第3話 侵食する夜
夜が落ちるのは早かった。
崩れかけた建物の一室、隙間風がわずかに鳴るだけの静寂。外の世界は闇に沈み、瓦礫の輪郭だけがかすかに浮かんでいる。
「……今日は、ここで耐えるしかないな」
壁にもたれ、息を整える。食料はわずか、水も心もとない。だが眠らなければ、明日はない。そう自分に言い聞かせ、目を閉じた。
どれほど時間が経ったのかは分からない。
――カサッ。
微かな音で目が覚めた。
「……?」
耳を澄ます。風ではない。瓦礫の崩れる音でもない。もっと“規則的”な何か。
カサ……カサ……
床の奥、暗闇の中。何かが動いている。
心臓が一気に跳ねる。呼吸が浅くなるのを必死に抑えた。
「……誰か、いるのか?」
声は震えていた。返事はない。だが音だけは確実に近づいてくる。
視線を凝らすと、闇の中に“歪んだ影”が見えた。
人型に似ている。だが関節の角度が不自然で、肌のようなものは乾いた樹皮のようにひび割れている。
その体のあちこちに、昼間見た“魔晶石”が埋め込まれていた。
淡く、しかし不気味に脈動している。
「……っ」
息を呑んだ瞬間、その影がこちらを向いた。
“視線が合った”と、直感で分かった。
次の瞬間――影が跳ねた。
速い。
反射的に横へ転がる。直後、さっきまでいた場所の床が砕け散った。
「っ、なんだこれ……!」
考えるより先に体が動く。崩れた扉を蹴破り、廊下へ飛び出す。背後から、乾いた足音が追ってくる。
カサ、カサ、カサ――
それは“生き物”というより、何かに操られているような動きだった。
「魔晶石……あれが原因か……!」
昼間見た光景が脳裏をよぎる。あの歪んだ魔力。
この世界は、ただ壊れただけじゃない。
“何かに侵されている”。
廊下を駆け抜け、階段を転がるように降りる。瓦礫が足を取るが止まれない。止まれば終わる。
外に飛び出した瞬間、冷たい夜風が頬を刺した。
振り返ると、影は建物の縁で動きを止めていた。
まるで、光の外には出られないかのように。
「……助かった、のか?」
膝に手をつき、荒い息を吐く。
だが安堵は一瞬だった。
影の体に埋め込まれた魔晶石が、暗闇の中でゆっくりと明滅している。
まるで――まだ“こちら”を見ているように。
「……この世界、思ってた以上にヤバいな」
呟きは、夜の闇に吸い込まれて消えた。
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