第4話 二十人の冒険者
翌朝。
冒険者ギルドへ入った俺は、そのまま立ち止まった。
「……多くない?」
昨日と違う。
いや、普段から朝のギルドは混んでいる。
剣を背負った冒険者。
大きな杖を持った魔法使い。
革鎧姿の獣人。
依頼書を眺めながら仲間と相談している者たち。
受付では、討伐した魔物の素材が入った袋を抱えた男が報酬について話している。
ここまでは、いつもの冒険者ギルドだ。
問題は、その一角。
二十人ほどの冒険者が集まっていた。
そして俺を見る。
「あ」
誰かが言った。
「あいつじゃないか?」
「昨日の?」
「ステータス画面の奴だろ?」
ざわざわし始めた。
「…………」
帰ろうかな。
「ユウトさん」
受付からミリアさんが手招きしている。
逃げられなかった。
「おはようございます」
「おはようございます……あの人たちですか?」
「はい。今回の試験に参加してくださる皆さんです」
「本当に二十人集めたんですね」
「ギルドマスターが昨夜のうちに」
仕事が早い。
昨日の試験で、ロイドたちが北の森からゴブリンの足跡を報告した。
それを受けて、ギルドマスターは試験人数を三人から二十人へ増やすと決めた。
それは聞いていた。
聞いていたけど。
「お前がユウトか?」
声をかけてきたのは、大剣を背負った男だった。
俺より頭一つくらい大きい。
「そうですけど」
「昨日ロイドたちに妙な魔法を使ったって聞いたぞ」
「魔法というか……《付与》です」
「同じようなもんだろ」
違う気がするけど。
その横から、小柄な女性が顔を出す。
深緑色のローブ。
尖った耳。
エルフだ。
「本当に離れた場所へ文字を送れるの?」
「昨日は北の森から届きました」
「魔力は?」
「え?」
「どのくらい消費するの?」
「……分かりません」
「術式は?」
「分かりません」
「どの属性?」
「分かりません」
エルフの眉間に皺が寄っていく。
「あなた、自分の魔法なのに何も分からないの?」
「昨日できるようになったばっかりなんです」
「…………」
ものすごく怪しまれた。
俺だって知りたい。
「はいはい」
ミリアさんが手を叩く。
「質問は後にしてください。まず説明します」
二十人が集まった。
剣士。
魔法使い。
弓使い。
槍使い。
神官らしき女性。
獣人の冒険者も二人いる。
昨日のロイドたちもいた。
「まず、今回の試験は強制ではありません」
ミリアさんが説明する。
「ユウトさんから《ステータス画面》という特殊な付与を受けていただきます。ただし、本人が承認しなければ付与されません」
「嫌なら断っていいってことか?」
「はい」
「危険は?」
「昨日、三名の冒険者に試していただきましたが、今のところ問題は確認されていません」
そこでロイドが手を上げる。
「俺は何ともねえぞ」
エナも続けた。
「むしろ便利!」
バルクも頷く。
「便利だ」
「お前昨日からそれしか言ってなくない?」
ロイドが突っ込んだ。
少し笑いが起こる。
緊張が解けたらしい。
「ではユウトさん、お願いします」
「はい」
俺は一人ずつ《ステータス画面》を付与していくことになった。
◇
「うおっ!」
もう何度目か分からない。
付与する。
驚かれる。
「本当に出た!」
説明する。
「そこを触れば閉じられます」
閉じる。
「消えた!」
「出したいと思えばまた出ます」
「出た!」
そして《メール》を付与する。
「これで文字を送れます」
「誰に?」
「同じ機能を持っている人です」
「へえ……」
最初の数人は面白かった。
十人を超えたあたりから、少し疲れてきた。
「次の方」
「俺だ」
大剣の男。
「付与しますね」
「ああ」
承認。
ステータス画面が現れたらしい。
「ほう……」
男が画面を眺める。
「名前、レベル、職業……お、筋力まで出るのか」
「そうみたいです」
「これは面白いな」
その瞬間。
「待て」
男の表情が変わった。
「どうしました?」
「なんで俺の敏捷がこんなに低いんだ?」
「俺に言われても」
「もっとあるだろ」
「知りませんよ!」
ステータスに文句を言われても困る。
次はエルフの魔法使い。
付与した瞬間から、画面を凝視している。
「これは……魔力の流れで作られている?」
「分かりません」
「でも術式が見えない……」
「だから分からないんですって」
「触れるのに実体がない……」
聞いてない。
完全に研究対象になっている。
「《メール》も付与しますよ」
「待って。まだこの画面を調べて――」
「後ろがつかえてるので」
「ちょっと!」
付与。
次。
次。
次。
そしてようやく。
「……終わった」
二十人。
全員への付与が終わった。
俺は近くの椅子へ座る。
「疲れました?」
ミリアさんが聞いてくる。
「魔力を使った感じはないんですけど……精神的に」
「お疲れさまです」
まだ朝なんだけどな。
◇
試験は単純だった。
二十人は、いつも通り依頼を受ける。
薬草採取。
