第2話 ステータス画面を付与してみた
他人にステータス画面を付与できるようになった。
そう表示されてから、俺はしばらく草原に立ち尽くしていた。
「……他人に、ねえ」
目の前には半透明のステータス画面。
その隅には、俺がさっき付けたばかりの【メール】という項目がある。
そして新しく表示された説明には、確かにこう書かれている。
《他者に【ステータス画面】を付与できます》
何度読んでも同じだ。
「試したい……」
ものすごく試したい。
でも。
「誰で試すんだよ」
そのへんを歩いている人を捕まえて、
『すみません、あなたの目の前に謎の半透明な板を出してもいいですか?』
なんて言ったら、普通に不審者だ。
下手をすれば衛兵を呼ばれる。
「……ギルドに戻るか」
幸い、話を聞いてくれそうな人には心当たりがある。
冒険者登録をしてくれた受付嬢だ。
少なくとも、俺が《付与》というスキルを持っていることは知っている。
俺は討伐証明になるホーンラビットの角を回収すると、街へ戻ることにした。
◇
「お帰りなさい、ユウトさん」
冒険者ギルドへ戻ると、登録を担当してくれた受付嬢が俺を覚えていてくれた。
「初めての討伐依頼でしたよね?」
「はい。なんとか」
「怪我はありませんか?」
「大丈夫です」
俺は回収してきた角をカウンターへ置いた。
受付嬢が確認する。
「確かにホーンラビットの角ですね。依頼達成です。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
初めて冒険者として稼いだ報酬を受け取る。
ちょっと嬉しい。
普通ならここで、
『初クエスト達成!』
と喜んで終わるところなのだろう。
だが、今の俺にはそれ以上に気になることがあった。
「あの」
「はい?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「どうぞ」
「魔物を倒したら、レベルが上がったんです」
「それはおめでとうございます」
「……普通なんですか?」
「もちろんです」
あっさり答えられた。
「魔物を倒したり、鍛錬を積んだりすることで人は成長します。それをレベルと呼びます」
「なるほど……」
レベルという概念自体は、この世界にも存在するらしい。
「じゃあ、レベルが上がったときに目の前に出てくる……こう、半透明の板みたいなのも?」
「板?」
受付嬢が首を傾げた。
俺は手で四角を作る。
「これくらいの大きさで、名前とかレベルとかスキルとかが書いてあるやつです」
「……そのような魔道具をお持ちなんですか?」
「いや、魔道具じゃなくて」
嫌な予感がした。
「ステータス画面って言わないんですか?」
「すてーたす……がめん?」
受付嬢が困惑している。
「知らない?」
「申し訳ありません。聞いたことがありません」
「…………」
やっぱり。
俺は目の前にステータス画面を出した。
「今、俺の前に出てるんですけど」
「……?」
受付嬢は俺ではなく、その向こうを見ている。
「見えません?」
「何がでしょう?」
「ここに」
画面を指差す。
受付嬢も同じ場所を見る。
「何もありませんが……」
「俺にしか見えてないのか」
どうやらステータス画面は、俺だけのものらしい。
いや。
正確には――今のところ俺だけのものだ。
「あの」
「はい?」
「ちょっと実験に付き合ってもらってもいいですか?」
受付嬢が一歩だけ後ろへ下がった。
「……どのような実験でしょう?」
「そんな警戒しなくても」
「今のお話を聞いた直後ですので」
「ですよね」
正論だった。
「危険なことはしません。たぶん」
「たぶん?」
「いや、しません!」
自分でも説得力がない。
受付嬢は少し悩んでから、
「何をするのでしょうか?」
と聞いてくれた。
「俺のスキル、《付与》なのは覚えてます?」
「はい。私が登録しましたから」
「その《付与》で……あなたにステータス画面を付けてみたいんです」
「…………」
受付嬢がまた一歩下がった。
「待ってください!」
「聞いたことのないものを付与されるのは、少々……」
「ごもっともです」
俺だって逆の立場なら嫌だ。
「じゃあ、嫌だったら断れるようにできないかな……」
何気なく呟いた。
――ピコン。
「え」
ステータス画面に文字が出る。
《【付与承認】を設定しました》
