第3話 冒険者たちで試してみよう
「――というわけで、まずは試してみたい」
ギルドマスターはそう言って、机の上で両手を組んだ。
俺とミリアさんがギルドマスターの部屋へ来てから、もう結構な時間が経っている。
俺がレベルアップしたら突然現れたステータス画面。
そこへ《付与》で追加した《メール》。
そして俺だけじゃなく、他の人にもステータス画面そのものを付与できること。
ひと通り説明し終わったところで、ギルドマスターが出した結論がそれだった。
「試すって……他の冒険者にもですか?」
「ああ。ただし、いきなり大勢にはやらん」
それを聞いて、俺は少し安心した。
正直なところ、俺自身がまだよく分かっていないのだ。
昨日まで俺は、ただのFランク冒険者だった。
いや。
今もFランク冒険者なんだけど。
「まずは三人ほどでいいだろう。近場の依頼へ行ってもらう」
「三人……」
「何かあっても、すぐ戻ってこられる距離だ。それで本当に離れた場所でも、その《メール》とやらが届くのか確かめる」
なるほど。
確かに俺とミリアさんで試した時は、俺がギルドの外へ出ただけだった。
街の外。
もっと離れた場所。
森の中。
そういう場所でも使えるのかは分からない。
「それともう一つ」
ギルドマスターが俺を見る。
「ユウト。お前は行かんでいい」
「え?」
「お前が近くにいるから使える、という可能性もあるだろう」
「ああ……」
言われてみればそうだ。
「ですからユウトさんは、ここで私たちと待っていましょう」
ミリアさんも頷く。
「分かりました」
俺は答えた。
……ちょっとだけ残念だった。
俺も一応、冒険者なんだけどな。
◇
「ステータス画面?」
「はい」
「なんだそれ?」
「私にもまだ上手く説明できないのですが……」
ミリアさんが困っている。
その前には、三人の冒険者が立っていた。
剣士の男、ロイド。
弓を背負った女性、エナ。
そして大きな盾を持った男、バルク。
三人ともDランク冒険者で、普段から同じ組で依頼を受けているらしい。
今回の試験に協力してくれる人を探したところ、ギルドマスターがこの三人を選んだ。
「とりあえず見せた方が早いと思います」
俺は自分のステータス画面を開く。
もちろん三人には見えていない。
「今、俺の前にステータス画面があります」
「…………」
ロイドが俺の顔を見る。
エナも見る。
バルクも見る。
「ないぞ?」
「俺には見えてます」
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって言ったぞ」
仕方ないじゃないか。
俺だって昨日突然出てきたんだから。
「俺が皆さんに付与すると、自分のステータス画面が見えるようになります」
「へえ」
ロイドはまだ半信半疑らしい。
「ただ、勝手にはできません」
俺はロイドへ手を向ける。
昨日ミリアさんに試した時に追加された《付与承認》。
誰かに特殊なものを付与するときは、相手が承認しなければならない。
「ロイドさんに《ステータス画面》を付与」
そう告げる。
すると――。
「うおっ!?」
ロイドが飛び退いた。
「なんだこれ!」
どうやら出たらしい。
「目の前に何か出た!」
「それがステータス画面です。たぶん《付与を承認しますか?》って書いてありますよね?」
「あ、ああ……」
「承認してください」
「これか?」
ロイドが恐る恐る指を動かす。
何もない空間を触っているようにしか見えない。
「おっ」
表情が変わった。
「なんだこれ……俺の名前があるぞ」
「年齢も出ますよ」
「……そこはいらなくないか?」
ミリアさんが小さく頷いた。
どうやら昨日から気にしていたらしい。
「職業……剣士。レベル……おお、本当に俺の情報だ」
「私も!」
エナが前へ出てきた。
「私にもやって!」
「分かりました」
続いてエナ。
そしてバルク。
三人全員へステータス画面を付与する。
最初こそ驚いていたものの、数分もすると三人とも夢中になっていた。
「面白いな、これ」
「ねえ、これどうやって消すの?」
「端に閉じるところがあります」
「これ?」
「そうです」
「あ、消えた!」
「もう一回出すには?」
「出したいと思えば――」
「あ、出た!」
順応が早い。
人間ってすごい。
「それじゃ次に《メール》を付与します」
三人へ《メール》を付与する。
これもそれぞれが承認。
「これで離れた場所にいても文字を送れる……はずです」
「はず?」
「まだ試してないので」
「なるほど。それを俺たちが試すわけか」
