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狩れ!  作者: 深言都
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社長と酒豪!

そんな毎日を送りたい?あなた、厳重注意ですね!

 一体どれだけの資金を注ぎ込んで建てたのか考えたくもないデザインのビルが違和感を主張しながら街にそびえ立っている。その最上階に、こういった建築物がとても似合う人物がいた。

 そのオフィスで一際目立つデスクは輸入物のガラス製。チェアーは本革仕様で体に合わせて作られたカスタムメードだ。人の高さほどもある観葉植物がやたらに置かれているのは気が利くと噂される秘書からの助言の結果だった。空調は完璧で、除湿と加湿の具合も馬鹿みたいに細かく設定されていた。

 この部屋の主でありこのビル、つまりこの会社の持ち主でもある恥ずかしい青年はデスクに両肘をつき、そのまま両手であごを支える形で上等なチェアーに浅く座っていた。

「見たかい? さっきのレディーたちの顔! ポカーンとしちゃってさー、あの程度の金額であんな顔するなんてかーわいいじゃないの」

 ドアの両端にいた仁王立ちの二人は、いかつい顔のままそれぞれ黙ってうなずいた。アメリカ帰りの元軍人で仕事の腕は確かだ、と評判だが愛想は皆無の二人組だった。

 青年はいつも通りのボディーガードの反応が気に入らなかったと見えてため息と共に勢いよく背もたれに寄りかかった。軋んだチェアーが革独特の鳴き声を立てる。

「本当につまらないね君たちって。僕は、いつもさぁ……」

 その言葉を遮って軽いノックが三回。 

 こんなキツツキのような速さで打つのはひとりしかいない。青年は不服そうにあごを突き出しながらもノックの主を招き入れた。

 秘書は部屋に入ってくるなり息つぎも忘れているかのような速さで話し出した。

「社長、庶民とのふれあいはいかがでしたか? またひとつ心が豊かになられたのでは? では早速ですがバーリシャスが結局あの島を買ってしまったそうで島の人間は大ブーイングだとか。とはいえどんな形であれ話題を持っていかれてしまうのは必至。早急に対策を練るべきかと。それから人事の山田はやはり新人の書類の件をもみ消していたようで内部告発がありました。と言っても告発者がその原因を作った黒幕の佐藤だったというのが笑えますが。いえ笑えませんね。社長ちゃんと耳に入ってらっしゃいます? それなら結構。今夜は夕食会があるのをお忘れではないですよね? 前回のようにすっぽかされては困りますよ? あぁ、社長がお留守の間に……」

 若社長は話の途中でチェアーを回転させて秘書に背を向けた。デスクの後ろは窓なので必然的に外と面する形になる。上から下までガラス張りの窓際は自分が宙に浮いているかの錯覚を起こしそうなほどに無色透明だ。高所恐怖症なら泡を吹いて倒れるに充分な出来だった。

 人の顔を見て話を聞かないのが普通という社長なので秘書も気にせず話し続けている。顔が見えなくてもちゃんと聞いていることを前提にしているのだ。だが残念なことに背を向けた時点で、いつものように心ここにあらず状態になっている若社長の耳には何も届いていなかった。

 何の苦労もなく当たり前のように親から継いだだけの会社には思い入れがあるはずもなく、ただ自由に使える金がいくらでもあるということだけが社長に就任したことへの特権、喜びのようになっていた。そんな風なので当然仕事らしい仕事ができるわけはなく文字通り名ばかりの社長と言っても過言ではない存在だった。本人も陰で自分が何と呼ばれているか、もちろん知っていたがそれを全く気にする様子はなかった。

 ぼーっと外の世界を眺めながら、ただ秘書の話が早く終わることだけを考えていたバカ社長の目に、いきなり世にも恐ろしい光景が飛び込んできた。

「えっ……? 嘘……」

 青年は真っ青になり思わず鳥肌を立てて飛び上がった。

 真っ黒いカラスのような人間がビルの外、ガラスの画面上から降ってきたのだ。しかも落ちていくそのほんの一瞬の間に目を合わせるという妙技をやってのけ、余計に恐怖心をあおられた青年はパニックに陥ってしまった。

「うわあーーっ! 飛び、飛び飛び飛び、飛び降りだぁーー! 早くっ! お前たち、誰かっ! 下にっ」

 この二次元から飛び出してきたような言動ばかりの青年がおかしなことを言い出すのはこれが初めてではないが、さすがに自分の会社のビルから飛び降りと言われれば黙っているわけにはいかない。飛び降りを見たのは若社長一人だったが、秘書は確認のために慌てて部屋を飛び出して行った。もちろんボディーガードの二人はその場から動かない。