《今後、他者への特殊付与には対象者の承認が必要となります》
「…………」
受付嬢が俺の顔を見る。
「どうされました?」
「いや……また増えました」
「何がですか?」
「機能が」
「…………?」
俺自身、説明できない。
「と、とにかく、勝手には付与されないみたいです。あなたが断ったら何も起きません」
「本当ですか?」
「はい」
受付嬢はしばらく考えた。
そして小さく息を吐く。
「……分かりました」
「いいんですか?」
「私も少し興味があります」
そう言ってくれた。
「ありがとうございます」
俺は受付嬢へ向けて手を伸ばす。
触る必要があるのかも分からない。
とりあえず手のひらを向けた。
「ステータス画面を……付与」
――ピコン。
俺の画面に表示が出る。
《対象者に【ステータス画面】の付与を申請しました》
「何か見えます?」
「…………!」
受付嬢の目が大きく見開かれた。
「出ました!」
「本当に!?」
「はい! 何ですか、これ!?」
彼女の視線が宙を動いている。
俺から彼女の画面そのものは見えない。
でも間違いない。
「文字が……」
受付嬢が読み上げる。
「ステータス画面の付与を承認しますか……?」
「嫌だったら断ってください」
「いえ」
受付嬢が空中へ指を伸ばす。
「こちらですね?」
何かを押した。
次の瞬間。
――ピコン。
《【ステータス画面】の付与が承認されました》
「…………」
受付嬢が固まった。
「どうです?」
「待ってください」
彼女は真剣な顔で空中を見ている。
「私の名前があります」
「はい」
「年齢も」
「そこまで出るんだ」
「ユウトさん」
「はい」
「見ないでください」
「俺には見えません!」
どうやら年齢は機密情報らしい。
しばらくすると、受付嬢は完全に仕事を忘れて画面を触り始めた。
「これ……動きます」
「指で触れますよね」
「はい。こちらには魔力量が……えっ、こんなに細かく分かるんですか?」
「冒険者カードとは違います?」
「全然違います」
声が変わった。
受付職員の顔になっている。
「冒険者カードに記録される情報は限定的です。詳しく調べるには専用の測定器が必要です。それが……」
指を動かす。
「自分で確認できる?」
「みたいですね」
「…………」
受付嬢が黙った。
「どうしました?」
「ユウトさん」
「はい」
「これ、かなり便利なのでは?」
「俺もそう思います」
そして俺は思い出した。
「あ、そうだ。メール」
「メール?」
「離れたところにいる人へ文字を送れる機能です」
「離れたところへ……文字を?」
明らかに食いついた。
「それも付けてみます?」
「お願いします」
さっきとは違って即答だった。
「じゃあ……メール機能を付与」
――ピコン。
《対象者のステータス画面に【メール機能】を付与します》
《対象者が承認しました》
《付与完了》
「あっ」
受付嬢が声を上げる。
「増えました!」
「メールってあります?」
「あります」
「じゃあ、ちょっと試しましょう」
俺は周囲を見た。
「俺、外に出ます」
「外へ?」
「離れてても使えるか確認したいので」
「なるほど」
俺はギルドを出た。
少し歩く。
建物一つ分くらい離れてから、ステータス画面を開く。
【メール】を押す。
さっきまでは誰もいなかった宛先欄。
そこに初めて名前が表示されていた。
《ミリア》
「ミリアっていうのか」
そういえば受付嬢の名前を聞いていなかった。
宛先を選ぶ。
文章を入力する方法も、触っているうちになんとなく分かった。
『届いてますか?』
送信。
――ピコン。
《送信しました》
「……さて」
俺はギルドへ戻った。
扉を開く。
受付を見る。
ミリアさんが固まっていた。
目の前の空中を凝視している。
「ミリアさん?」
ゆっくりこちらを見る。
「……届きました」
「おお!」
「本当に届きました」
ミリアさんが画面を操作する。
直後。
――ピコン。
「ん?」
俺のステータス画面に表示。
《新着メールがあります》
開く。
『届いています』
「返信も来た!」
思わず笑ってしまった。
成功だ。
「これでステータス画面持ってる人同士なら、離れてても連絡できますね」
「…………」
「ミリアさん?」
返事がない。
彼女は真剣な顔をしていた。
「ユウトさん」
「はい」
「少々お待ちください」
