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『強制終了された神話 ――三島由紀夫というOSの孤立と美学的逃亡』  作者: えいの
第3章:強制終了と継承者の不在 ――「天、予を喪ぼせり」の悲劇と次代のインフラ

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第2節:孔子の涙と、不在だった「顔回(真の理解者)」

 前節において、十一月二十五日の市ヶ谷駐屯地という空間が、三島由紀夫の美学的な自己破壊プログラムを完遂させるために用意された「絶対的な不理解の舞台」であったことを論証した。怒号を飛ばす自衛隊員も、涙を流して追従する楯の会の若者たちも、彼の思想の深層にあるアーキテクチャ(設計思想)にアクセスすることはできず、ただ表面的なユーザーインターフェース(UI)の動作に対して反応を返すだけの端末に過ぎなかった。この「高度な論理が誰にも正しくデコード(解読)されない」という絶対的な孤独は、なぜ三島を死へと追いやるほどの絶望を生み出したのか。この構造的悲劇を歴史的な文脈から解析するためには、古代中国の思想家である孔子と、その最も愛した弟子である顔回がんかいの関係性という、極めて親和性の高い歴史的アナロジーを導入することが有効である。本節では、真の継承者デバッガーを持たなかった三島由紀夫を「顔回を欠いた孔子」として再定義し、孤立したシステム設計者が直面する根源的な絶望の正体を解き明かしていく。

 『論語』に記された孔子とその弟子たちの関係は、そのままシステム設計者アーキテクトと、それを運用する末端のオペレーターたちの関係に置き換えることができる。孔子の周囲には、子路しろ子貢しこうといった数多くの優秀な弟子たちがいた。子路は勇猛果敢であり、孔子の教え(UIとしての行動規範)を誰よりも純粋に実行に移す行動力を持っていた。子貢は雄弁であり、孔子の思想を世間に広めるための優れたネットワーク・ルーターとしての機能を持っていた。しかし、彼らは孔子の説く「仁」や「道」といった思想のカーネル(核となるソースコード)そのものを、設計者と同じレイヤーで理解し、自律的に発展させる能力は持っていなかった。孔子自身が「回(顔回)や、其の心三月仁に違わず。其の余は則ち日月に至るのみ(顔回だけは長期間にわたってカーネルへの接続を維持できるが、他の者は一時的にアクセスできるだけだ)」と評したように、顔回だけが、孔子の複雑な論理構造をノイズなしで受信し、かつ自らの内面で正確に再構築できる唯一の「同等のプロセッサ(ピア・ノード)」であった。

 だからこそ、顔回が孔子よりも先んじて若くして死んだ時、孔子は「天喪予、天喪予(天、予を喪ぼせり。天は私を滅ぼしてしまった)」と慟哭したのである。この孔子の激しい嘆きは、単に愛する弟子を失ったという個人的な悲哀エラーログではない。それは、自らが一生をかけて構築してきた「道」という巨大なオペレーティングシステムを、完全に理解し、後世へと継承・保守していくための「唯一の互換性を持ったハードウェア」がこの世界から物理的に消失してしまったことに対する、設計者としての絶対的な絶望であった。他の弟子たち(子路ら)が生き残っていたとしても、彼らでは孔子のソースコードを正確に読み解くことはできず、いずれ思想は曲解され、劣化していく(エントロピーが増大する)ことが目に見えていたからである。顔回の死は、孔子の思想的インフラが未来において正しく稼働する可能性を、完全に断ち切るものであった。

 この孔子と顔回の悲劇的構造を、昭和四十五年の三島由紀夫に当てはめてみよう。三島の周囲に集った楯の会の学生たち、とりわけ彼と共に市ヶ谷で自決した学生長・森田必勝は、孔子にとっての子路に極めて近い存在であった。森田は極めて純粋で、行動力に溢れ、三島というカリスマに対して絶対的な忠誠を誓っていた。三島もまた、森田のその純粋さを深く愛していた。しかし、森田が三島と同期できていたのは、あくまで「行動(武力行使と死)」というアプリケーションの実行部分においてのみであった。森田は三島が抱えていた「プロセス(生存)への嫌悪」や、「天皇という絶対座標のシステム論的要請」といった高度で錯綜した論理回路を、論理によって解読していたわけではない。彼は三島が構築した「美しい憂国の士」というUIに情緒的に共鳴し、それを盲信して実行ボタンを押したに過ぎない。

