第36話 久しぶりの遠出
第36話 久しぶりの遠出
「遠方への配達依頼、ですか?」
「ああ。王都から東へ三日ほど行ったところに、ベルクという町があるんだ」
ロイドは依頼掲示板の一枚を指さした。
ユウトはその紙を覗き込む。
【商業都市ベルクへの物資輸送】
【依頼内容:指定された荷物をベルク商業組合へ届ける】
【所要日数:往復六日〜八日】
【推奨ランク:D以上】
【報酬:銀貨十二枚】
「おお……!」
ユウトは目を輝かせた。
「結構、遠いですね!」
「そうだな。途中で二回は野営することになる」
「野営!」
「……そこに食いつくのか」
ロイドが笑った。
「だって、冒険者っぽいじゃないですか!」
「お前、冒険者だろ」
「そうなんですけど!」
ユウトは依頼書を読み直した。
「でも、推奨ランクがD以上になってますよ?」
「ああ。だから、俺たちのパーティで受ける」
「なるほど」
「お前も同行するなら、ギルドに確認してもらう必要があるな」
ユウトはうなずいた。
ロイドたちと一緒にダンジョンへ行ったことはある。
しかし、今回は数日間にわたる遠方への移動だ。
途中で魔物に遭遇する可能性もあるし、天候が崩れることもある。
「それで、何を運ぶんですか?」
「魔道具の部品らしい」
「魔道具!」
「ベルクの工房から注文が入ったそうだ。王都でしか作れない精密な部品があるんだと」
「へえ……!」
ロイドは依頼書の下を指さした。
「荷物は木箱三つ。馬車一台で運べる量だ」
「馬車で行くんですね」
「ああ。歩いて運ぶには重いからな」
「なるほど……」
ユウトは少し考えた。
「ちなみに、途中の道ってどんな感じなんですか?」
「街道を進むだけなら、それほど難しくない。ただ、ベルクに近づくと森を抜ける区間がある」
「森ですか」
「ああ。そこは魔物が出ることもある」
「……いいですね!」
「何がだ?」
「冒険って感じがします!」
ロイドは呆れたように笑った。
「お前、危険な目に遭いたいわけじゃないだろうな?」
「違いますよ!」
ユウトは慌てて首を振った。
「ただ、久しぶりにちゃんと旅をしたいなって」
「……まあ、気持ちは分かるけどな」
ロイドは依頼書を手に取った。
「じゃあ、エナとバルクにも話してみるか」
「はい!」
◇
昼過ぎ。
四人はギルドの食堂に集まっていた。
「ベルクへの輸送依頼?」
エナが聞き返した。
「そう。往復で一週間くらいだ」
ロイドが答える。
バルクは依頼書を読みながら、うなずいた。
「報酬も悪くないな」
「そうだろ?」
「馬車は依頼主が用意するのか?」
「ああ。馬も含めて貸してくれるそうだ」
「なら、問題ない」
エナはユウトを見た。
「ユウトも行くの?」
「はい!」
「……そんなに嬉しそうにする依頼かしら?」
「だって、一週間くらい旅するんですよ!」
「そうね」
「野営もするんですよ!」
「そうね」
「知らない町にも行けるんですよ!」
「……分かったわ。楽しみなのね」
エナが笑った。
ロイドは依頼書を机に置いた。
「問題は、ユウトがFランクってことだな」
「……そうなんですよね」
ユウトは少し肩を落とした。
ダンジョンの依頼でも、ロイドたちの同行者として特別に認めてもらった。
今回も同じように許可が出るとは限らない。
「まあ、相談してみるか」
ロイドが立ち上がった。
「ミリアさんのところへ行こう」
◇
「ベルクへの輸送依頼ですね」
ミリアは依頼書を受け取った。
「はい。ユウトも同行させたいんですが」
ロイドが言った。
ミリアは四人を見回した。
「なるほど……」
そして、ユウトを見た。
「ユウトさん、今回は一週間ほど王都を離れることになりますよ?」
「はい!」
「途中で野営もあります」
「はい!」
「魔物に遭遇する可能性もあります」
「はい!」
「……楽しそうですね」
「はい!」
ミリアは思わず笑った。
「そんなに行きたいんですか?」
「行きたいです!」
「分かりました。少々お待ちください」
ミリアは依頼書を持って、奥の部屋へ向かった。
しばらくして戻ってくる。
「ギルドマスターに確認してきました」
「どうでした?」
「同行を認めるそうです」
「やった!」
ユウトは思わず声を上げた。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「今回の依頼責任者はロイドさんです。ユウトさんは、その指示に従ってください」
「もちろんです!」
「それから、危険な状況では無理をしないこと」
「はい!」
「最後に……」
ミリアは少し言いにくそうな顔をした。
「ステータス画面の新機能を作るために、途中で立ち止まったりしないでくださいね」
「……えっ?」
ロイドたちが笑った。
「言われてるぞ、ユウト!」
「いや、そんなことしませんよ!」