 そのとき

 ドカーン! という効果音がつきそうな勢いで、いきなりいい造りのドアが開け放たれた。

「はーーーあーい!」

 それと同時に語尾の上がった甘い声で登場したのは飛び降りの犯人レインだった。

 たった今地面に落ちたばかりでここは最上階。おまけに秘書とほぼ入れ替わりでここにいるというあまりに不自然な速さ。

 出会い方にこだわりを持つレインは、わざわざ初顔合わせにインパクトを求めてしまったようだ。

 ボディーガードが侵入者に反応するよりも速くレインが何かをつぶやく。すると二人は頬笑み、急に何事もなかったかのようにスタスタと部屋から出て行ってしまった。

「ご苦労だったねー。ムキムキのにわとりさんたちー」

 その背中に笑顔で手を振るレイン。

 そして自分の馬鹿力でも壊れることなく生き残った丈夫なドアを手早く閉めて振り返った。

「さーてーとー」

 つぶやきながら視界から消えたお目当てに向かってさっさと歩き出す。

 青い顔の若社長はこのレイン登場シーンで腰を抜かしてしまいデスクの陰にへたり込んでいたのだ。

「おやおやおや、ずいぶんと情けないじゃないの。でもレインさん、君のそういうところも嫌いじゃないよっ」

 そう言って簡単に若社長を床からはがしてチェアーに座らせ自分はデスクに腰を掛けて長い足を組んだ。そしてふりふり足首を揺らしながら、未だ口が塞がらない若社長のオフィスをぐるりと見回す。

「さてと、一言も発してくれないのでレインさんから話しちゃうけど……ずいぶんといいオフィスじゃないの。君の趣味? ……って感じじゃないね。だって壁にかかってる落書きなんてド素人が描いたレプリカだし、グリーンもデカ過ぎでさらに置き過ぎ。まるでジャングルだよ。ガラスをふんだんに使うのはいいけどこの照明のおかげで変なお店みたいになっちゃってるし、これ世界時計のつもり? 時間ズレてるじゃないの。電波時計信用し過ぎ。これじゃただのインテリアだわ。あーあ、君に相応しいと思えるものがひとつもないだなんて、レインさんこの部屋にがっかりテイストしか感じないよ」

 返事がないのをいいことに一気にしゃべりきった。

 若社長は黙ったままでレインをじろじろと観察し始めた。

 高い位置でひとつに結んでいるがそれでも背中まで届くストレートの黒髪。そうそういないであろう二メートル近い身長、そして上から足首まで真っ黒ずくめ、という見るからに近付きたくない雰囲気。靴はつるつるでピッカピカの真っ白。

 すべてが高級に見えるがブランドに詳しいはずの目を持ってしても、どこの物かは判別できなかった。

 若社長は何から聞けばいいのかがさっぱりわからず混乱し、ボディーガードがいなくなったことにさえまだ気付いていなかった。結局だいぶ経って、やっと口から出たのは

「その絵は億の単位で買ったんだぞ……」

 という悲しい一言だけだった。

 レインはまるで自分の部屋のような振る舞いで、隠されていた五五〇万のブランデーを見つけ出し許可も取らずにさっさと開けた。それをジュースのように惜しみなく二つのグラスに注ぎ分けて、青いままの青年にわずかに少ないほうを手渡す。

 青年はボーッとしながらも反射的に手にしたものを口に運んでいる。

「さてさて、あんまりいじめちゃレインさん興奮しちゃうからそろそろ本題に入ろうかな。はい、質問です。『なぜあなたは募金をしたのですか?』」

 昼間から酒が入って少しいい気分になった青年はレインがあの高さから落ちてなぜ平気なのか、ということや厳重な警備をどうやって突破してここまできたのか、などということをきれいさっぱりどこかに消し飛ばしてしまった。

「あー、なんだ君も見てたのかい? あんなのほーんの端金だよ」

 レインは涼しい顔でブランデーを飲み干してまたダバダバと信じられない量を注ぎながら流し目を送った。

「ぶー。それじゃ不合格です。サイチイン トウヤ君……あぁ、“塔哉”か。君はとてもいい名前をもらえたんだね」

「え? 何で名前……あぁ、一応僕も一流企業のトップだからね。君みたいな一般人が僕の名前を知っているくらい当然ってことかな」

 どう見ても一般人には見えないレインは少し考えてからデスクの端を指さした。

 つやのあるプレートに『彩内院 塔哉』と金色の文字。さらにその下には小さなアルファベットでSAITIIN TOUYAと書かれていた。

 彩内院の顔が引きつる。

「あ、あぁ。もちろんそうだよね。書いてあるもんね。……って、おいっ! 何勝手に飲んでるんだよ! これは世界に五十五本しかない高級……」

 レインが登場してから実に一時間が経過していたが、やっと正気に戻った彩内院は自分の手にあるグラスと口に残る深ーいブドウの風味に気付き言葉を失った。

「まあまあいいじゃないの。それに、もしかしたら今日が人生最高の記念日になるかもしれないし。あ、お兄さんはね、知ってるかもしれないけどレインって言うの。よろしくねー。レイン兄さまって呼んでもいいんだよ」

