ヲタ優位!前!
そりゃあ、好きなものには目がないので。あなた、物欲注意ですよ!
シーナは地面に降り立つなり本屋の誘惑と戦っていた。(あー! 漫画ぁー読みたぁーい! ここは立ち読みできるー! しかも今日『ベルリンず』発売日じゃないのー! でもー……そうだっ! 読んだあと三倍速で行けばいいよね! うん! そうしよう!)
「えへっ」
本屋の前で独り百面相をしてから心を決めたシーナは真っ直ぐに新刊コーナーへ足を向ける。途中で漫画なんか読んでんじゃねーぞ、というジャックの言葉など最初から聞く気はなかった。
「あったー! これこれー」
嬉しさのあまり思わず口に出しながら最新四十一巻を手に取り早速読み始めた。読みながら時々体が変な風に動いているのは新しい仕草を会得しようとしているからだろう。記憶ゼロからスタートしたシーナにとって漫画の世界は斬新極まりないことだらけなのだ。そのため、こういうことには余念がなく実行に移すたびジャックにバカにされていた。
「あっ! これもいいなぁ。この動きかーわいーいー」
熱中している時の癖で小声どころか普通に声が出てしまっている。周りにいる人がビクッと驚いたり、くすくす笑ったりしているが当然シーナはおかまいなしだ。それどころが手首を返して握った拳をあごにつけ上目遣いの練習まで始めてしまった。要するにジャックだったら一目見ただけで吐き気を訴えそうな種類の漫画ということだ。
シーナは近くで見ると黒い目と髪に白が混ざっているためどちらも不思議な色をしている。特に目は濁った灰色に見えるせいか全盲と勘違いをする人もいて、杖を持っていないシーナの手を握って歩いて行こうとした人もいたほどだ。シーナはそれと気付かず嬉しそうに手をつなごうとしたが気付いたレインに阻止されて、そのあと説教となぜそういうことをされたのかの説明を受けることとなった。
シーナが立っているすぐ隣には専門書のコーナーがある。そこにひとりの男が店員に案内され歩いてきた。
「医学書のコーナーはこちらになりますー。また何かありましたらお気軽にどうぞー」
男は軽く頭を下げてから棚を指と目で追い始めた。(ったくめんどくせーなー。こんなもん看護婦に買ってこさせりゃいいのによ)
舌打ちをしながら手元のメモと照らし合わせている。
「……んーー?」
漫画に熱中していたシーナがオーラを感じて動きを止めた。と言っても目だけは漫画を読み進めている。そのまま読み続けたい気持ちとオーラの持ち主を確認しなければいけないという使命感の戦い……一〇秒という長ーい葛藤の末、使命感が敗北した。しかしシーナは自分の役目を忘れたわけではない。漫画から一瞬も目を離すことなくきちんと言うべきことだけは口にした。
「もしもし、そこのお医者さん本を見てる人。私がこれを読み終わるまでちゃんと待っててくださいね。私はあなたに大事な質問があるのです」
「!」
男は急いで周りを見回すが医療関係の本を見ているのは自分だけだということを再確認できただけだ。
「はぁ?」
シーナの周りには男ばかり。声と距離からしてシーナがしゃべった張本人だというのは一目瞭然だった。漫画から目を離さないままのシーナの顔を見た男は遠慮がちに声をかけた。
「あー、あのさ、どっかで会ったっけ?」
「んーん。ないよ。でももう少しで読み終わるから大丈夫」
男は、大人っぽい服装の割に幼い感じを受けるシーナにどこまで本気で相手をしていいのかわからず困惑の表情を浮かべた。
「まさかナンパのつもりかい? お嬢ちゃん」
そのセリフにさすがのシーナも顔を上げた。
「ちょっとー。さすがの私でも笑えないよ、それ。おじさん漫画の見過ぎじゃないの?」
ジャックとレインが聞いていたら大爆笑していただろう。
「なっ……とにかく俺は暇じゃないんでね。遊びたいなら他の人と遊べばいい。それじゃ」
自分がモテるということを否定された気がした男は眉をしかめて目当ての本を掴むとレジに向かって歩き出した。




