第37話 雨上がりの贈り物
第37話 雨上がりの贈り物
王都を出発してから、二時間ほどが経った。
馬車は東へ向かう街道を、ゆっくりと進んでいた。
左右には広い草原が続き、遠くには緩やかな丘が連なっている。
空は青く、ところどころに白い雲が浮かんでいた。
「……いい景色だなあ」
ユウトは荷台から顔を出した。
そして、ステータス画面を開く。
「《景色記録》!」
目の前に広がる草原を記録する。
少し進んだところで、また画面を開いた。
「おっ、あの丘もいいな!」
記録。
さらに進む。
街道の脇に、大きな一本の木が立っていた。
「うわ、あの木、立派ですね!」
記録。
ロイドが御者台から振り返った。
「……ユウト」
「はい?」
「お前、さっきから何枚撮ってるんだ?」
「えーっと……」
ユウトは保存した景色記録を確認した。
「二十三枚ですね!」
「まだ二時間だぞ!?」
「でも、いい景色がいっぱいあるんですよ!」
「さっきの丘と、今の丘は何が違うんだ?」
「形が違います!」
「……そりゃ違うだろうけどな」
ロイドが笑った。
隣に座っていたエナも、呆れたように笑う。
「ユウトって、旅行に来た子どもみたいね」
「旅行じゃないですよ! ちゃんと依頼です!」
「そうね。ちゃんと荷物も運んでるものね」
エナは荷台の木箱を指さした。
三つの木箱は、太い縄でしっかりと固定されている。
バルクが時折、縄の緩みを確認していた。
「でも、こうして景色を残せるのはいいな」
バルクが言った。
「だろ?」
ユウトは嬉しそうに振り返った。
「あとで見返せますからね!」
「俺たちが普段通ってる街道も、こうして見ると違って見えるな」
「そうなんですよ!」
ユウトはまた画面を開いた。
「じゃあ、今度は動景を撮ってみます!」
「……まだ撮るのか?」
「もちろんです!」
ユウトは《動景記録》を起動した。
馬車の車輪が回る。
馬の蹄が土を踏む。
風が草原を渡り、遠くの木々が揺れている。
荷台から撮影した景色は、馬車の揺れに合わせて少し上下した。
「……おお、いい感じ!」
「俺たちの声も入ってるぞ」
ロイドが言った。
「それも旅の記録です!」
「そうか」
ロイドは笑った。
「じゃあ、俺の格好いいところも撮っといてくれよ」
「何かするんですか?」
「……いや、別に」
「じゃあ、何を撮ればいいんです?」
「そこはお前が考えろ!」
四人の笑い声が、街道に響いた。
◇
昼前になると、街道沿いに小さな休憩所が見えてきた。
石造りの井戸と、屋根のある休憩小屋。
その周囲には、何台かの荷馬車が停まっている。
「ここで少し休むか」
ロイドが手綱を引いた。
「はい!」
ユウトは馬車から降り、大きく伸びをした。
「うーん! 気持ちいい!」
エナも降りてきた。
「ずっと座ってると、体が固まるわね」
「そうですね」
バルクは馬の様子を確認し、水を飲ませ始めた。
ユウトは休憩所を見回した。
旅人たちが井戸で水を汲み、商人が荷物を確認している。
小屋の軒下では、老人が干し肉をかじっていた。
「……ここも撮っていいかな」
ユウトはステータス画面を開いた。
すると、近くにいた商人が声をかけてきた。
「お兄さん、景色記録かい?」
「はい!」
「最近、よく見るようになったねえ」
「そうなんですか?」
「ああ。旅先の景色を記録して、家族に送る人が増えたよ」
「へえ!」
商人は笑った。
「うちの息子も、この前、海の景色を送ってきたんだ」
「海ですか!」
「ああ。私はまだ行ったことがなくてね。あんなに広いとは思わなかったよ」
ユウトは思わず笑顔になった。
「いいですね!」
「便利な時代になったもんだ」
商人はそう言って、井戸の方へ歩いていった。
ユウトはしばらく、その背中を見送っていた。
「……海かあ」
「今度は海に行きたくなった?」
エナが尋ねた。
「……ちょっと」
「ふふっ」
ロイドが笑った。
「まずはベルクまで行こうな」
「はい!」
◇
午後になると、空の様子が変わり始めた。
西の方から、灰色の雲が広がってきたのだ。
風も少し強くなっている。
「……雨が来そうだな」
ロイドが空を見上げた。
エナもうなずく。
「そうね。思ったより早いかも」
バルクは荷台の木箱を確認した。
「荷物に雨が当たらないようにしておこう」
「手伝います!」
ユウトは馬車の後ろへ回った。
四人で防水布を広げ、木箱の上からしっかりと覆う。
縄を締め直し、布が風でめくれないようにした。
「これで大丈夫かな」
バルクが確認する。
「そうだな」
ロイドは空を見た。
「できれば、宿場まで降らないでほしいんだが……」
その願いは、あまり長く続かなかった。
ぽつっ。
ユウトの頬に、水滴が当たった。
「……あ」
ぽつっ。
ぽつぽつっ。
次の瞬間。
ザーッ!
