第8話 当たり前になったステータス画面
忙しかった。
とにかく忙しかった。
「次の方、どうぞ」
「はい」
男が俺の前に座る。
四十代くらい。
冒険者ではない。
腰に剣もないし、防具も着ていない。
代わりに胸元には、冒険者ギルドの職員であることを示す銀色の徽章。
「どこのギルドですか?」
「西部、ラグナ支部です」
「受付?」
「はい」
「じゃあ始めますね」
俺はステータス画面を開く。
《ステータス画面付与》
まず、男自身へステータス画面を付与。
「目の前に出ました?」
「おお……これが」
「承認してください」
「これですか?」
「はい」
男が何もない空中へ触れる。
――ピコン♪
「出ました!」
「じゃあ次です」
今度は。
《ステータス画面付与権限》
指定したギルド職員が、本人の承認を得た場合に限り、他者へ基本の《ステータス画面》を付与できる権限。
機能を追加したり。
仕様を変更したり。
そういうことはできない。
ただ。
ステータス画面を渡すことだけができる。
――ピコン♪
「はい、終わりです」
「もうですか?」
「終わりです」
「ありがとうございます」
「次の方どうぞ」
男が立つ。
入れ替わりで女性が座る。
「どこのギルドですか?」
「北部のトルネ支部です」
「受付?」
「はい」
「じゃあ始めます」
――ピコン♪
――ピコン♪
「はい、次の方」
俺は何をしているんだろう。
◇
最初は三支部だった。
そこから増えた。
五支部。
十支部。
もっと。
各地の冒険者ギルドから、受付を担当する職員が集められた。
馬車で何日もかけて来た人。
護衛を連れて来た人。
遠方から飛行魔獣に乗って来た人までいた。
エルフもいた。
獣人もいた。
ドワーフもいた。
俺はその人たちに《ステータス画面》を付与して。
さらに《ステータス画面付与権限》を付与した。
それだけ。
あとは、その人たちが自分の街へ帰る。
そして。
各地の冒険者ギルドで、冒険者たちへステータス画面が付与されていくことになった。
普及するのは早かった。
俺には覚えがある。
現代でスマホが普及していった時も、こんな感じだったのかもしれない。
誰かが持っている。
便利だと聞く。
自分も欲しくなる。
そして。
周りのみんなが持つようになる。
ステータス画面も同じだった。
最初は珍しかった。
何もない空中を触っている冒険者を見て、
「何してるんだ?」
と聞く人がいた。
そのうち。
「まだ持ってないのか?」
に変わった。
さらに少し経つと。
「ステータス画面はお持ちですか?」
「いや、まだだ」
「ではこちらで付与できます」
「頼む」
――ピコン♪
冒険者ギルドでは、それが普通の光景になった。
剣士が使う。
魔法使いが使う。
弓使いも。
神官も。
獣人の冒険者も。
エルフも。
依頼へ向かう前に仲間へメールを送る。
遠くの街にいる昔の仲間から連絡が来る。
依頼中。
異常を見つければギルドへ知らせる。
ギルドから注意が届く。
気がつけば。
ステータス画面は、冒険者の間で当たり前になっていた。
俺は。
まだFランクだった。
◇
「ユウトさん」
「はい」
朝。
いつものギルド。
いつもの受付。
ミリアさん。
「一つ問題があります」
「久しぶりに聞いた気がする」
「昨日も言いました」
「そうでしたっけ」
「はい」
俺は受付の横に立った。
近くでは大盾を背負った冒険者が依頼書を読んでいる。
奥では、巨大な猪みたいな魔物が解体されていた。
血の匂いがする。
朝から見るものじゃない気もする。
「それで?」
「《メール》です」
「ああ」
前からあった問題。
メールを送る時。
誰に送るのか。
利用者が少ないうちは問題にならなかった。
でも今は違う。
「同じ名前の冒険者がいます」
「いますよね」
「かなりいます」
「ですよね」
「昨日、別人へ送った方がいました」
「やっぱり出たか」
名前だけじゃ無理だ。
利用者が増えれば当然こうなる。
「それと、別の問題もあります」
「まだある?」
「宛先が増えすぎました」
「あー」
俺は自分のステータス画面を開く。
【メール】
宛先。
以前より明らかに増えている。
俺自身が会ったことのない人間まで全部出るわけではない。
それでも、これからもっと増える。
「電話帳……」
「でんわちょう?」
「こっちの話です」
名前を登録する?
