第30話 冒険以外にも使えます
第30話 冒険以外にも使えます
王都の冒険者ギルドには、朝から焼きたてのパンの匂いが漂っていた。
「……お腹すいたな」
ユウトは受付へ向かう途中で足を止めた。
食堂の入口に、見慣れない人だかりができている。
「もう一回見せてくれ!」
「だから、さっき見せただろ」
「いいじゃねえか。減るもんじゃないんだから」
何かと思って覗き込むと、テーブルの上にステータス画面が浮かんでいた。
映っているのは魔物でもダンジョンでもない。
パンだった。
「……パン?」
大きな木の台の上で、生地をこねている。
粉を振り、両手で押し、折り返して、また押す。
記録の中から、ぱん、ぱん、と生地を叩く音が聞こえてきた。
「ほら、ここだ!」
一人の男が画面を指さした。
「この折り方だよ。俺がやると生地がちぎれるんだ」
「力を入れすぎなんじゃねえのか?」
「だから、それを見てるんだろ!」
ユウトはしばらく眺めていた。
生地をこねていた手が止まり、画面の外から声がした。
『これくらいになったら、しばらく寝かせます』
そこで記録が終わった。
「……料理の記録ですか?」
ユウトが尋ねると、男たちが振り返った。
「おお、ユウトじゃねえか」
食堂の料理人だった。
「昨日、パン屋の親父に頼んで記録させてもらったんだ」
「へえ」
「うちでもパンは焼くんだが、どうもあそこの店みたいに柔らかくならなくてな」
「それで作り方を?」
「ああ。見て覚えろって言われて、見てきたんだが……」
料理人は画面をもう一度開いた。
「何度でも見られるってのは便利だな」
「確かに」
「ただ、これを見てると腹が減る」
隣の男が言った。
「それはお前が朝飯を食ってないからだろ」
「そうとも言う」
食堂の奥から、焼き上がったパンが運ばれてきた。
料理人が一つ取って、半分に割る。
「どうだ?」
中から湯気が上がった。
「おお、昨日よりいいんじゃねえか?」
「だろ?」
ユウトも一切れもらった。
「……おいしいです」
「そうか!」
料理人は満足そうに笑った。
「よし、もう一回こね方を見てくる」
「今からですか?」
「次の仕込みがあるからな」
男はパンを片手に、また記録を再生し始めた。
◇
「最近、冒険者以外の投稿が増えてきましたね」
受付でミリアが言った。
「そうなんですか?」
「はい。今朝も料理の記録が話題になっていました」
「見ました。食堂で」
「ほかにもいろいろありますよ」
ミリアがステータス画面を開く。
掲示板には、見慣れない題名が並んでいた。
【鍛冶場・刃を鍛える工程】
【薬草の正しい乾燥方法】
【羊の毛を刈ってみた】
【木製の椅子を修理する】
【うちの犬が初めて泳いだ】
「……最後のだけ、ちょっと違いません?」
「そうですね」
ミリアは笑った。
「でも、結構見られているみたいですよ」
「犬が泳ぐところを?」
「はい」
ユウトは試しに開いてみた。
画面には小さな川が映っている。
川岸で、茶色い犬が水面を見つめていた。
『ほら、こっちだよ』
記録の中から女の子の声がする。
犬は一歩、水へ入った。
すぐに戻った。
『大丈夫だって』
また一歩。
今度は二歩。
やがて足が底に届かなくなり、犬が慌てたように前足を動かし始めた。
『泳いでる! お父さん、泳いでるよ!』
女の子の声が弾んだ。
犬は何とか向こう岸へたどり着き、全身を震わせた。
水しぶきが飛ぶ。
『わっ!』
そこで記録が終わった。
「……かわいいですね」
「でしょう?」
「これ、誰が投稿したんですか?」
「王都の南に住んでいる方みたいです」
「へえ……」
ユウトはもう一度、犬が川へ入るところを再生した。
「ユウトさん?」
「はい?」
「お気に入りですか?」
「いや、ちょっと……」
犬がまた泳ぎ始めた。
「……もう一回だけ」
ミリアが笑った。
◇
昼過ぎ。
ユウトは魔法具店へ向かっていた。
以前、セドリックから教えてもらった店だ。
新しい魔法具が入ったらしいので、少し見てみようと思ったのだ。
店に入ると、店主が客と話していた。
「ですから、ここを押すと光るんです」
「押してるじゃないか」
「そちらではありません。こっちの小さい方です」
「……見えん」
年配の客が小さな魔法具を睨んでいる。
手のひらほどの大きさの、丸い金属製の道具だった。
