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『異世界付与術師 ~ステータス画面に新機能を付与していたら、世界がどんどん便利になっていく~』  作者: ネコロビン


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第35話 動景で人気者になりました

第35話 動景で人気者になりました


 王都の東通りにある小さなパン屋では、朝から騒ぎが起きていた。


「こらっ! 返しなさい!」


 店主のマルコが叫んだ。


 その頭には、いつもかぶっている白い帽子がない。


 代わりに、店の奥へ向かって走っていく一匹の猫がいた。


 茶色と白のまだら模様。


 名前はモモ。


 パン屋で飼われている猫だった。


「またやった!」


 店主の娘、リリが笑った。


「笑ってないで捕まえてくれ!」


「待って、待って!」


 リリは慌ててステータス画面を開いた。


「記録開始!」


 画面の中では、モモが白い帽子をくわえて走っている。


 その後ろを、マルコが追いかけていた。


「モモ! それは俺の帽子だ!」


 モモは振り向いた。


 口には大きな白い帽子。


 前が見えているのか分からないほどだった。


「にゃっ!」


 短く鳴くと、再び走り出す。


 ところが。


 帽子の端が、椅子の脚に引っかかった。


 モモはそのまま前へ進もうとする。


 ぐいっ。


 帽子が引っ張られる。


 ぐいぐいっ。


 モモは一生懸命に後ろへ下がった。


「ぷっ……!」


 リリが吹き出した。


「お父さん! 見て! モモが!」


「見てる! だから捕まえてくれ!」


 マルコが近づく。


 その瞬間、帽子が椅子から外れた。


 勢い余って、モモが後ろへ転がった。


 ころん。


 白い帽子がふわりと宙に浮く。


 そして。


 ぽすっ。


 追いかけてきたマルコの頭に、見事にかぶさった。


「…………」


 マルコが立ち止まる。


 モモも立ち止まる。


 リリは一瞬、黙った。


 次の瞬間。


「あはははははっ!」


 店中に笑い声が響いた。


「お父さん! 今の! 今の見た!?」


「見たも何も、俺の頭だ!」


「帽子が戻った!」


「戻ったな!」


「すごい!」


「すごくない!」


 モモは何事もなかったように、店の隅で毛づくろいを始めた。


 リリは笑いながら、記録を止めた。


「……ああ、お腹痛い!」


「お前なあ……」


 マルコは帽子を直した。


「朝から何をやってるんだ、まったく」


「モモがやったんだよ!」


「それは分かってる!」


 リリはステータス画面を見た。


 今の騒ぎが、最初から最後まで記録されている。


「……これ、みんなに見せたいな」


「何をだ?」


「今の動景!」


「やめろ!」


「えー!」


「俺が猫を追いかけてるところなんか、誰が見たいんだ!」


 リリは少し考えた。


「……結構いると思う」


「いない!」


     ◇


 昼過ぎ。


 パン屋の仕事が一段落すると、リリは店の裏で動景記録を再生していた。


 モモが帽子をくわえて走る。


 マルコが追いかける。


 帽子が椅子に引っかかる。


 そして、ぽすっ。


「あははっ!」


 何度見ても笑ってしまう。


 リリは《掲示板》を開いた。


 最近は、いろいろな人が動景記録を投稿している。


 冒険者の戦闘。


 料理の作り方。


 遠くの街の景色。


 ドラゴンが空を飛ぶ記録まであった。


 リリも、そうした記録を見るのが好きだった。


「……ちょっとだけなら、いいよね?」


 リリは投稿画面を開いた。


 題名を入力する。


【うちの猫が父の帽子を盗みました】


 説明には、こう書いた。


【最後まで見てください】


 そして、動景記録を添付する。


「……よし!」


 投稿。


 リリは画面を閉じた。


 ちょうどそのとき、店の奥から父の声がした。


「リリ! 焼き上がったパンを並べてくれ!」


「はーい!」


 リリは立ち上がり、店へ戻っていった。


     ◇


 冒険者ギルドでは、ユウトが昼食を取っていた。


 ロイドたちと森へ採取に行った翌日だった。


 今日は特に依頼を受けていない。


 午後は少し休むつもりだった。


「……ん?」


 ステータス画面に通知が届いた。


 《掲示板》で、短い動景記録が話題になっているらしい。


「何だろう?」


 ユウトは開いた。


【うちの猫が父の帽子を盗みました】


「……猫?」


 再生する。


 茶白の猫が、白い帽子をくわえて走っていた。


『モモ! それは俺の帽子だ!』


 男の声が響く。


 猫が椅子に引っかかる。


 ぐいっ。


 ぐいぐいっ。


「……あはっ」


 帽子が外れる。


 猫が転がる。


 そして。


 ぽすっ。


 帽子が男の頭に戻った。


「ぶはっ!」