「え?」
ミリアさんが立ち上がった。
そして近くにいた別の職員へ声をかける。
「少し受付をお願いします」
「いいけど、どうしたの?」
「ギルドマスターへ報告してきます」
「ギルドマスター?」
俺が聞き返す。
ミリアさんはこちらを向いた。
「ユウトさんも来てください」
「俺も?」
「はい」
なんだか大事になってきた。
俺はミリアさんについてギルドの二階へ上がった。
◇
「失礼します」
「入れ」
低い声が返ってきた。
部屋へ入る。
大きな机の向こうに、四十代くらいの男が座っていた。
短く刈った髪。
左頬には古い傷。
服の上からでも分かるくらい体格がいい。
どう見ても元冒険者だ。
「ミリアか。どうした?」
「お時間よろしいでしょうか?」
「構わん。その青年は?」
「本日登録されたFランク冒険者、ユウトさんです」
「今日?」
ギルドマスターが俺を見る。
「何か問題でも起こしたのか?」
「起こしてません!」
思わず答えてしまった。
「問題ではありません」
ミリアさんが言う。
「おそらく、その逆です」
「逆?」
「説明するより、見ていただいた方が早いと思います」
ミリアさんが俺を見る。
「ユウトさん」
「あ、はい」
「ギルドマスターにもお願いできますか?」
「ステータス画面を?」
「はい」
ギルドマスターの眉が動いた。
「ステータス画面?」
「私にもまだ、正確には説明できません」
「……分かった」
意外にも話が早かった。
「危険はないんだな?」
「私がすでに付与されています」
「ならやってみろ」
豪快だ。
「じゃあ……いきます」
俺は手を向けた。
「ステータス画面を付与」
――ピコン。
「む」
ギルドマスターの視線が止まった。
「何か出ました?」
「……出た」
「承認するか聞かれていると思います」
「これか」
ギルドマスターが指を動かす。
――ピコン。
《【ステータス画面】の付与が承認されました》
「…………」
しばらく無言だった。
自分のステータスを確認しているらしい。
「これは……」
ギルドマスターの表情が変わる。
「レベルまで分かるのか」
「はい」
「スキルも……魔力量まで?」
「私も驚きました」
ミリアさんが答える。
「現在ギルドで使用している測定器より、確認できる項目が多いです」
「そんなものを、この青年が?」
「彼のスキルは《付与》です」
「付与?」
ギルドマスターが俺を見る。
「付与術師が、なぜこんなものを作れる?」
「俺にも分かりません」
「分からない?」
「なんか……付与できちゃうんです」
我ながら酷い説明だった。
しかし、それ以上説明しようがない。
「それだけではありません」
ミリアさんが続ける。
「ユウトさん。メールもお願いします」
「あ、はい」
ギルドマスターのステータス画面へメール機能を付与する。
「増えたぞ」
「これを使うと、離れた場所にいるステータス画面所有者へ文章を送れます」
「……何?」
明らかに声色が変わった。
「今はこの部屋にいるので、実演には向きませんね」
ミリアさんがそう言って部屋を出ていった。
「どこへ行った?」
「たぶん下の受付です」
しばらくして。
――ピコン。
ギルドマスターの前で音がした。
「何だ?」
「メールだと思います」
画面を操作する。
そして。
ギルドマスターの顔から表情が消えた。
「……ミリアからだ」
「ですよね」
「今、あいつはどこにいる?」
「一階でしょうね」
ギルドマスターが立ち上がった。
窓へ行く。
下を覗く。
この部屋から受付は見えない。
「壁を挟んでも届くのか」
「街の外からでも届きました」
「街の外?」
「さっき試しました」
「距離は?」
「そこまではまだ」
「限界は?」
「分かりません」
「他の街は?」
「試してません」
「国境を越えたら?」
「それも……」
質問が止まらない。
「すみません。今日できたばっかりなんです」
「今日?」
「というか、一時間も経ってないです」
「…………」
ギルドマスターが黙った。
そのとき扉が開き、ミリアさんが戻ってきた。
「確認できましたか?」
「ああ」
ギルドマスターは椅子へ戻らなかった。
腕を組んだまま、部屋を歩き始める。
「ミリア」
「はい」
「今、東の森へ出ている冒険者がギルドへ緊急連絡を寄越す場合、どうする?」