ホーンラビット討伐。
街道の護衛。
ゴブリン調査。
近くの洞窟に棲みついたジャイアントバットの討伐。
それぞれ別の場所へ向かう。
そして何かあれば《メール》でギルドへ報告する。
「では行ってくる」
大剣の男が仲間と出ていく。
「帰ったら詳しく調べさせて」
エルフも出ていく。
「嫌です」
「なんでよ!」
朝の光の中へ、冒険者たちが次々と消えていった。
剣。
杖。
弓。
盾。
俺はその背中を見送る。
「…………」
「どうしました?」
ミリアさんが隣に立つ。
「いや」
ちょっと不思議だった。
俺もあっち側のはずなんだけど。
昨日も。
今日も。
見送っている。
「ユウトさん?」
「俺も依頼受けようかな」
「ダメです」
「即答!?」
「今日は試験がありますから」
「俺、冒険者なんですけど」
「知っています」
「Fランクですけど」
「それも知っています」
「ランク上げたいんですけど」
「また今度にしてください」
また今度。
その言葉を俺は信じることにした。
◇
最初のメールが届いたのは、それから一時間ほど経った頃だった。
――ピコン♪
『西街道。異常なし』
ギルドの受付へ送られてきた報告。
続いて。
――ピコン♪
『南の森。薬草群生地を確認』
さらに。
――ピコン♪
『東の丘。ホーンラビット五体討伐』
ミリアさんが一つずつ確認していく。
「便利ですね」
「昨日も言ってましたね」
「昨日より人数が多いですから」
確かに。
昨日は三人だった。
今日は二十人。
街の周囲へ散らばった冒険者から、次々と情報が届いてくる。
これまでは夕方にならなければ分からなかったこと。
依頼を終えた冒険者が帰ってきて、受付で報告して初めて分かったこと。
それが今は。
――ピコン♪
『北の森。昨日のゴブリンの痕跡を確認。東へ移動している』
「来ました」
ミリアさんが立ち上がる。
すぐギルドマスターへ報告。
しばらくして返信が来る。
『追跡はするな。場所だけ確認して帰還』
『了解』
それだけで話が終わる。
「……すごいな」
俺は呟いた。
「作った本人が驚いてどうするんですか」
「だってメールですよ?」
「めーる、というものが私には分かりませんが」
「あ」
そうだった。
「ユウトさんのいたところでは普通だったんですか?」
「まあ……離れた人と文字を送り合うくらいなら」
「…………」
ミリアさんが俺を見る。
「何ですか」
「ユウトさんの故郷って、変なところですね」
「俺からするとこっちも相当ですよ」
魔法が飛び交ってるんだから。
――ピコン♪
また来た。
『西街道。商人の馬車の車輪が破損。護衛依頼中だが、修理に時間がかかりそうだ』
ミリアさんが読む。
「これは……」
「どうします?」
「街へ戻ってから報告されても、何もできませんでしたね」
ミリアさんは少し考え、近くの職員を呼んだ。
「西街道へ向かう荷馬車はありますか?」
「昼前に一台あります」
「車輪の修理ができる者が同行しているか確認してください。いなければ、こちらから職人を向かわせられるか聞いてみます」
「分かりました」
職員が走っていく。
俺はそれを見ていた。
魔物じゃない。
命の危険でもない。
ただ、馬車の車輪が壊れただけ。
でも。
街から離れた場所で困っていることを、街にいる人が知る。
それだけで出来ることが増える。
「……メールって、こんなに便利だったんだな」
「だから作ったんじゃないんですか?」
「そうなんですけどね」
元の世界では、考えたこともなかった。
◇
昼を過ぎた頃。
少し変わったメールが届いた。
『誰か回復魔法を使える奴いないか?』
「え?」
送ってきたのはロイドだった。
ミリアさんの顔が険しくなる。
『怪我人ですか?』
すぐ返信。
返事が来る。
『俺たちじゃない。旅人だ。街道で倒れてる。意識はある。足を怪我してる』
ミリアさんが周囲を見る。
「今ギルドに神官は――」
「私が行きます」
声を上げたのは、一人の女性冒険者だった。
白い外套。
腰には短い杖。
「今日はまだ依頼を受けていません。場所は?」
ミリアさんがロイドへ聞く。
すぐ返ってくる。
『北街道。街から歩いて三十分くらい。大きな岩が二つ並んでるところ』
「分かります」
女性神官が立ち上がる。
「そこなら知っています」
「お願いします」
「はい」
神官がギルドを飛び出していった。
俺は何もしていない。
ただ見ていただけ。
それでも。
三十分ほどして――。
ピコン♪
『神官来た。助かった』
短いメールが届いた。
「…………」
俺はそれをしばらく眺めていた。
昨日はゴブリン。
今日は壊れた馬車。
そして怪我をした旅人。
メールという機能そのものは何もしていない。
魔物を倒してくれるわけじゃない。
馬車を直してくれるわけでもない。
怪我を治してくれるわけでもない。
ただ、知らせただけだ。
でも。
知らせることができれば。
誰かが動ける。
「ユウトさん」
「はい?」