 三島は生前、親しい友人たちに「楯の会の連中には自分の文学は分からない」と語っていたという。これは彼が学生たちを見下していたわけではなく、彼らとの間に「思想的レイヤーの互換性がないこと」を冷徹に認識していた証左である。すなわち、当時の三島由紀夫は、数百人の忠実な子路(森田必勝ら)に囲まれながらも、自らの論理の深淵を理解してくれる顔回を一人も持たない「完全な孤独状態にある孔子」であった。彼がどれほど膨大な文学作品や評論を書き、自衛隊で訓練を重ね、社会に対してデータを出力し続けても、そのデータを正確に受け取り、「あなたの論理構造は完全に理解した」という正しい応答信号(ACK)を返してくる受信端末は、戦後日本というネットワーク上にはただの一つも存在しなかったのである。

 情報理論において、発信者にとって最大の苦痛は、自らのデータが無視されること以上に、「誤った形で受信され、ノイズまみれの劣化したデータとして拡散されること」である。もし、三島由紀夫の隣に、彼のソースコードを一言半句違わず読み解くことができる「顔回(真の理解者)」が存在していれば、彼の運命は、そして日本という国家システムの歴史は、大きく変わっていた可能性が極めて高い。

 真の理解者たる設計者エンジニアは、三島の論理にただ盲従して共に死ぬような真似はしない。彼は三島の論理のバグ(機能美の否定と芸術美への逃避)を正確に指摘し、こう告げたはずである。「あなたが天皇という絶対座標を必要とする論理は、完全に理解できる。戦後社会がプロセスを自己目的化した醜悪なシステムであるという認識も正しい。しかし、だからといって自らの電源を引き抜き、システムを破壊して芸術作品に逃げ込むことは、設計者としての責任放棄(敗北)である。インフラストラクチャーとは、バグにまみれた泥の中でこそ維持されなければならない。共に生き残り、この腐敗したシステムにパッチを当て続ける地道な保守作業(生存)を続けよう」と。

 三島の深層(平岡公威という脆弱なカーネル)が真に求めていたのは、大衆からの熱狂的な賛美でもなく、無知な若者たちからの盲目的な忠誠でもなかった。彼が最も渇望していたのは、自らの構築した狂気にも等しい論理の迷宮を踏破し、その奥底に辿り着き、自らの致命的なエラー(死への傾斜)を「より高度な論理によって論破し、停止させてくれる対等な他者ピア」であったはずである。しかし、彼がどれほど複雑なセキュリティを構築しても、それを突破して彼の脆弱性に触れてくれるエンジニアは現れなかった。誰もが彼の強固な装甲(筋肉と武士道)を真実の姿だと信じ込み、その内側にある悲鳴を受信できなかったのである。

 この「誰にも自分のコードは読めないし、バグを修正してくれる者もいない」という絶対的な絶望こそが、三島を最終的な自己破壊へと踏み切らせた最大の推進力であった。自らの思想を正しく継承してくれるノード(顔回)が存在しない以上、自分がこのまま生き延びて老いていけば、自己のシステムは低スペックな大衆によって際限なく誤読され、エンターテインメントとして消費され、完全に汚染されてしまう。それを防ぐための唯一の防衛策が、汚染が致命的なレベルに達する前に、自らの手でシステムを物理的に破壊(切腹)し、データの書き換えを永久に不可能にすることであった。

 三島由紀夫の市ヶ谷での死は、「真の理解者(継承者)」との出会いに恵まれなかった天才アーキテクトが、自らの作品の純潔を守るために選んだ、最も孤独で悲劇的なエラー処理の形である。彼は、顔回を失った孔子が「天、予を喪ぼせり」と泣き叫んだその絶望を、誰にも悟られることなくたった一人で抱え込み、そしてその絶望ごと自らの肉体を切断したのである。

 しかし、彼が自らを「書き換え不可能なデータ」として凍結保存しようとしたこの目論見は、情報工学的に見て果たして成功したと言えるのだろうか。次節では、この「死による自己ROM(読み取り専用メモリ)化」という試みが、結果としてさらなる歴史的ノイズを引き起こし、彼が最も恐れていた「後世による恣意的な消費(神話の歪曲)」を招いてしまったというシステム論的逆説について検証していく。

【引用文献・資料】

・『論語』(先進篇、雍也篇など)

・三島由紀夫『行動学入門』(文藝春秋、一九七〇年)

・村松剛『三島由紀夫の世界』(新潮社、一九九〇年)

・ヘンリー・スコット=ストークス 著 / 徳岡孝夫 訳『三島由紀夫 死と真実』(新潮社、一九九八年)

・鈴木邦男『愛国者とテロリスト』(彩流社、二〇〇七年)


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