「伝令を走らせます。状況によっては一人がパーティを離脱します」
「北部街道なら?」
「同様です」
「隣町なら?」
「早馬でしょうか」
「王都本部への報告は?」
「定期便、あるいは緊急の場合は早馬です」
「そうだ」
ギルドマスターが俺を見る。
「それが全部、これで必要なくなる可能性がある」
「……あ」
言われて初めて実感した。
俺にとってメールは当たり前だった。
日本では、離れた人間と連絡が取れるなんて珍しくもない。
でも。
ここにはスマートフォンがない。
電話もない。
インターネットもない。
遠くにいる人へ何かを伝えるには、人間が移動するしかない。
「討伐対象が想定より多かった」
ギルドマスターが言う。
「はい」
「仲間が負傷した」
「はい」
「街道が崩落していた。護衛対象が足止めされた。依頼先の村が襲われていた。予定していた魔物とは別の危険種を発見した」
次々と挙げていく。
「これまでなら、誰かがギルドまで戻らなければ我々は知ることができない」
ギルドマスターが自分の前に浮かぶステータス画面を見る。
「だが、これがあれば……その場から知らせられる」
「そう……なりますね」
「命が助かる」
その一言だけは、妙に重かった。
「冒険者だけではない」
ギルドマスターは続ける。
「各支部同士で情報を共有できる。依頼の照会もできる。危険な魔物が移動しているなら近隣支部へ即座に知らせられる」
俺は何も言えなかった。
そこまで考えていなかった。
俺はただ、
『メール機能くらいあれば便利なのに』
と思っただけだ。
しかも最初は、
『送る相手いないじゃん』
なんて笑っていた。
「ユウト」
「はい」
初めて名前を直接呼ばれた。
「このステータス画面は、他の人間にも付与できるのか?」
「できます」
「何人まで?」
「……分かりません」
「付与に金はかかるか?」
「たぶん、かからないです」
「魔力は?」
「今のところ、そんなに減ってる感じは……」
「時間は?」
「見てもらった通りです」
「…………」
また黙った。
そしてギルドマスターはミリアを見る。
「今日、登録に来る新人はあと何人いる?」
「予定では三名です」
「本人の同意を得た上で、このステータス画面を付与してもらえないか頼んでみろ」
「分かりました」
「既存の冒険者にも何人か協力者を募れ。年齢、職業、種族が違う者を選べ」
「検証ですね」
「ああ」
話がどんどん進んでいる。
「あのー……」
二人が俺を見る。
「俺、今日冒険者になったばっかりなんですけど」
「知っている」
「Fランクなんですけど」
「それも知っている」
「初めてホーンラビット一匹倒しただけで」
「ああ」
「……なんか大事になってません?」
ギルドマスターはしばらく俺を見ていた。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「ユウト」
「はい」
「お前はまだ、この能力の価値を分かっていない」
「…………」
「これは冒険者一人が強くなるスキルではない」
ギルドマスターが、自分の前に浮かぶステータス画面へ触れる。
「冒険者ギルドそのものを変える可能性がある」
俺は自分の画面を見る。
そこには相変わらず、
【Lv:2】
【スキル:付与】
としか書かれていない。
たった一匹。
ホーンラビットを倒してレベルが上がった。
それで現れたステータス画面に、
メールがあったら便利だと思った。
ただ、それだけだった。
なのに。
――ピコン。
「ん?」
メールが届いた。
送り主はミリアさんだった。
隣にいるのに。
『これからよろしくお願いします』
「……いや、口で言えばいいでしょ」
「使ってみたかったので」
「分かりますけど」
ギルドマスターが俺たちを見る。
「遊ぶな」
「すみません」
「申し訳ありません」
俺とミリアさんが同時に謝った。
だが。
ギルドマスター自身も、もう一度ステータス画面を開いていた。
その目は、冒険者の新しい玩具を見る目ではなかった。
もっと遠くを見ている。
この街の外。
別の街。
別の支部。
さらにその先。
このときの俺には、まだ分かっていなかった。
俺が何気なく付与した【メール】という小さな機能が。
そして、他人にも付与できるようになった【ステータス画面】が。
これからどれほど多くの人間の手に渡っていくことになるのかを。