いや。
それだと結局、一人ずつ登録しないといけない。
そもそも。
これはステータス画面だ。
「……自分のステータス」
「はい?」
「自分が誰を知ってるかって、自分の情報ですよね」
「そう……なんでしょうか」
ミリアさんが困っている。
「例えば俺なら」
周りを見る。
ちょうどロイドがいた。
朝からパンを食べている。
「ロイド」
「なんだ?」
「俺のこと知ってる?」
「急になんだよ」
「顔と名前一致してる?」
「毎日のように会ってるだろ」
「じゃあ知り合い」
「……お前、大丈夫か?」
「大丈夫」
「そうか?」
ロイドはパンを食べながら離れていった。
「そういうことです」
「どういうことです?」
ミリアさんには伝わっていない。
「俺が会ったことがあって」
「はい」
「今も顔と名前が一致する人」
「はい」
「その人がステータス画面を持っていたら、《知り合い》として表示する」
ミリアさんが少し考えた。
「ああ」
「それなら同じ名前でも顔を見れば分かる」
「なるほど」
「知らない人は出ない」
「それはいいですね」
たとえば。
有名な勇者。
顔と名前を知っていたとしても、会ったことがない。
だから出ない。
一度会ったことがあっても。
名前を知らなければ出ない。
名前を聞いたことがあっても。
もう顔を思い出せないなら出ない。
そして何より。
相手がステータス画面を持っていなければ出ない。
メールを使えないんだから。
俺は《付与》を開いた。
【付与内容を入力してください】
文字を入れる。
『《ステータス画面》所有者が、実際に会ったことがあり、現在も顔と名前を一致させて認識している《ステータス画面》所有者を、本人の情報として《知り合い》に表示する』
ちょっと長い。
でも。
これくらいは必要だろう。
――ピコン♪
【付与内容を確認しました】
【《ステータス画面》に《知り合い》を追加します】
【《知り合い》は本人の情報として表示されます】
【承認しますか?】
【はい/いいえ】
「来た」
「大丈夫そうですか?」
「たぶん」
「たぶん」
「そこ繰り返さないでください」
もう一度読む。
問題なさそう。
【はい】
触れる。
――ピコン♪
【《ステータス画面》の仕様を変更しました】
同時に。
――ピコン♪
「ん?」
近くにいたロイドが空中を見る。
――ピコン♪
ミリアさん。
――ピコン♪
奥にいた冒険者。
――ピコン♪
また別の冒険者。
ギルドのあちこちから。
音。
音。
音。
「なんだ?」
「何か増えたぞ」
「《知り合い》?」
「なんだこれ」
今回は。
今まで誰も持っていなかった新しい機能。
だから。
ステータス画面を持つ人たちに変更が届いた。
「……うるさ」
思わず言った。
「ユウトさんがやったんですよ」
「そうでした」
ロイドが戻ってきた。
「おい」
「何?」
「なんか増えた」
「《知り合い》?」
「これお前がやったのか?」
「うん」
ロイドが開く。
「おお」
「どう?」
「顔が出る」
「誰いる?」
「エナ。バルク。お前」
「他は?」
ロイドの指が動く。
「……うわ」
「何?」
「懐かしい奴がいる」
「誰?」
「三年くらい前に一緒に依頼やったドワーフ」
「そんな前?」
「名前なんだっけと思ったけど……ああ、そうだ。ゴルドだ」
「顔と名前一致してるじゃん」
「こいつは忘れねえよ」
「なんで?」
「酒代踏み倒された」
「それは忘れないな」
ロイドが笑った。
「こいつ、今ステータス画面持ってるってことか?」
「そうなる」
「どこにいるんだ?」
「知らない」
「メール送れる?」
「知り合いに出てるなら送れると思う」
「マジか」
ロイドが何か入力する。
「何送ったの?」
「『酒代返せ』」
