第34話 応援
第34話 応援
翌朝。
冒険者ギルドの会議室には、ユウトとミリア、そしてギルドマスターのガルドが集まっていた。
「それで、今日は何をするんだ?」
ガルドが尋ねた。
「《応援》の試験です!」
ユウトは机の上に三枚の紙を並べた。
一枚目には、送金の手順。
二枚目には、確認事項。
三枚目には、失敗した場合の対応が書かれている。
「ずいぶん準備したな」
「お金を扱いますからね」
「そりゃそうだ」
ガルドは椅子に腰を下ろした。
「で、俺は何をすればいい?」
「銅貨を送ってもらいます」
「誰にだ?」
「僕にです!」
「……お前、俺から金を取るつもりか?」
「試験ですよ!」
ミリアが笑った。
「ガルドさん、送った銅貨は試験の後で戻すそうです」
「そうか。ならいい」
「……戻さないと思ってたんですか?」
「一応な」
ユウトは苦笑しながら、ステータス画面を開いた。
昨夜から今朝にかけて、《付与》を使って試験用の機能を組み込んでいた。
まだ一般の利用者には表示されない。
エルシアの管理する金融機関と、王都のギルドにいる協力者だけが使える状態だった。
「まずは、送る側の画面からです」
ユウトが操作すると、ガルドのステータス画面に新しい項目が現れた。
【応援】
「おお、出たぞ」
「押してみてください」
ガルドが指で触れる。
【応援する相手:ユウト】
【金額を選んでください】
【銅貨 1枚/2枚/3枚/4枚/5枚】
「五枚までか」
「はい。銀貨と金貨は送れません」
「なるほどな」
「じゃあ、まず一枚でお願いします」
ガルドが銅貨一枚を選ぶ。
画面が切り替わった。
【送金先:ユウト】
【送金額:銅貨1枚】
【送金後の残高:銅貨24枚】
【この内容で応援しますか?】
【はい/いいえ】
「……俺の残高まで出るのか」
「本人の画面だけですよ」
「そうか」
ガルドが【はい】を押した。
小さな通知音が鳴った。
【応援が完了しました】
同時に、ユウトの画面にも通知が現れた。
【ガルドから銅貨1枚の応援が届きました】
「おお!」
ユウトが声を上げた。
「届きました!」
「そりゃよかった」
ミリアが二人の画面を見比べた。
「残高はどうですか?」
「僕の方は一枚増えてます!」
「俺の方は一枚減ったな」
ユウトは《金庫》の取引履歴を開いた。
そこには、送金の記録が残されていた。
「よし……!」
ユウトは机の上の紙に丸を付けた。
【通常送金 成功】
「次は?」
ガルドが尋ねる。
「残高が足りない場合です」
「……何?」
「ガルドさん、銅貨を全部預け直してもらえますか?」
「面倒だな」
「試験ですから!」
ガルドはため息をついた。
◇
午前中いっぱい、三人は試験を続けた。
残高が足りない状態で送ろうとすると、送金できない。
送金先に《金庫》が登録されていなければ、応援の項目そのものが表示されない。
送金を途中で取り消せば、残高は変わらない。
同じ確認操作を続けて押しても、二重に送金されない。
「……よし!」
ユウトは最後の項目に丸を付けた。
「王都側は問題なさそうです!」
ミリアが肩を回した。
「思っていたより、確認することが多いんですね」
「僕もびっくりしました」
ガルドは椅子の背にもたれた。
「俺はもう十分だぞ」
「ありがとうございました!」
「礼を言うなら、昼飯でもおごってくれ」
「えっ」
「冗談だ」
「……本当ですか?」
「半分な」
そのとき、ユウトの画面に通知が届いた。
【エルシア・アルヴェインからメールが届きました】
「あっ!」
ユウトはすぐに開いた。
【こちらでも送金試験が完了しました】
【残高の増減、取引履歴、重複処理ともに問題ありません】
【王都側はいかがでしょうか?】
ユウトは返信した。
【こちらも問題ありません!】
【通常送金、残高不足、取消、重複操作を確認しました】
少しして、返事が届いた。
【それなら、実際の利用に向けて進められそうですね】
【ただし、最初は確認済みの支援先に限定することをお勧めします】
【利用状況を見ながら、対象を広げていきましょう】
「……確認済みの支援先か」
ユウトはミリアを見た。
「そういえば、リーネ村の件はどうなりました?」
「ちょうど今朝、返事が届きましたよ」
ミリアは書類を取り出した。
「東部ギルド支部で、村長さんと直接確認してくれました」
「本当ですか!」
「はい。被害状況も、投稿の内容と一致しています」
書類には、村長の名前と、支援金の受取先が記されていた。
村長はすでに《金庫》を利用しているという。
