「プロセスによる劣化の許容」を激しく憎悪した。彼にとって美とは、一切のノイズや劣化を含まない「完璧な静止状態」にのみ宿るものであった。稼働に伴う汚れや摩耗は、彼からすれば「美学的な敗北」以外の何物でもなかったのである。
この「老い」に対する戦慄と拒絶は、三島の文学作品群のなかに極めて明確な形で出力されている。彼のライフワークであり、最後の長編小説となった『豊饒の海』四部作(昭和四十年〜四十五年)は、まさにこの「若く美しいままの死」と「醜悪に老いさらばえる生存」の残酷な対比をシステム論的に描いた長大なシミュレーションであった。第一巻『春の雪』の主人公である松枝清顕は、二十歳という肉体のピークにおいて一切の妥協を知らぬまま死を迎えることで、永遠の美(バグのない完成されたデータ)として凍結される。それに対し、清顕の親友であり、その後の輪廻転生を見守る観測者となる本多繁邦は、長寿を全うし、社会的な地位(裁判官)を得ていく過程で、醜い老醜を晒し、のぞき見の性癖に溺れるなど、精神的にも肉体的にも著しく劣化していく姿が執拗に描かれる。三島は本多というキャラクターを通じて、「生き延びて社会システムに適応すること(生存至上主義)」が、いかに人間の魂を凡庸にし、肉体を腐敗させるかというプロセスを論証しようとしたのである。三島にとって、自然の摂理に従って老いさらばえることは、思想と美学の敗北であり、システムとしての完全性を喪失する致命的なエラー状態に他ならなかった。
三島の思想体系において致命的な論理の破綻(設計ミス)が生じているのは、この「マクロ(国家)」と「ミクロ(個体の肉体)」の同期における矛盾である。三島は『文化防衛論』において、天皇を時間的変遷を超越した絶対的・永遠の存在(書き換え不可能なROM)として規定し、日本という国家システム(マクロ)の永遠の持続を希求した。国家という巨大なインフラは、細胞の代謝のごとく、個々の国民が死と誕生(代替)を繰り返すことによってのみ、その永遠性を維持できる。すなわち、ミクロのレベルにおける「老いと死」は、マクロのレベルにおける「持続と永遠」を担保するための必須のシステム要件(アップデート機能)なのである。
しかし三島は、このマクロの永遠性を、自己のミクロな肉体(平岡公威のハードウェア)にまで強引に同期させようとした。前章で論じた「鋼の肉体」の構築は、生身の肉体を永遠不変の「鉄」へと変換し、老いというエントロピーの増大を停止させようとする不可能な試みであった。個体は老いるものであり、それが自然の摂理である以上、肉体をピークの状態で永遠に固定するためには、「老化が始まる直前にシステムを物理的に破壊し、時間を停止させる」以外に論理的な解決策は存在しない。三島が切腹を企図した昭和四十五年、彼は四十五歳であり、すでにボディビルで鍛え上げた肉体にも微かな衰え(筋肉の張りの喪失や関節の痛み)が表れ始めていた時期であるとされる。彼にとって、これ以上の生存は「美の劣化(システムダウンへの緩やかな進行)」を意味し、それを回避するためには、人為的な強制終了(芸術的な自決)を決行するタイムリミットが迫っていたのである。
さらに、三島がエントロピーの増大を拒絶した背景には、当時の戦後日本社会に蔓延していた「プロセス主義(生存至上主義)」に対する強烈な嫌悪感があった。敗戦後の日本は、絶対的な価値観(天皇というROM)を喪失した代わりに、「とにかく経済的に豊かになり、生き延びる」という生物学的な生存のプロセスそのものを目的変数に設定した。三島に言わせれば、それは「精神を腐敗させ、豚のように太るだけのプロセス」であった。泥にまみれ、妥協を繰り返し、エラーを許容しながらも、ただインフラを稼働させ続けるという「エンジニアの機能美」は、三島の目には、崇高な理念を持たない商人の論理、あるいは動物的な延命措置に過ぎないと映った。彼は、そうした泥臭いプロセスを「凡庸な日常」として徹底的に軽蔑し、生き延びることそのものを至上命題とする戦後民主主義体制へのアンチテーゼとして、「機能を持たない純粋な死の美しさ」を対置させたのである。
インフラストラクチャーの設計と維持という観点から見れば、三島のこの選択は明白な「保守運用からの逃亡」である。真に国家の存続を憂うのであれば、自らの肉体が老い衰えようとも、その劣化を許容し、次世代のノード(若者たち)に正確な設計思想を引き継ぎながら、システム全体の崩壊を防ぐための地道なパッチ当て(政治的・思想的言論活動)を継続しなければならなかった。しかし、彼は「完璧な状態で終わること」の美学を優先し、「泥にまみれて持続すること」の責務を放棄した。エントロピーの増大という宇宙の普遍法則に抗うことはできないと悟った天才的な設計者は、自らのシステムが自然の法則によって醜く崩壊していく様子を黙って見過ごすことができず、最も美しい瞬間において、自らの手で電源コードを引き抜くことを選んだのである。
次節では、この「生存への拒絶」と「死の美学への傾倒」を正当化するために三島が利用した『葉隠』などの「武士道」がいかに歴史的リアリズムを欠いた捏造であったか、そして本来の武士が持っていた「インフラ維持のための生存戦略」との決定的な断絶について、詳細な検証を進めていく。
【引用文献・資料】
・三島由紀夫『豊饒の海』(第一巻『春の雪』〜第四巻『天人五衰』、新潮社、一九六九年〜一九七一年)
・三島由紀夫『文化防衛論』(新潮社、一九六八年)
・三島由紀夫『太陽と鉄』(講談社、一九六八年)
・村松剛『三島由紀夫の世界』(新潮社、一九九〇年)




