第4話 歪んだ記憶
瓦礫の街に、朝という概念はほとんど意味を持たない。
曇天の空は光を拒み、世界は常に薄暗いままだった。
サワキ・ミツルは、崩れたコンクリートの壁にもたれながら息を吐く。
冷えた空気が肺に刺さるようで、意識だけが妙に鮮明だった。
「……サワキ、ミツル」
声に出してみる。
それは確かに“自分の名前”のはずだった。
だが、口の中に小さな違和感が残る。
言い慣れているはずなのに、どこか“馴染まない”。
「……違うのか?」
そう呟いた瞬間、こめかみに鋭い痛みが走った。
――視界が一瞬だけ揺らぐ。
瓦礫の街ではない。
どこか白い空間。
魔法陣の光。
無機質な声。
《封存記録……個体識別:S-03……》
「……っ」
ミツルは反射的に頭を押さえた。
映像はすぐに霧のように消える。
「今のは……何だ……?」
記憶ではない。
だが、完全な幻覚とも言い切れない感覚が残っている。
そのとき、足元で何かが淡く光った。
瓦礫の隙間に埋もれた小さな魔晶石。
昨日見たものよりも、わずかに“整っている”。
触れた瞬間、冷たい感覚と共に断片が流れ込む。
――崩壊する街
――避難命令
――封印された“人間の群れ”
そして最後に、途切れた声。
《……認識阻害、進行中》
「……認識、阻害?」
意味が分からない。
だが、“自分の記憶そのものが信用できない”という感覚だけが確かに残る。
ミツルはゆっくりと立ち上がった。
「俺は……サワキ・ミツルだ」
そう言い切ることで、何かが崩れるのを無理やり押さえ込むように。
だがその名前が、本当に自分のものなのか。
その確信は、もうどこにもなかった。
遠くで、瓦礫の向こうが微かに揺れる。
――カサ……カサ……
また“あれ”だ。
だが今はもう、ただ逃げるだけでは済まない気がしていた。
「……この世界も、俺自身も、全部おかしい」
そう呟き、ミツルは瓦礫の街へと再び歩き出す。
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