「本当か?」
「本当ですって!」
ミリアも笑った。
「冗談ですよ。でも、今回は冒険者としての依頼ですからね」
「はい!」
ユウトは大きくうなずいた。
ミリアは依頼書に承認印を押した。
「それでは、正式に受注とします」
「ありがとうございます!」
「出発は明後日の朝です。準備をしておいてくださいね」
「はい!」
◇
その日の夕方。
ユウトは王都の商店街を歩いていた。
旅に必要なものを買うためだ。
まずは保存食。
干し肉。
硬いパン。
乾燥させた果物。
それから、予備の水袋。
「……こんなものかな」
ユウトは荷物を確認した。
ロイドたちが野営道具を用意してくれるとはいえ、自分の持ち物は自分で準備しておきたい。
次に向かったのは、道具屋だった。
「いらっしゃい!」
店主が声をかけてきた。
「何を探してるんだい?」
「旅用の道具を少し」
「ほう。遠出か?」
「はい。ベルクまで行くんです」
「ベルクか。そりゃ結構な距離だな」
店主は棚から小さな箱を取り出した。
「だったら、これなんかどうだ?」
「何ですか?」
「火打ち石と火口の組み合わせだ。雨に濡れないように、蓋の付いた容器に入ってる」
「おお!」
ユウトは手に取った。
小さくて、持ち運びやすい。
「これ、いいですね!」
「だろう?」
「ください!」
「毎度あり!」
ユウトは代金を払い、道具を鞄にしまった。
店を出ると、空が少し赤くなっていた。
「……一週間かあ」
ユウトは呟いた。
王都を離れて、知らない町へ行く。
道中で野営をして、森を抜ける。
何が起こるか分からない。
もちろん、危険なこともあるだろう。
それでも。
「……楽しみだな」
ユウトは自然と笑顔になった。
◇
出発前日の夜。
ユウトは宿屋の部屋で荷物をまとめていた。
小さな鞄に着替えを入れ、保存食を詰める。
剣の手入れも済ませた。
旅用の外套を畳み、寝袋を確認する。
「……よし!」
ユウトは鞄を閉じた。
そのとき、ステータス画面に通知が届いた。
【ミリアからメールが届きました】
「……ん?」
ユウトは開いた。
【ユウトさん、明日からの依頼、頑張ってくださいね】
【それと、無事に帰ってきてください】
ユウトは少し笑った。
【ありがとうございます!】
【ちゃんと帰ってきます!】
返信を送る。
すると、すぐに返事が届いた。
【帰ってきたら、またギルドに顔を出してくださいね】
【はい!】
ユウトは画面を閉じた。
そして、窓の外を見た。
王都の夜景が広がっている。
街灯の明かり。
遠くの城壁。
通りを歩く人々。
この街にも、すっかり慣れた。
でも、世界はまだまだ広い。
ドラゴンのいる山もあれば、知らない町もある。
きっと、見たことのない景色がたくさんあるのだろう。
「……よし」
ユウトは寝袋を鞄の横に置いた。
「明日は早いし、寝よう」
明かりを消し、ベッドに入る。
しばらくして。
「……野営かあ」
ユウトは小さく呟いた。
少しだけ、笑った。
◇
翌朝。
王都の東門には、一台の馬車が停まっていた。
荷台には、木箱が三つ積まれている。
ロイドが馬の手綱を確認し、バルクが荷物を固定していた。
エナは周囲を見回している。
「……遅いわね」
「まだ時間前だろ」
ロイドが答えた。
「そうだけど」
そのとき。
「おはようございまーす!」
ユウトが走ってきた。
背中には鞄。
腰には剣。
肩には旅用の外套。
「おはよう!」
ロイドが手を振った。
「準備はいいか?」
「ばっちりです!」
「忘れ物は?」
「ありません!」
「本当か?」
「……たぶん!」
「おい!」
三人が笑った。
ユウトも笑いながら、馬車へ近づいた。
木箱には、商業組合の封印が施されている。
「これをベルクまで運ぶんですね」
「ああ。中身は精密な魔道具の部品だ。衝撃を与えないように気をつけてくれ」
「分かりました!」
バルクが荷台の縄を最後に締めた。
「よし。これで大丈夫だ」
エナが地図を広げる。
「今日は街道沿いの宿場まで行けるはずよ」
「そこから先は?」
ユウトが尋ねた。
「明日は丘陵地帯を越えて、森の手前まで。三日目に森を抜けてベルクへ入る予定ね」
「なるほど……!」
ロイドが御者台に乗った。
「じゃあ、出発するか!」
「はい!」
ユウトも馬車に乗り込んだ。
車輪がゆっくりと動き始める。
石畳を抜け、王都の東門を通り過ぎる。
朝の陽光が街道を照らしていた。
ユウトは振り返った。
王都の城壁が、少しずつ遠ざかっていく。
「……行ってきます!」
誰に言うでもなく、ユウトは小さく呟いた。
ロイドが前を向いたまま笑った。
「何だ、今の?」
「いや、何となく!」
「そうか!」
馬車は街道を進んでいく。
遠くには、緑の丘が連なっていた。
ユウトは前を向いた。
久しぶりの、長い冒険が始まった。