「三年前の!?」
「銀貨二枚だぞ」
「覚えてるんだ……」
少しして。
――ピコン♪
「あ」
「来た?」
ロイドが読む。
「…………」
「なんて?」
「『まだ覚えてたのか』」
「本人だ」
「本人だな」
また入力。
「今度は何?」
「『忘れるか』」
「朝から何やってんだよ」
――ピコン♪
また返ってきた。
ロイドが笑う。
「今度こっち来た時返すってよ」
「よかったじゃん」
「便利だな、これ」
「使い方それでいいのかな……」
◇
昼。
ギルドの食堂。
俺。
ロイド。
エナ。
バルク。
四人で飯を食べていた。
「私もいた」
エナがステータス画面を見ている。
「誰が?」
「昔一緒に護衛やった魔法使い」
「どこにいるの?」
「南の街に移ったはず」
「メールしてみれば?」
「もうした」
「早いな」
バルクも画面を見ている。
「バルクは?」
「いる」
「誰?」
「妹」
「妹いるの!?」
三人でバルクを見る。
「いる」
「初めて聞いた」
「聞かれてない」
「冒険者?」
「ああ」
「じゃあ別の街でステータス画面付与されたんだ」
「そうらしい」
バルクが何か送る。
すぐ。
――ピコン♪
返事。
バルクが読む。
少し笑った。
「なんて?」
「元気かって」
「それだけ?」
「それだけ」
また肉を食べ始める。
俺もスープを飲む。
周りを見る。
あちこちで冒険者がステータス画面を開いている。
「昔の仲間いた」
「こいつまだ冒険者やってたのか」
「別の街にいるぞ」
「メール送ってみろよ」
そんな声。
剣。
杖。
盾。
革鎧。
魔法使いのローブ。
獣人の尻尾。
その中で。
みんな何もない空中を触っている。
「……変な光景」
「お前が言う?」
エナが笑った。
「俺が作ったんだけどさ」
少し前まで。
ステータス画面を見ているのは俺だけだった。
それが。
今では冒険者の間で当たり前になっている。
俺は自分の《知り合い》を開いた。
顔が並んでいる。
ミリアさん。
ロイド。
エナ。
バルク。
ギルドマスター。
グレイスさん。
他にも。
この短い間に会った人たち。
「……増えたな」
「何が?」
「知り合い」
「そりゃ増えるだろ」
ロイドが言った。
「お前、最近ずっとギルドにいるし」
「それ関係ある?」
「各地から職員も来てただろ」
「ああ」
確かに。
知り合いだけは増えた。
冒険者ランクは。
俺はカードを見る。
【冒険者ランク:F】
増えてない。
「…………」
「どうした?」
「なんでもない」
カードをしまった。
――ピコン♪
「今度は何?」
メール。
差出人。
知らない――
いや。
顔を見る。
「あ」
この人。
各地から集められたギルド職員の一人だ。
名前も出ている。
『無事に支部へ戻りました。こちらでもステータス画面の付与を開始しています』
その下。
『冒険者から一つ要望が出ています』
「…………」
俺はスープを飲んだ。
「ユウト?」
エナが見る。
「何?」
「嫌そうな顔してる」
「してない」
「してる」
「してないって」
もう一度メールを見る。
『ご相談してもよろしいでしょうか』
俺は少し考えて。
返信した。
『内容を送ってください』
送信。
――ピコン♪
すぐ返ってきた。
「早いな……」
開く。
読む。
「…………」
「何だった?」
ロイドが聞く。
俺は画面を見たまま答えた。
「新しい要望」
「へえ」
「何が欲しいって?」
「それが……」
もう一度読む。
ステータス画面は。
冒険者の間では、もう珍しいものではなくなった。
たぶん。
ここからなんだと思う。
持っているだけでは足りない。
使えば。
次が欲しくなる。
「……とりあえず、飯食ってから考える」
俺は画面を閉じた。
スープが冷めていた。