「そういうことです」
ロイドがニヤッと笑った。
「面白そうじゃねえか」
◇
三人が受けたのは、街の北側にある森での薬草採取だった。
片道一時間ほど。
危険な魔物はほとんど出ない。
試験にはちょうどいいらしい。
三人が街を出てから、俺たちはギルドで待つことになった。
俺。
ミリアさん。
そしてギルドマスター。
三人ともステータス画面を開いている。
ただし俺には二人の画面は見えない。
つまり傍から見れば、大人三人が何もない空間をじっと見ている。
ものすごく変な光景だと思う。
「まだか」
ギルドマスターが言った。
「まだ出発して十分ですよ」
ミリアさんが答える。
「そうか」
五分後。
「まだか」
「まだ十五分です」
さらに十分。
「まだ――」
「ギルドマスター」
「なんだ」
「少し落ち着いてください」
「落ち着いている」
絶対落ち着いてない。
どうやら一番楽しみにしているのは、この人らしい。
そして三人が出発してから三十分ほど経った時だった。
――ピコン♪
「来た!」
ギルドマスターが立ち上がった。
「俺にも来ました!」
俺は《メール》を開く。
差出人はロイド。
内容は短かった。
『街の北門が見えなくなった。届いてるか?』
「届いてます!」
思わず声に出してしまった。
「私にも届いています」
「俺にもだ」
三人とも同じ文章を見ている。
俺はすぐに返信した。
『届いてます』
ミリアさんも返信。
ギルドマスターも何か打ち込んでいる。
しばらくして――。
ピコン♪
『おお! 三人から返ってきた!』
さらに、
『すげえなこれ!』
また来た。
『本当に街の外でも届くぞ!』
そしてもう一通。
『エナも試したいって言ってるから代わる』
数秒後。
ピコン♪
今度はエナからだった。
『見えてますか?』
俺たちは返信する。
すると、
『見えてる!』
さらに、
『バルクが自分も送りたいってうるさい』
その直後。
ピコン♪
『バルクだ』
……それだけだった。
「もう少し何か書けんのか、こいつは」
ギルドマスターが呟いた。
俺は笑ってしまった。
◇
それから一時間ほど。
メールは何度か届いた。
『森に入った』
『薬草発見』
『こっちは問題なし』
そんな簡単な報告ばかりだった。
やがて俺も慣れてきて、別のことをしていた。
ギルドの隅に座り、昨日受け取ったばかりの冒険者カードを眺める。
そこには相変わらず、
【ランク:F】
と書いてある。
俺、本当なら今日も依頼を受けてたんだろうな。
ホーンラビットを倒して。
薬草を採って。
少しずつランクを上げて。
そういう異世界生活になると思っていた。
なのに今は、他の冒険者からメールが届くのをギルドで待っている。
「……俺、何してるんだろ」
その時だった。
――ピコン♪
またメール。
エナだろうか。
そう思って開く。
だが。
『予定変更』
ロイドからだった。
『森の東側でゴブリンの足跡を見つけた』
ギルドマスターの表情が変わった。
「ゴブリン?」
ミリアさんも画面を見ている。
続けてメールが来る。
『数は不明』
『新しい』
『薬草採取を中止して戻る』
ギルドマスターがすぐに返信する。
『戦うな。そのまま帰還しろ』
数秒。
『了解』
部屋の空気が変わった。
さっきまでの実験ではなくなった。
「北の森にゴブリン……」
ミリアさんが呟く。
「最近、あの辺りでは報告されていませんね」
「ああ」
ギルドマスターが立ち上がった。
「ミリア。北の森へ向かう依頼を確認しろ」
「はい!」
ミリアさんが受付へ走る。
しばらくして戻ってきた。
「二組です! 一組はまだギルドにいます!」
「止めろ。もう一組は?」
「今朝出発しています」
「くそっ」
ギルドマスターが舌打ちした。
「どこまで行ったか分からんな」
そこで俺は気づいた。
「その人たちには……」
「ああ」
ギルドマスターが俺を見る。
「ステータス画面がない」
メールもない。
だから伝えられない。
たった今届いた情報なのに。
危険があると分かったのに。
伝える方法がない。
「……なるほど」
ギルドマスターが呟いた。
その声はさっきまでとはまるで違った。
「こういうことか」
「え?」
「昨日、話しただろう」
ギルドマスターが俺を見る。
「街道が崩れた。予定より魔物が多かった。見たことのない魔物がいた。仲間が怪我をした」
「あ……」
「これまではな」
ギルドマスターが続ける。
「冒険者が戻ってきて、初めて分かることが多かった」
森で何かを見つける。
街へ戻る。
受付へ報告する。
