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『異世界付与術師 ~ステータス画面に新機能を付与していたら、世界がどんどん便利になっていく~』  作者: ネコロビン


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第9話 冒険者じゃなくてもいいですか?



「なあ」


「ん?」


「最近あれ、よく見るよな」


 昼過ぎ。


 冒険者ギルドの向かいにあるパン屋で、店主が窓の外を指差した。


 妻が焼き上がったパンを棚へ並べながら、そちらを見る。


 剣を腰に下げた男が二人、歩いていた。


 一人が途中で立ち止まる。


 何もない空中へ手を伸ばした。


 指を動かす。


 何度か。


 隣の男が何か言って、二人で笑った。


「あれ?」


「そう」


「冒険者がよくやってるやつ?」


「何してるんだろうな」


「魔法じゃないの?」


「魔法なら光るだろ」


「光らない魔法もあるでしょ」


「そうなのか?」


「知らない」


 妻はパンを置いた。


 店主はまだ見ている。


 向こうでは、冒険者がまた指を動かしていた。


 それから何事もなかったように歩いていく。


「昨日も見たんだよ」


「何を?」


「あれ。酒場で」


「じゃあ聞けばよかったのに」


「知らない冒険者に?」


「あなた、知らないお客さんと毎日話してるじゃない」


「客だからな」


「同じでしょ」


「違うだろ」


 扉が開いた。


「いらっしゃい」


 入ってきたのは、革鎧を着た若い冒険者だった。


 店主が妻を見る。


 妻も店主を見る。


「ほら」


「……俺が聞くの?」


「気になってるんでしょ」


 冒険者がパンを二つ取った。


 銅貨を出す。


「あの」


「はい?」


「ちょっと聞いていいか?」


「なんです?」


 店主は空中へ指を伸ばして、適当に動かしてみた。


「最近、冒険者がこういうのやってるだろ」


「ああ」


 あっさり通じた。


「ステータス画面ですね」


「すてーたす?」


「ステータス画面」


「何だそれ」


「いろいろ見られるんですよ。メールも送れるし」


「めーる?」


「離れた人と文字で話せるやつです」


 店主は黙った。


 妻も黙った。


「……離れた人と?」


「はい」


「王都にいる人とも?」


「相手がステータス画面持ってれば」


「へえ」


 店主が少し前へ出た。


「それ、どこで買えるんだ?」


「買う?」


「そのステータス画面」


「買わないですよ。冒険者ギルドでもらえます」


「無料?」


「俺は無料でしたけど」


「…………」


 店主が向かいを見る。


 道一本挟んだところに、冒険者ギルドがある。


「すぐそこじゃない」


 妻が言った。


「いや、俺、冒険者じゃないぞ」


「聞くだけ聞いてきたら?」


「店は?」


「私が見てる」


 店主はしばらくギルドを見ていた。


 それからエプロンを外した。


「ちょっと行ってくる」


「はいはい」


 冒険者がパンをかじりながら言った。


「俺もギルド行くんで、一緒に行きます?」


「あ、頼む」


 二人で店を出ていった。


 妻はそれを見送る。


 少しして。


「……私も欲しいんだけど」


 誰もいない店内で呟いた。


 ◇


「ステータス画面を?」


「はい」


 ミリアが首を傾げた。


 受付の前に立っているのは、どう見ても冒険者ではなかった。


 エプロンは外しているが、服には白い粉がついている。


 パン屋の主人だった。


「冒険者登録をご希望というわけではなく?」


「いやいや」


 店主は両手を振った。


「剣なんて持ったことないよ」


「ですよね」


「向かいでパン屋やってるんだけど」


「ああ」


 ミリアも知っていた。


 たまに昼食を買いに行く。


「冒険者から聞いたんだ。ここでステータス画面ってのをもらえるって」


「ええ。それはそうなのですが」


「俺みたいなのは駄目なのか?」


「…………」


 ミリアが止まった。


 駄目。


 とは聞いていない。


 だからといって、一般人へ配っていいとも聞いていない。


「少々お待ちください」


「ああ」


 ミリアが奥を見る。


「ユウトさーん」


 少しして。


「はい」


 ユウトが紙を何枚か持って出てきた。


「なんです?」


「ステータス画面が欲しいそうです」


「じゃあ付与すれば――」


「パン屋さんです」


「…………」


 ユウトが店主を見る。


 店主が軽く頭を下げた。


「どうも」


「どうも」


「駄目か?」


「いや……」


 ユウトはミリアを見る。


「駄目なんですか?」


「私に聞かないでください」


「冒険者限定って決めましたっけ」


「決めてません」


「じゃあいいんじゃないですか?」


「そんな簡単に」


 ミリアは言いかけて、止まった。


 確かに。


 何が駄目なのかと聞かれると、特に思いつかない。


 店主が二人を交互に見る。


「危ないものなのか?」


「いや、別に」


「じゃあ欲しい」


「……ギルドマスターに聞いてきます」


 ミリアが奥へ行った。


 ユウトと店主だけが残った。


「パン屋さんなんですよね」


「ああ。向かいの」


「あ、あそこですか」


「食ったことあるか?」


「あります」


「うまいだろ」


「はい」


「じゃあ一個おまけする」


「ありがとうございます」


 ミリアが戻ってきた。


「構わないそうです」


「早かったな」


「ギルドマスターも同じことを言いました。冒険者に限定した覚えはない、と」


「じゃあ」


 店主が少し嬉しそうにする。


「もらえるのか?」


「本人の承認が必要です」


「承認?」


「今から説明しますね」


 ミリアがいつもの説明を始める。