「ありがとうございます」
突然ミリアさんが言った。
「なんで俺に?」
「この機能を作ってくれたからです」
「いや……」
俺は頭を掻いた。
「まだ試験中ですよ」
「そうですね」
ミリアさんは笑った。
「では正式に使えるようになった時に、もう一度言います」
それはそれで恥ずかしいからやめてほしい。
◇
夕方。
二十人の冒険者が少しずつ帰ってきた。
討伐した魔物を担いでいる者。
薬草の袋を持っている者。
泥だらけになっている者。
冒険者ギルドがいつもの騒がしさを取り戻す。
「やっぱり便利だな!」
「遠くでも普通に届いたぞ!」
「なあ、これ仲間同士でも使っていいのか?」
「いいんじゃないですか?」
「明日の集合時間送っておこうぜ」
「それくらい口で言えよ」
すでに本来の試験とは違う使い方を始めている。
「ユウト!」
エルフの魔法使いが来た。
「はい」
「これ、どういう術式なの?」
「まだそれ聞くんですか?」
「今日一日調べたけど何も分からなかった!」
「俺も分かりません!」
「なんで作った本人が分からないのよ!」
「《付与》だからです!」
もう、それでいいことにしてほしい。
「ユウト」
今度はギルドマスター。
「ちょっと来い」
「またですか?」
「ああ」
「俺、今日ほとんど受付の近くにいただけなんですけど」
「知っている」
「依頼も受けてないんですけど」
「知っている」
俺は冒険者カードを見る。
【冒険者ランク:F】
今日も成長なし。
「……はい」
諦めてついていった。
◇
ギルドマスターの机には、何枚もの紙が置かれていた。
「今日の報告だ」
「もうまとめたんですか?」
「職員にやらせた」
さすがギルドマスター。
内容を見る。
二十人。
それぞれの行き先。
送られたメール。
ギルド側が対応した内容。
そして問題点。
「大きな問題はなかった」
「じゃあ成功?」
「ああ」
ギルドマスターが頷く。
「少なくとも、この街の周辺では使えることが分かった」
「よかった……」
「そこでだ」
来た。
この言い方。
絶対何かある。
「この結果を上へ送る」
「昨日も言ってましたね」
「ああ。だが今日の結果で、内容を変えることにした」
「どういうことです?」
ギルドマスターは一枚の紙を俺の前へ置いた。
「試験の報告だけじゃない」
「…………?」
「正式に、この仕組みを他の街でも試したいと提案する」
俺は紙を見る。
細かい文章はよく分からない。
ただ、いくつもの街の名前が書かれている。
「待ってください」
「なんだ」
「他の街って……俺が行くんですか?」
「今のままなら、そうなる」
「…………」
この街で二十人。
別の街でも二十人。
さらに別の街でも――。
頭の中で人数が増えていく。
「無理じゃないですか?」
「だから俺も考えている」
ギルドマスターが腕を組む。
「お前が一人ずつ世界中を回るなんて現実的じゃない」
「世界中!?」
「もし本当に広めるなら、の話だ」
俺は黙った。
昨日まで。
ステータス画面を持っていたのは俺だけだった。
次にミリアさん。
ギルドマスター。
ロイドたち三人。
そして今日、二十人。
それだけでもギルドの仕事が少し変わった。
もし。
これが別の街にもあったら。
もっと遠くにもあったら。
冒険者たちが当たり前のように使うようになったら。
「まあ、まだ先の話だ」
ギルドマスターが言う。
「まずは返事を待つ」
「そうしてください」
俺は心の底からそう答えた。
今日はもう十分だ。
俺は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、俺は帰ります」
「ああ。ご苦労だった」
「明日は依頼受けてもいいですよね?」
「返事が来なければな」
「…………」
嫌な言い方だ。
部屋を出る。
受付を通り過ぎようとした時だった。
――ピコン♪
「ん?」
メール。
ロイドからだ。
『明日暇か?』
俺は少し嬉しくなった。
もしかして依頼に誘ってくれるのかもしれない。
すぐ返信する。
『たぶん暇です』
ピコン♪
『じゃあ朝、北門集合な』
「おお!」
やっと冒険者らしいことができる。
そう思った。
続けてもう一通。
――ピコン♪
今度はミリアさんだった。
『ギルドマスターから伝言です。明日の朝、上部組織から使者が到着するそうです』
「…………」
早い。
早すぎるだろ。
俺はロイドへもう一度メールを送った。
『ごめん。たぶん無理になった』
数秒後。
――ピコン♪
『お前、本当に冒険者か?』
俺は自分の冒険者カードを見た。
【冒険者ランク:F】
「……俺が一番聞きたいよ」
異世界へ来て。
剣を持って。
冒険者になった。
なのに俺は今日も、一匹の魔物も倒していない。
その代わり。
二十人の冒険者が、離れた場所から文字を送り合えるようになった。
どうやら俺の冒険者生活は。
思っていたものとは、かなり違う方向へ進み始めているらしい。