「何をしてるんですか?」
ユウトが声をかけると、店主が顔を上げた。
「ああ、ユウトさん。ちょうどいいところに」
「え?」
「こちら、使い方を説明しているんですが、なかなか伝わらなくて」
「はあ……」
店主は魔法具を持ち上げた。
「夜間用の小型照明です。魔石を入れて、この部分を押すと光ります」
カチッ。
魔法具の先端が白く光った。
「おお」
年配の客が目を細める。
「なるほど。今のをもう一回」
「はい」
店主がもう一度操作する。
「もう一回」
「……はい」
ユウトは二人を見比べた。
「それ、動景記録にしておいたらどうですか?」
店主が手を止めた。
「動景記録?」
「はい。使い方を記録しておけば、何度でも見られますよ」
「……ああ!」
店主は自分のステータス画面を開いた。
「なるほど。それはいいですね」
さっそく画面を台の上に固定する。
「記録開始」
店主は照明を手に取った。
『こちらは小型照明です。まず、この蓋を開けて――』
魔石を入れ、蓋を閉じ、スイッチを押す。
光がついた。
『消す時は、同じ部分をもう一度押してください』
「記録終了」
店主は出来上がった記録を再生した。
「……おお。ちゃんと映っていますね」
「そうですね」
「これを買ってくださった方に送ればいいわけですか」
「はい。相手がステータス画面を持っていれば」
年配の客が手を挙げた。
「わしにも送ってくれ」
「もちろんです」
しばらくして、客の画面に記録が届いた。
「おお、来た来た」
客はその場で再生する。
『こちらは小型照明です――』
「なるほどな」
記録が終わる。
「もう一回見ていいか?」
「どうぞ」
また再生が始まった。
店主はユウトに顔を寄せた。
「……これ、ほかの商品でも使えますね」
「そうですね」
「買う前に使い方を見てもらうこともできる」
「あ、それもいいですね」
「市場に載せている商品にも、記録を付けられれば……」
店主はそこまで言って、何か考え始めた。
ユウトも少し考える。
《市場》には商品を説明する文章や景色記録を載せられる。
そこへ動景記録の投稿先を案内するだけでも、今は役に立ちそうだ。
「商品名と一緒に、掲示板の記録を紹介するのはどうですか?」
「それなら今すぐできますね」
「はい」
店主は早速、紙とペンを取り出した。
「ちょっと待ってください。今、書きますから」
「何をですか?」
「ほかの商品の説明ですよ!」
ユウトは店を出るまでに、照明の記録を三回見せられた。
◇
鍛冶場では、別の使い方が始まっていた。
帰り道、通りから金属を叩く音が聞こえてきたので、ユウトは少し足を止めた。
開いた扉の向こうで、若い職人がステータス画面を覗き込んでいる。
『そこは強く叩くな』
画面から低い声がした。
『刃先を潰すぞ』
若い職人は頷いた。
「分かってるよ、親方……」
そして金床へ向き直る。
赤く熱された金属を置き、槌を振り下ろした。
カンッ。
カンッ。
少し叩いてから、また画面を見る。
『ここで一度、火に戻す』
「……はいはい」
職人は金属を炉へ戻した。
ユウトが扉の前にいることに気づくと、顔を上げた。
「何だ、客か?」
「いえ、ちょっと見てただけです」
「ああ、そうか」
「それ、動景記録ですか?」
「そうだよ。親方が昨日、記録してくれたんだ」
「親方は?」
「隣町へ行ってる」
「じゃあ、今は一人で?」
「そういうこと」
若い職人は槌を置いた。
「いつも横でうるさく言われるんだけどさ。いないと、何を言われてたか忘れるんだよな」
「なるほど」
「だから、記録してくれって頼んだんだ」
画面の中で、親方がまた何か言っている。
『おい、聞いてるか』
若い職人は振り返った。
「聞いてるよ!」
返事をしてから、少し黙った。
「……記録だった」
ユウトは笑いをこらえた。
「親方、いつ帰ってくるんですか?」
「明日だよ」
「それまでに仕上げるんですか?」
「ああ」
職人は再び槌を握った。
「帰ってきたら、これを見せてやるんだ」
「完成した剣を?」
「いや、俺が作ってるところの記録」
「……ああ」
「どこが悪かったか、全部言ってもらう」
カンッ。
また槌の音が響いた。
ユウトはしばらく見てから、鍛冶場をあとにした。
◇
夕方、ギルドに戻ると、ミリアが少し慌てた様子で声をかけてきた。