 自分でつけた名前をかなり気に入っているレインは、名前を決めた時から自分をレインさんと呼ぶようになっていた。

 彩内院はグラスを空にしてから露骨に嫌な顔をしてみせた。

「誰が呼ぶか。それより何なんだ。ボディーガードはどうした。お前は誰だ。何しにきた」

 サラ艶の髪を揺らしてレインが頬笑んだ。

「おや欲張りさんだね。レインさんは君と二人っきりになりたかったから彼らには席を外してもらったよ。そして『私はもしかしたら未来のあなたかもしれません』まぁ合格すれば全部わかる。ということで、もう一度聞くよ? 『なぜあなたは募金をしたのですか?』」

「何が何だかさっぱりわかんないな。あぁ……なるほどね。会社の金を無駄使いしたことを諌めたいんだね。君はうちの誰かとグルになって僕をからかっているんだろう? そうだよな。そうでなければ忍者のようなまねができるわけがないからね」

 黙って聞いていたレインはとうとうブランデーのボトルを空にしてしまった。最後の一滴まで絞り出すために宝石細工と見紛うほど上等なボトルをぶんぶん振っている。

「あー、っと言いたいことはそれだけかな? レインさんの時間は君のためにあけてあるから言いたいこととあるなら好きなだけどうぞ。レインさんのエネルギー源もたくさんあることだし。ちなみに君が思っていることは今のところすべてハズレだよ」

 そしてグラスに口を付けながら次の飲み物を物色しに行った。 

「ちょっ、おい! 水じゃないんだぞ。大体なんで隠してあったと思ってるんだ。君みたいなのから守るためだよ! ああぁ! バカ! それは……」

 彩内院が慌てて立ち上がる。

 いくら飲んでも酔うなどということがないレインにとっては五〇〇万のブランデーだろうが何だろうがジュース代わりに過ぎないのだ。とはいえレインはアルコール以外のものは口にしなかったが。

 現時点で世界最古の物と言われていたコニャックがレイン兄さまの鮮やかな手つきにより瞬時に封印を解かれていく。そして数秒後には何の迷いもない動きによってほぼ垂直にグラスの上で逆立ちをしていた。

「くそっ! あーもう! この野郎! くっそー! もう! 開けたんなら俺にもよこせ!」

 もはや一人称さえこの有様だ。

 レインが嬉しそうにボトルを傾ける。

「そうこなくっちゃ。さてと埒明かないんでそろそろ答えてね。そうじゃなきゃレインさん無駄足になっちゃうよ。まぁ、おいしい思いはしてるけど……じゃあ、もう一度『なぜあなたは募金をしたのですか?』」

 これに答えなければ話が進まないのだといいかげんわかり始めていた彩内院はアルコールが入った頭で、ゆるゆると考え始めた。(なぜって……理由? どうして? さっきの答えじゃ不合格。そもそも合格って何なんだ? あぁー)

 数時間前の街の光景を思い返す。道行く庶民たち、秘書のせいで自分の足で歩かなければいけない時間、看板の文字、少女たちの言葉……言葉。頭に蘇る言葉と自分の行動を重ね彩内院は口を開いた。

「あの子たちが金で誰かを……人の命を……助けられるって言うから」

 レインの闇のような瞳がギラッと光った。

「ふーん。つまり募金をしたのは人の命を助けたいからだ、と?」

「そう。僕のおかげで誰かの命が救える。だから募金をした」

「もう一度確認するよ。君は君の力で誰かを救いたいというんだね? それを望むと?」

 彩内院がすっきりした顔で身を乗り出した。

「あぁ。あぁそうだよ。金ならいっくらでもあるからね。世の中には僕みたいな男が助けてあげないと生きていけない不幸せな人間がいるんだろう? 持ち合わせがあればいくらでも募金するよ。それが金が有り余ってるものの務めってもんだろう?」

 一瞬、彩内院から顔をそらしたレインが満足そうにニヤつき、すぐにまた顔を戻すと両手を広げながら振り返った。

「おめでとう! 見事合格です! もうレインさん感激しちゃったー! じゃあ『あなたの望み通り、あなたで人を助けましょう』」

 合格という言葉に彩内院は意味もわからず喜んで、またグラスを空にした。

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