「うわっ!」
激しい雨が降り始めた。
「急に来たな!」
ロイドが声を上げる。
「ユウト! 外套を着ろ!」
「はい!」
ユウトは慌てて雨除けの外套を羽織った。
エナも頭巾をかぶり、バルクは荷台の布をもう一度確認する。
雨粒が馬車の屋根を叩いていた。
街道には、あっという間に水たまりができ始める。
「……すごい雨ですね!」
ユウトが言った。
「感心してる場合か!」
ロイドが笑いながら返す。
「いや、だって!」
ユウトは雨の向こうを見た。
草原が白く霞んでいる。
遠くの丘は、ほとんど見えなくなっていた。
「……これも撮りたいな」
「おい!」
「ちょっとだけです!」
ユウトは《動景記録》を開いた。
激しい雨。
濡れた街道。
馬車の車輪が水たまりを通るたび、水が跳ね上がる。
風に揺れる草。
そして、ロイドの声。
『ユウト! ちゃんと屋根の下に入ってろ!』
「……あはは!」
「笑ってる場合か!」
エナが笑いながら、ユウトの外套を引っ張った。
「ほら、濡れるわよ」
「はい!」
ユウトは慌てて荷台の奥へ引っ込んだ。
◇
雨は一時間ほど続いた。
その間、馬車は速度を落として進んでいた。
街道の一部はぬかるみ、車輪が深く沈む場所もあった。
バルクが何度か馬車を降り、道の状態を確認する。
ユウトも手伝いながら、慎重に進んだ。
「……やっぱり、旅って大変ですね」
ユウトが言った。
「そうだな」
ロイドが答える。
「晴れてるときは楽しいけど、雨が降ると一気に面倒になる」
「ですね」
「でも、こういうのも旅のうちだ」
「……はい!」
やがて。
雨音が少しずつ弱くなってきた。
ザーッという音が、ぱらぱらという音に変わる。
そして、雨が止んだ。
「……おっ」
ユウトは顔を上げた。
雲の切れ間から、陽光が差し込んでいる。
濡れた草原が、きらきらと光っていた。
遠くの丘には、薄い霧が漂っている。
「……綺麗ですね」
ユウトが呟いた。
エナも外を見た。
「本当ね」
ロイドは手綱を緩めた。
「少し休むか。馬も疲れただろうし」
「そうだな」
バルクがうなずいた。
馬車は街道の脇にある広い場所で止まった。
ユウトは外へ降りた。
雨上がりの空気は、少し冷たかった。
草の匂いが強くなっている。
ユウトは大きく息を吸った。
「……気持ちいい!」
そして、空を見上げた。
「……あれ?」
西の空には、まだ灰色の雲が残っている。
だが、その反対側。
東の空に、大きな虹が架かっていた。
「……うわっ!」
ユウトが声を上げた。
「どうした!?」
ロイドが振り返る。
「虹です!」
「虹?」
「見てください!」
ユウトは空を指さした。
草原の向こうから、緩やかな弧を描いて伸びる七色の光。
その虹は、遠くの丘の上を越え、反対側の地平線近くまで続いていた。
「おお……」
ロイドが声を漏らした。
「立派な虹だな」
「綺麗ね」
エナも空を見上げた。
バルクは馬の手綱を持ったまま、しばらく眺めていた。
そのとき。
ユウトが目を凝らした。
「……あれ?」
「どうした?」
ロイドが尋ねる。
「虹の外側……」
ユウトは指さした。
「もう一本、ありませんか?」
エナが空を見た。
「……本当だ!」
大きな虹の外側に、もう一つ。
少し淡い色の虹が架かっていた。
二本の虹。
外側の虹は、内側とは色の並びが逆になっている。
「二重の虹だ!」
ユウトは嬉しそうに叫んだ。
「すごい! こんなに綺麗なの、初めて見ました!」
「俺も久しぶりだな」
ロイドが言った。
エナは微笑んだ。
「雨に降られた甲斐があったかしら?」
「ありました!」
「即答ね」
ユウトは慌ててステータス画面を開いた。
「《景色記録》!」
一枚。
少し角度を変えて、もう一枚。
虹の両端が入るように、さらに一枚。
「……あっ、こっちの方がいい!」
ユウトは街道の端へ移動した。
濡れた草原。
遠くの丘。
そして、二重の虹。
すべてが入る位置を探す。