 ユウトは思わず吹き出した。


 食堂の向かいに座っていた冒険者が顔を上げる。


「何だ?」


「いや、これ……!」


 ユウトは画面を見せた。


 冒険者も再生する。


 しばらくして。


「ははははっ!」


 二人の笑い声が食堂に響いた。


「何だよ、この猫!」


「すごいですよね!」


「最後、帽子が戻ってるじゃねえか!」


「そうなんですよ!」


 近くにいた別の冒険者も覗き込んできた。


「何だ何だ?」


「面白い動景があるぞ!」


「見せてくれ!」


 あっという間に、数人が集まった。


 画面の中では、マルコが猫を追いかけている。


『返しなさい!』


 猫が転がる。


 帽子が戻る。


「はははははっ!」


 食堂が笑い声に包まれた。


 受付にいたミリアが顔を上げた。


「……何の騒ぎですか?」


「ミリアさん!」


 ユウトが手を振った。


「これ、見てください!」


 ミリアは画面を覗き込んだ。


 そして。


「……ふふっ」


 口元を押さえた。


「可愛い猫ですね」


「ですよね!」


「でも、お父さんは大変そうです」


「そこが面白いんですよ!」


 ユウトは投稿の書き込みを開いた。


【最後で声出して笑った】


【帽子が戻るの奇跡だろ】


【猫、何もなかった顔してるのがいい】


【この猫、また見たい】


【お父さん頑張れ】


 ユウトは笑った。


「すごいなあ……」


「何がですか?」


 ミリアが尋ねる。


「こんな普通の日常でも、みんなが楽しめるんですね」


「そうですね」


 ミリアは画面を見た。


「遠くのドラゴンも面白いですけど、こういう記録もいいですね」


「はい!」


 ユウトはもう一度、猫が転がる場面を再生した。


 ぽすっ。


「……やっぱり面白い!」


     ◇


 夕方。


 パン屋では、リリが売れ残ったパンを片付けていた。


 すると、ステータス画面に通知が届いた。


【あなたの投稿に新しい書き込みがあります】


「……あれ?」


 リリは画面を開いた。


 書き込みが増えている。


 それも、かなりの数だった。


【猫が可愛すぎる】


【何回も見てしまう】


【帽子が戻るところ最高】


【続きはありませんか?】


「……えっ?」


 リリは目を丸くした。


「何これ……?」


 さらに新しい通知が届く。


【あなたの投稿が多くの人に閲覧されています】


「ええっ!?」


 リリは慌てて父を呼んだ。


「お父さん!」


「何だ!?」


「ちょっと来て!」


「今、片付けてるんだが!」


「いいから!」


 マルコが渋々やってきた。


「何だっていうんだ」


「これ見て!」


 リリは画面を見せた。


 そこには、例の動景記録が表示されていた。


「……おい」


「すごいでしょ!」


「お前、投稿したのか!?」


「うん!」


「やめろって言っただろ!」


「でも、こんなに見てもらえてるんだよ!」


 マルコは書き込みを読んだ。


【お父さんの追いかけ方が面白い】


【猫よりお父さんを見てしまう】


【帽子が戻ったときの顔が最高】


「…………」


 マルコは黙った。


 リリは笑いをこらえていた。


「……お父さん、人気者だね」


「嬉しくない!」


 そのとき。


 新しい通知が届いた。


【あなたの投稿に応援が届きました】


「……え?」


 リリは画面を見た。


【銅貨1枚の応援が届きました】


「……お父さん」


「何だ?」


「銅貨が届いた」


「……は?」


「ほら!」


 リリは《金庫》を開いた。


 確かに、銅貨一枚が増えていた。


 続いて、また通知が鳴る。


【銅貨2枚の応援が届きました】


「……また!」


 マルコが目を丸くした。


「何だ、これは?」


「《応援》っていう機能だよ!」


「それは知ってる。村の復旧を手伝うための機能だろ?」


「うん。でも、普通の投稿にも使えるようになったみたい!」


「……いつの間に?」


 リリは画面を確認した。


 そこには、新しいお知らせが表示されていた。


【《応援》の対象が広がりました】


【《金庫》に登録された投稿者が、応援を受け取れるようになりました】


【送れる金額は、一回につき銅貨1〜5枚です】


【応援は任意です。無理のない範囲でご利用ください】


 リリは嬉しそうに笑った。


「すごい!」


「……待て待て」


 マルコが腕を組んだ。


「つまり、俺が猫を追いかけてるだけで、金が届くのか?」


「そうみたい!」


「……何でだ?」


「面白かったからじゃない?」


「…………」


 マルコは画面を見た。


 そこでは、自分が帽子を追いかけて走っている。


「……世の中、分からんもんだな」


     ◇


 翌日。


 リリの投稿は、さらに多くの人に見られていた。


 王都だけではない。


 遠くの街でも、別の国でも。


 ステータス画面を持つ人たちが、猫の動景を楽しんでいた。


