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目を覚ますたび、夜が終わっていなかった

 



 目を開けた瞬間、最初に感じたのは――重さだった。


 胸の奥に、鈍く残る痛み。

 息を吸うたびに、少しだけ遅れて追いついてくる違和感。


「……」


 声を出そうとして、やめた。

 喉が乾いていて、音にするのが怖かった。


 ゆっくりと、視線を下げる。

 掛け布の下で、指先が迷うように動き――胸元に触れた。


 そこに、確かに“あった”。


 包帯越しに伝わる、硬さ。

 押すと痛むほどではないけれど、消えきっていない、はっきりとした感覚。


 ——刺された。


 記憶が、遅れて浮かび上がる。


 冷たい刃。

 燃えるような痛み。

 広がっていく赤。


 胸が、きゅっと縮んだ。


 反射的に、もう一度深く触れてしまって、

 その拍子に、鈍い痛みが強くなる。


「……っ」


 小さく息を吸い、布団を握りしめた。


 夢じゃ、なかった。


 そう思った瞬間、不思議なことに、恐怖は湧いてこなかった。代わりに、胸の奥に広がったのは、妙な静けさだった。


 部屋を見回す。


 見慣れた天蓋付きの寝台。

 淡い色のカーテン。

 壁際に置かれた椅子と、小さなテーブル。


 公爵家の、私の部屋。


 でも。


 窓の外から差し込む光が、いつもと少し違っていた。


 柔らかくて、低い位置から射し込む光。

 夏の終わりか、初秋の気配。


 ——どれくらい、眠っていたのだろう。


 考えようとした、そのとき。


 扉が、静かに開く音がした。


「……起きたか」


 低い声。

 聞き慣れた、声。


 私は、ゆっくりと顔を向けた。


 そこに立っていたのは、あの人だった。


 黒い外套ではなく、屋敷用の簡素な服装。

 それでも、赤い瞳だけは、はっきりと分かる。


 私と目が合った瞬間、

 ほんのわずかに、その表情が緩んだ。


「……よかった」


 その一言が、胸に落ちる。


 安堵。

 それ以上でも、それ以下でもない声音。


「どれくらい……」


 言いかけて、言葉が途切れた。

 喉が、うまく動かない。


「二週間だ」


 代わりに、答えが落ちてくる。


「目を覚ましたり、また眠ったりを繰り返してた。

 ちゃんと意識が戻ったのは……今が、初めてかな」


 二週間。


 その言葉を、頭の中で何度か転がす。


 長い。

 思っていたよりも、ずっと。


「……ごめんなさい」


 何に対しての謝罪なのか、自分でも分からなかった。


 心配をかけたことか。

 騒ぎを起こしたことか。

 それとも——生きていることか。


「謝る必要はない」


 即座に、否定される。


 お兄様は、ベッドのそばまで歩み寄り、

 そっと、私の額に手を置いた。


 熱を測るような、優しい触れ方。


「生きてる。それだけで、十分だ」


 その言葉に、胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 怖いことは、たくさんあったはずなのに。

 聞かなければいけないことも、きっと山ほどある。


 それでも。


 今は、聞かない。


「……まだ、夜みたいですね」


 窓の外を見ながら、ぽつりと言う。


「もう朝だ」


「でも……」


 言葉を探す。


「目を覚ますたび、夜が終わってない気がして」


 お兄様は、一瞬だけ黙った。


 それから、静かに言う。


「それでいい」


 断定だった。


「夜は、終わらなくていい。

 少なくとも……君が、落ち着くまでは」


 その言い方に、

 私は、ほんの少しだけ、引っかかりを覚えた。


 でも。


 胸に残る痛みと、

 この部屋の静けさと、

 目の前にいる人の存在が、


 その違和感を、すべて押し流してしまう。


 私は、ゆっくりと目を閉じた。


 まだ、眠れる。


 それが、なぜだか分かった。


 この夜は、

 私のために、続いているのだから。


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