 ユウトは横で待った。


 説明が終わる。


「お願いします」


「じゃあ――」


 ユウトが《付与》を使う。


 すぐに確認が出たらしい。


 店主の目が動く。


「お」


「何か出ました?」


「出た出た」


「承認してください」


「これか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「承認って書いてある方です」


「ああ」


 店主が何もない空中へ指を伸ばす。


 押した。


 ――ピコン♪


「うおっ」


 店主が一歩下がった。


「出た!」


「それがステータス画面です」


「これかあ」


 指を動かす。


「名前あるな」


「ありますね」


「年齢もある」


「あります」


「……これ消せないのか?」


「消せません」


「そうか」


 しばらく触っていた。


「メールってどれだ?」


「そこです」


「これか」


 開く。


 また触る。


「知り合い……」


 店主の手が止まった。


「あ」


「誰かいました?」


「弟だ」


「弟さんも持ってるんですか?」


「冒険者なんだよ。王都にいる」


 店主は少し黙った。


 名前を押した。


 文字を打つ。


『ステータス画面もらったぞ』


 送信。


 しばらく待つ。


 ――ピコン♪


『兄貴まで何やってんだ』


「来た!」


 大きな声だった。


 何人かの冒険者が振り返った。


「本当に王都から来たぞ」


「メールですから」


「すげえな、これ」


 もう一度返信する。


『パン屋でももらえた』


 少しして。


『母さんにも教えといて』


「…………」


 店主はその文章をしばらく見ていた。


「母親は?」


「隣町」


「だったら、そのうち」


「ああ」


 店主は画面を閉じた。


「ありがとう」


「いえ」


「パン持ってくるよ」


「いや、別にそこまでは」


「約束したからな」


 そのままギルドを出ていった。


 ミリアとユウトが見送る。


「……一般の人でも、普通に便利ですね」


「そりゃそうですよ」


 ユウトは言った。


「メールなんて冒険者専用じゃないし」


「そうですね」


 ミリアは受付へ戻った。


 ユウトも奥へ戻ろうとした。


 扉が開いた。


 さっきのパン屋の妻だった。


「あの」


「はい」


「ステータス画面をいただけると聞いたんですけど」


 ユウトが止まった。


 ミリアも止まった。


 ◇


 翌日は三人来た。


 その次の日は八人。


 数えるのをやめたのは、その少しあとだった。


「ステータス画面はこちらですか?」


「はい。順番にお並びください」


「冒険者じゃないんですけど」


「大丈夫です」


「子供も?」


「本人が説明を理解できる年齢でしたら――少々お待ちください」


 また新しい話が始まりそうになって、ミリアが眉間を押さえた。


 商人が来た。


 鍛冶師が来た。


 宿屋の主人が来た。


 酒場で働いている女性も来た。


 薬師。


 露店商。


 獣人の夫婦。


 街へ野菜を売りに来た農家まで並んでいた。


「なんでこんなことに……」


 ユウトが受付の横で呟いた。


「ユウトさんが作ったからでは?」


「そうなんですけど」


 各地のギルドでも同じことが起きた。


 冒険者に付与するために権限を与えられていた受付職員たちは、そのまま一般の希望者にもステータス画面を付与するようになった。


 もちろん本人の承認は必要だった。


 最初は珍しがられた。


 次は便利だから欲しがられた。


 その次には、


「まだ持ってないの?」


 と言われるようになった。


 早かった。


 ◇


 しばらくして。


 ユウトは昼飯を買いに外へ出た。


 いつもの通りだった。


 石造りの建物。


 露店。


 荷車。


 剣を背負った冒険者。


 大きな荷物を抱えた獣人。


 魔石を並べている店。


 向こうでは小さな火の魔石を店主が客に見せている。


 パン屋の前を通った。


 主人がいた。


 空中へ指を動かしている。


 店の奥から妻の声。


「また弟さん?」


「いや、母ちゃん」


「返事来た?」


「まだ」


 ユウトはそのまま歩いた。


 少し先。


 酒場の前で、店員らしい女性が空中へ指を滑らせていた。


 市場では商人が。


 鍛冶屋の前では、休憩中らしい職人が。


 露店の獣人まで。


 あっちでも。


 こっちでも。


 空中へ指を伸ばしている。


 ユウトは歩きながら眺めた。


「……増えたなあ」


 自分でもステータス画面を開いた。


 《知り合い》。


 以前よりずっと増えている。


 街で知り合った人。


 店の人。


 ギルドの職員。


 冒険者。


 顔と名前が並んでいた。


 前から知っていた人でも、その人がステータス画面を持ったことで表示されるようになっている。


「スマホもこんな感じだったのかな」


 ユウトは呟いた。


 もちろん誰にも通じない。


「ユウトさん!」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 ミリアがギルドの入口から手を振っている。


「何ですかー?」


「グレイスさんからメールです!」


「今そっち行きます!」


 昼飯はまだ買っていない。


 ユウトは引き返した。


 途中。


 向こうから歩いてきた男が、何もない空中へ指を動かしていた。


 ユウトも自分のステータス画面を見ながら歩く。


「…………」


 二人とも同時に止まった。


「あ、すまん」


「いえ」


 避ける。


 また歩く。


 ユウトはステータス画面を閉じた。


「危ないな、これ」


 それだけ言って、ギルドへ戻った。

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