「ユウト、あまり遠くへ行くなよ!」
「はーい!」
ユウトは画面を固定し、《動景記録》も開始した。
風に揺れる草。
雲の間から差し込む光。
その上に架かる、二本の虹。
「……すごいなあ」
ユウトはしばらく黙って眺めていた。
ロイドたちも、少し離れた場所で空を見ている。
やがて、ユウトは記録を止めた。
「……よし!」
保存した景色記録を確認する。
何枚も撮った中で、特に気に入った一枚があった。
雨上がりの草原を大きく写し、その向こうに二重の虹が架かっている。
手前には、濡れた街道が続いていた。
「……これ、投稿しよう!」
ユウトは《掲示板》を開いた。
題名を入力する。
【雨上がりの街道で、二重の虹を見つけました!】
説明には、こう書いた。
【ベルクへ向かう途中、激しい雨が降りました】
【雨が止んだあと、こんなに綺麗な虹が見えました】
そして、景色記録を添付する。
「……よし!」
投稿。
ユウトは画面を閉じた。
「ロイドさん! 撮れました!」
「おう!」
「すごく綺麗に撮れましたよ!」
「よかったな!」
ロイドは馬の様子を確認していた。
「じゃあ、そろそろ出発するぞ!」
「はい!」
ユウトは馬車へ戻った。
そのとき。
ピコン。
「……ん?」
ステータス画面に通知が届いた。
【あなたの投稿に新しい書き込みがあります】
ユウトは開いた。
【すごい! 二重の虹だ!】
【こんなに綺麗な虹、初めて見た】
【雨上がりの草原もいいですね】
【旅の途中でこんな景色が見られるなんて羨ましい】
ユウトは嬉しそうに笑った。
「……みんな、見てくれてる」
そして、もう一つ通知が届いた。
ピコン。
【あなたの投稿に応援が届きました】
「……えっ?」
ユウトは目を丸くした。
【銅貨1枚の応援が届きました】
「…………」
ユウトはしばらく画面を見つめていた。
「……銅貨一枚?」
ロイドが振り返った。
「どうした?」
「……僕の景色記録に、応援が届きました」
「へえ!」
エナも顔を上げた。
「虹の写真に?」
「はい!」
「よかったじゃない」
「……はい!」
ユウトはもう一度、投稿した景色記録を開いた。
二重の虹。
濡れた草原。
遠くの丘。
自分が綺麗だと思って記録した景色。
それを、どこかの誰かが見てくれた。
そして、銅貨を一枚送ってくれた。
「……なんか、嬉しいですね」
ユウトは小さく笑った。
ロイドもうなずいた。
「そりゃよかったな」
「はい!」
エナが言った。
「ユウト、今までずいぶんいろんな機能を作ってきたけど、自分で応援をもらうのは初めて?」
「そういえば……そうですね!」
「じゃあ、記念の一枚ね」
「はい!」
バルクが笑った。
「その銅貨、何に使うんだ?」
「……うーん」
ユウトは少し考えた。
「どうしましょう?」
「使わずに取っておくのか?」
「それもいいですね!」
ロイドが笑った。
「じゃあ、ベルクで何か買うときに使えばいいんじゃないか?」
「……そうですね!」
ユウトは画面を閉じた。
そして、もう一度空を見上げた。
二重の虹は、少しずつ薄くなり始めていた。
「……撮っておいてよかった」
ユウトは呟いた。
ロイドが手綱を握る。
「よし、出発するぞ!」
「はい!」
四人は馬車に乗り込んだ。
車輪がゆっくりと回り始める。
雨上がりの街道を、馬車が進んでいく。
ユウトは荷台から顔を出した。
遠くの空には、まだ虹が残っていた。
「……また、いい景色があったら撮ろう」
ユウトは笑った。
ロイドが振り返る。
「……お前、まだ撮るのか?」
「もちろんです!」
「ははは! 好きにしろ!」
馬車は東へ向かって進んでいった。
その日の夕方。
ユウトの《景色記録》には、さらに十七枚の新しい景色が追加されていた。
そして、ロイドたちはまだ知らなかった。
翌日、ユウトが見つける景色は、もっと撮影に時間のかかるものになるということを。