「よかった……!」
「それと、村長さんから伝言があります」
「伝言?」
ミリアは書類を読み上げた。
「『村のことを心配してくださる方々に、感謝をお伝えください』とのことです」
ユウトはうなずいた。
「……じゃあ、準備できますね」
「はい」
ガルドが立ち上がった。
「なら、さっさとやってやれ」
「いいんですか?」
「何がだ?」
「ギルドでも確認してもらうことになるので……」
「もう確認したんだろ?」
「はい!」
「だったら問題ない。俺からも東部支部へ連絡しておく」
ガルドは扉へ向かった。
「それに、困ってる村を助けるための仕組みなんだろ?」
「……はい!」
「なら、使えるようにしてやれ」
そう言って、会議室を出ていった。
ミリアが笑った。
「ガルドさん、こういうときは話が早いんですよ」
「ですね!」
◇
午後。
ユウトは《付与》を使い、《応援》の機能を一般向けに実装した。
ただし、誰にでも送れるわけではない。
当面は、ギルドや金融機関が確認した支援先に限られる。
《掲示板》に掲載された対象の投稿には、新しい項目が表示される。
【応援する】
そこを押すと、送金額を選べる仕組みだった。
銅貨一枚から五枚まで。
送る前には、必ず確認画面が表示される。
そして、本人が承認して初めて送金が行われる。
「……ふう」
ユウトは椅子にもたれた。
額に汗が浮かんでいる。
大きな仕様変更ではなかったが、お金を扱う機能だったため、細かな調整が多かった。
「ユウトさん、大丈夫ですか?」
ミリアが水の入ったコップを差し出した。
「ありがとうございます」
ユウトは受け取って、一口飲んだ。
「ちょっと疲れましたけど、大丈夫です」
「今日はもう、無理しないでくださいね」
「はい」
ユウトは画面を確認した。
リーネ村の投稿。
その下に、新しい表示が加わっている。
【確認済み支援先:リーネ村復旧支援】
【受取人:リーネ村村長】
【応援する】
「……できた」
ユウトは小さく笑った。
「ミリアさん、これで公開してもいいですか?」
「はい。東部支部にも連絡済みです」
「じゃあ……」
ユウトは《掲示板》にお知らせを投稿した。
【新機能《応援》について】
【確認済みの支援先に、銅貨を送れるようになりました】
【一回につき銅貨1〜5枚まで送れます】
【送金には《金庫》の登録が必要です】
【送る前に相手と金額をよく確認してください】
そして、最後に一文を加えた。
【無理のない範囲でご利用ください】
「よし!」
ユウトは投稿した。
◇
最初の応援が届いたのは、それから数分後だった。
【リーネ村復旧支援に銅貨2枚の応援が届きました】
「……あっ!」
ユウトが声を上げた。
「ミリアさん!」
「どうしました?」
「もう届きました!」
「まあ!」
続いて、もう一件。
【銅貨1枚】
さらに。
【銅貨3枚】
「すごい……」
ユウトは画面を見つめた。
リーネ村の投稿には、次々と書き込みが増えていた。
【銅貨二枚だけど送ったよ】
【俺も一枚送った】
【少しでも役に立てばいいな】
【村の皆さん、頑張ってください】
【こんなことができるようになったのか!】
ユウトは一つずつ読んでいった。
「……みんな、送ってくれてる」
ミリアも隣で画面を見ていた。
「本当ですね」
そのとき、食堂の方から大きな声が聞こえた。
「おい! これ見たか!?」
冒険者の一人がステータス画面を開いていた。
「リーネ村に銅貨を送れるようになったぞ!」
「何だって?」
「ほら、ここだ!」
「へえ! 俺も送ってみるか!」
別の冒険者が画面を操作する。
「……よし、二枚!」
「俺は五枚だ!」
「お前、昨日の酒代で金欠じゃなかったか?」
「うるせえ!」
周囲から笑い声が上がった。
ユウトはその様子を見ていた。
すると、昨日受付で話した冒険者が近づいてきた。
「おう、ユウト!」
「あっ、昨日の!」
「できたんだな、あの機能!」
「はい!」
「さっそく送ったぞ!」
「ありがとうございます!」
「何でお前が礼を言うんだよ」
男は笑った。
「俺はあの村に世話になったからな」
「そうでしたね」
「これで少しは恩返しになればいいんだが」
男は画面を閉じた。
「便利なもんだな、ステータス画面ってのは」
「そうですね!」
「よし。じゃあ俺は依頼に行ってくる!」
「お気をつけて!」
男は手を振り、ギルドを出ていった。
◇
同じ頃。
王都から遠く離れたリーネ村では、村長が自宅の机に向かっていた。
机の上には、修繕に必要な資材の一覧が並んでいる。
屋根材。
木材。
釘。