ギルドが確認する。
それから次の冒険者へ伝える。
それが普通だった。
「だが、これは違う」
ギルドマスターが自分のステータス画面を見る。
「見つけたその場で知らせられる」
俺も画面を見る。
ロイドから届いた、たった数行の文章。
『森の東側でゴブリンの足跡を見つけた』
それだけ。
たったそれだけなのに。
その情報はもう街に届いている。
◇
昼を少し過ぎた頃。
三人が帰ってきた。
「いやー、参った!」
ロイドがギルドへ入ってくるなり言った。
「結局ゴブリンそのものは見なかったけどな」
「足跡は?」
「間違いない。三……いや、四体以上はいると思う」
「分かった。調査依頼を出す」
ギルドマスターが即答する。
その横でエナが俺を見つけた。
「ユウト!」
「はい?」
いきなり両手を掴まれた。
「これ便利!」
「え?」
「すっごく便利!」
「お、おお……」
「だって戻らなくても知らせられるんだよ!?」
そりゃメールだからな。
俺にとっては当たり前だった。
でも、この世界では違う。
離れた場所へ情報を送る。
それだけのことが、とんでもなく大きいらしい。
「なあユウト」
ロイドもやってくる。
「これ、俺たちだけなのか?」
「今のところは」
「他の奴らにも使わせられないのか?」
「付与すればできます」
「じゃあやってくれよ」
「え?」
「今日みたいなこと、またあるだろ」
ロイドはそう言ってから、少しだけ真面目な顔になった。
「俺たちは何度もあるんだ。街に戻ってから言われるんだよ」
『昨日、あの辺りでオーガが出たらしい』
『南の橋が壊れていたらしい』
『あの森に盗賊が入ったらしい』
「だったら出る前に教えてくれよって、何度思ったか」
「…………」
「まあ、ギルドだって知らなかったんだから仕方ねえんだけどな」
その言葉を聞いていたギルドマスターが腕を組む。
「ユウト」
「はい」
「少し話がある」
……なんとなく嫌な予感がした。
◇
またギルドマスターの部屋。
今日だけで何回来たんだろう。
「結論から言う」
ギルドマスターが言った。
「この試験は成功だ」
「ですよね」
「だから、もう少し人数を増やしたい」
「……何人くらいですか?」
「まず二十人」
「増えたな!?」
「少ないくらいだ」
ギルドマスターは真顔だった。
「近場の依頼を中心に受ける連中へ付与する。しばらく運用して問題がなければ、さらに増やす」
「なるほど……」
「もちろん本人が望んだ場合だけだ」
《付与承認》がある。
嫌なら断れる。
そこは問題ない。
「分かりました」
俺は頷いた。
「やってみます」
「助かる」
そこで話が終わる――と思った。
ギルドマスターが一枚の紙を取り出した。
「それとな」
「まだあるんですか?」
「ああ」
嫌な予感が強くなる。
「今回の結果は、上へ報告する」
「上?」
「この街だけで使って終わらせるようなものじゃない」
ギルドマスターが紙へ何かを書き始める。
「他の街のギルドでも使えるかもしれん。いや――おそらく使いたがる」
「…………」
「まずはこちらで人数を増やして試す。その結果をまとめて送る」
俺は自分のステータス画面を開いた。
そこにはまだ大したものはない。
俺自身の情報。
そして《メール》。
たったそれだけだ。
昨日まで存在しなかったもの。
俺が、
『離れた相手と文字を送り合えたら便利だ』
そう考えて《付与》しただけの機能。
それが今日。
森で見つかった危険を、冒険者がその場から街へ知らせた。
ギルドマスターが言う。
「もしかするとこれは――冒険者の仕事のやり方そのものを変えるぞ」
大げさだ。
そう言おうとした。
でも。
俺のステータス画面に残っているメールを見る。
『森の東側でゴブリンの足跡を見つけた』
これがなければ、今もギルドは何も知らなかった。
そう考えると。
「…………」
大げさとも言い切れなかった。
「とりあえず」
俺はステータス画面を閉じた。
「二十人ですよね?」
「ああ」
「分かりました」
明日は二十人へステータス画面を付与する。
その次は――。
まだ分からない。
ただ一つ。
俺の思い描いていた異世界冒険者生活から、少しずつ何かがズレ始めている気がする。
剣を握って。
魔物を倒して。
ランクを上げる。
そんな生活になるはずだった。
俺は冒険者カードを取り出した。
【冒険者ランク:F】
そして、その横に浮かぶステータス画面。
俺は思った。
「……俺、ちゃんと冒険者できるのかな」
その答えを知るのは――。
まだ、ずっと先のことだった。