 ある食堂では、客たちが笑いながら画面を覗き込んでいた。


「この猫、すげえな!」


「最後の帽子、どうなってるんだ?」


「何回見ても面白い!」


 別の街では、子どもたちが同じ記録を見ていた。


「もう一回!」


「さっき見たでしょ!」


「もう一回!」


 そして、リリの《金庫》には、少しずつ銅貨が届いていた。


 もちろん、大金ではない。


 けれど、パン屋の手伝いで小遣いをもらうくらいしか収入のなかったリリにとっては、驚くような出来事だった。


「……どうしよう」


 リリは画面を見つめた。


「こんなに応援してもらえるなんて……」


 そこへ、マルコがやってきた。


「リリ」


「何?」


「ちょっといいか?」


「うん」


 マルコは少し考えてから言った。


「その応援ってやつ、全部お前のものなのか?」


「え?」


「いや、ほら……」


 マルコは頭を掻いた。


「映ってるのは、俺とモモだろ?」


「…………」


 リリは父を見た。


「……お父さん」


「何だ?」


「もしかして、分け前が欲しいの?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「ふふっ」


「笑うな!」


 リリは少し考えた。


「じゃあ、モモのご飯を買おうかな」


「……モモの?」


「うん。頑張ってくれたから!」


「……俺は?」


「お父さんも頑張ったね!」


「それだけか!」


 リリは声を上げて笑った。


 マルコも、つられて笑った。


     ◇


 数日後。


 ユウトはギルドの受付で、ミリアと話していた。


「そういえば、あの猫の動景、すごい人気ですね」


「そうですね!」


 ユウトが笑った。


「リリさんっていう子が投稿したらしいですよ」


「もう名前まで知られているんですね」


「はい。次の投稿を待っている人もいるみたいです」


 ミリアは少し考えた。


「……面白いですね」


「何がですか?」


「これまで、人気者といえば有名な冒険者や歌手、役者さんが多かったでしょう?」


「そうですね」


「でも、普通のパン屋の娘さんが、猫の動景で人気者になるなんて」


 ユウトはうなずいた。


「確かに!」


「これから、こういう人が増えるのかもしれませんね」


「そうですね!」


 ユウトは《掲示板》を開いた。


 そこには、さまざまな投稿が並んでいた。


 旅先の景色。


 料理の作り方。


 楽器の演奏。


 子どもたちの遊び。


 そして、例の猫。


「……みんな、いろんなことを記録してるなあ」


 ユウトは嬉しそうに眺めていた。


 すると、新しい投稿が表示された。


【モモの昼寝】


 投稿者は、リリ。


「あっ!」


 ユウトはすぐに開いた。


 画面には、窓辺で丸くなって眠るモモが映っていた。


 日差しを浴びて、気持ちよさそうに寝ている。


 しばらくすると、モモが大きく伸びをした。


 そして。


 ごろん。


 寝返りを打った拍子に、窓辺から落ちた。


「……あっ!」


 画面の外からリリの声が聞こえる。


 モモは床に着地すると、何事もなかったように歩き去った。


 そこで記録が終わった。


「…………」


 ユウトは黙った。


 ミリアも画面を見ていた。


 そして。


「……ふふっ」


 ミリアが笑い始めた。


「また、やってますね」


「……ですね」


 ユウトも笑った。


 書き込みが次々と増えていく。


【モモ、期待を裏切らない】


【落ちると思った】


【落ちるまでが長いのがいい】


【何事もなかった顔してる】


【銅貨一枚送った】


 ユウトは画面を見つめた。


「……すごいなあ」


「何がですか?」


「いや、こういう使い方もあるんだなって」


 ミリアはうなずいた。


「本当に、いろいろなことができるようになりましたね」


「はい!」


 そのとき、ギルドの入口から声がした。


「ユウト!」


 振り向くと、ロイドが立っていた。


「ちょうどよかった。探してたんだ」


「どうしたんですか?」


「ちょっと面白い依頼があるんだが、興味ないか?」


「依頼ですか?」


「ああ。遠方への配達だ」


 ユウトは目を輝かせた。


「遠方!?」


「何日かかかる仕事だ。途中で野営も必要になる」


「行きます!」


「……まだ内容を説明してないぞ」


「聞きます!」


 ロイドが笑った。


「相変わらずだな、お前は」


 ユウトはミリアを振り返った。


「じゃあ、ちょっと話を聞いてきます!」


「はい。お気をつけて」


 ユウトはロイドと一緒に依頼掲示板へ向かった。


 その背後で、ミリアのステータス画面に新しい通知が届いた。


【モモの昼寝に、新しい応援が届きました】


 ミリアは小さく笑い、画面を閉じた。

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