井戸の修理に使う石材。
村の蓄えだけでは、すべてを揃えるのは難しかった。
「……まずは井戸だな」
村長は紙に印を付けた。
そこへ、妻が入ってきた。
「あなた、また何か届いているわよ」
「何がだ?」
「ステータス画面よ。さっきから何度も音がしているでしょう?」
「……そういえば」
村長は画面を開いた。
そこには、見慣れない通知が並んでいた。
【銅貨2枚の応援が届きました】
【銅貨1枚の応援が届きました】
【銅貨5枚の応援が届きました】
「……何だ、これは?」
村長は慌てて東部ギルド支部から届いた説明を開いた。
新しい送金機能。
《応援》。
村の被害を知った人々が、少しずつお金を送ってくれているという。
「……そうか」
村長は椅子に座り直した。
「どうしたの?」
妻が尋ねる。
「いや……」
村長は画面を見せた。
「村に、お金を送ってくれている人たちがいるらしい」
「まあ……」
「王都からも、ほかの街からも」
妻は画面を覗き込んだ。
「こんなにたくさん……」
村長は《金庫》を開いた。
そこには、これまでの残高に加え、応援として届いた銅貨の合計が表示されていた。
まだ、村の被害をすべて直せるような金額ではない。
だが、井戸の修理に必要な材料の一部は買えそうだった。
「……明日、街の商人に連絡してみるか」
「そうね」
妻はうなずいた。
「それと、村の人たちにも知らせないと」
「ああ」
村長は立ち上がった。
そのとき、また通知が鳴った。
【銅貨3枚の応援が届きました】
村長は画面を見た。
「……ありがたいな」
妻が笑った。
「本当にね」
◇
翌日。
リーネ村の《掲示板》に、新しい投稿が掲載された。
【リーネ村より】
【多くの皆様から応援をいただき、ありがとうございます】
【いただいたお金は、井戸の修理と家屋の復旧に使わせていただきます】
【本日、必要な資材の手配を始めました】
投稿には、一枚の《景色記録》が添えられていた。
壊れた井戸の前に、村人たちが集まっている。
木材を運ぶ男たち。
石を積み直す職人。
水桶を持って待っている子どもたち。
ユウトはギルドの食堂で、その投稿を読んでいた。
「……よかった」
隣でミリアがうなずいた。
「修理が始まったんですね」
「はい!」
ユウトは書き込みを開いた。
【少しでも役に立ててよかった】
【井戸が早く直るといいですね】
【また近況を教えてください】
【うちの村でも何かあったら助け合いたいな】
ユウトは画面を閉じた。
「……これから、いろんなところで使われるかもしれませんね」
「そうですね」
ミリアは少し考えた。
「でも、ユウトさん」
「はい?」
「応援って、困っている人だけに送るものなんでしょうか?」
「……え?」
「例えば、素敵な景色を見せてくれた人とか、おいしい料理の作り方を教えてくれた人とか」
ユウトはミリアを見た。
「……ああ!」
「そういう人に、お礼の気持ちで銅貨を送ることもできたら、楽しそうですよね」
「確かに!」
ユウトは《掲示板》を開いた。
そこには、たくさんの動景記録が並んでいた。
料理を作る人。
剣の稽古をする冒険者。
楽器を演奏する旅芸人。
犬と遊ぶ子どもたち。
「……そうか」
ユウトは考えた。
《応援》は、支援先を確認した投稿にだけ使えるようにしている。
でも、普通の投稿にも使えるようになれば――。
「ミリアさん」
「はい?」
「それ、面白そうですね!」
「ふふっ。思いつきで言っただけですけど」
「ちょっとエルシアさんに相談してみます!」
「またお仕事が増えちゃいますね」
「……あ」
ユウトは画面を見た。
エルシアへのメールを開きかけて、手を止める。
「……でも、今日は休もうかな」
「そうしてください」
ミリアが笑った。
「昨日も遅くまで作業していたでしょう?」
「はい……」
ユウトは椅子にもたれた。
すると、食堂の向こうから声がした。
「おい、ユウト!」
ロイドだった。
「今日は暇か?」
「えっ?」
「近くの森に、ちょっとした採取依頼があるんだ。行かないか?」
ユウトは勢いよく立ち上がった。
「行きます!」
ミリアが目を丸くした。
「休むんじゃなかったんですか?」
「冒険は別です!」
「……そうですか」
ロイドが笑った。
「相変わらずだな!」
ユウトは剣を手に取った。
「じゃあ、行ってきます!」
「はい。お気をつけて!」
ユウトはロイドと一緒にギルドを出ていった。
ミリアはその背中を見送り、ふとステータス画面を開いた。
リーネ村の投稿には、また新しい応援が届いていた。