「ユウトさん、ちょうどよかったです」
「何かありました?」
「いえ、不具合ではないんですが……」
「はい」
「これ、見ていただけますか?」
ミリアが一つの動景記録を開いた。
【初めて歩きました】
画面には、小さな部屋が映っていた。
床に座っている幼い子供。
その少し先で、女性が両手を広げている。
『おいで』
子供は両手を床につき、ゆっくり立ち上がった。
『そう、そうよ』
一歩。
ふらふらと体が揺れる。
もう一歩。
『こっち、こっち』
三歩目で子供は前へ倒れた。
女性が慌てて抱き止める。
『歩いた!』
画面の外から、男性の声がした。
『歩いたぞ!』
女性が笑っている。
子供も、何が面白いのか笑い始めた。
そこで記録が終わった。
「……いいですね」
ユウトが言うと、ミリアが頷いた。
「はい」
「これ、誰の記録ですか?」
「隣国に住んでいる方から、お母様へ送られたものだそうです」
「お母さんに?」
「ええ。お母様は王都に住んでいらっしゃるそうで」
ミリアは少し間を置いた。
「初孫なんですって」
「ああ……」
「なかなか会いに行けないので、成長した姿を見せたかったそうです」
「なるほど」
「それで、受け取ったお母様がギルドへいらっしゃって」
「え?」
「ユウトさんに、お礼を伝えてほしいと」
「僕に?」
「はい」
ユウトはもう一度、記録を見た。
子供が立ち上がる。
一歩、二歩。
三歩目で倒れ、母親に抱き止められる。
「……僕、別に何もしてないんですけど」
「動景記録を作ったじゃないですか」
「そうですけど……」
「お母様、とても喜んでいらっしゃいましたよ」
ユウトは画面を閉じた。
「……それなら、よかったです」
ミリアは受付の引き出しを開けた。
「それと、こちらを預かっています」
小さな包みだった。
「何ですか?」
「焼き菓子だそうです」
「えっ」
「お礼に、ですって」
「そんな、悪いですよ」
「もうお帰りになりました」
「……そうですか」
ユウトは包みを受け取った。
中には小さな焼き菓子が五つ入っていた。
「ミリアさんも食べます?」
「いいんですか?」
「はい。僕一人じゃもったいないので」
二人は受付の端で、一つずつ菓子を食べた。
「おいしいですね」
「はい」
ユウトはもう一つ取った。
◇
その夜。
宿の部屋に戻ったユウトは、ステータス画面を開いた。
掲示板には、今日も新しい動景記録が増えている。
【魚のさばき方】
【雨の日の王都中央広場】
【鍛冶屋の一日】
【森で見つけた珍しい鳥】
【祖父の誕生日】
【うちの犬がまた泳ぎました】
「……また泳いだんだ」
ユウトは最後の記録を開いた。
昨日と同じ川だった。
茶色い犬が、水辺に立っている。
『ほら、今日も泳げるかな?』
女の子の声。
犬は少し迷ってから、水へ飛び込んだ。
『あっ!』
今度はすぐに泳ぎ始めた。
『すごい! 昨日より上手!』
向こう岸へ着いた犬が、また体を震わせる。
水しぶきが飛んだ。
『わあっ!』
記録が終わった。
ユウトは笑った。
「上手くなってる」
次の記録を開く。
今度は、雨の降る王都中央広場だった。
石畳を叩く雨の音。
軒下を走る人々。
屋台の主人が、慌てて布をかけている。
特に何かが起こるわけではない。
ただ、雨が降っている。
ユウトはしばらく眺めていた。
やがて記録が終わる。
「……こういうのも、いいな」
次は鍛冶屋の記録。
その次は、森で見つけた鳥。
鳥は木の枝に止まって、何度か鳴いたあと飛び去った。
記録の中から、撮影者の小さな声が聞こえる。
『……撮れた』
ユウトは画面を閉じようとして、少し手を止めた。
今日だけで、ずいぶんいろいろなものを見た。
パンの作り方。
魔法具の使い方。
剣を鍛える職人。
初めて歩いた子供。
泳ぐ犬。
雨の広場。
どれも、冒険者の仕事とは関係がない。
「……そりゃ、そうか」
ステータス画面を持っているのは、冒険者だけじゃない。
商人も、職人も、料理人も、子供のいる家族も使っている。
ユウトはベッドに腰を下ろした。
しばらくして、メールの通知が届いた。
【ロイド】
『ユウト、次の休みは空いてるか?』
【ユウト】
『今のところ空いてますよ』
【ロイド】
『またダンジョンに行こうと思ってる』
【ユウト】
『いいですね!』
【ロイド】
『今度はちゃんと戦闘を記録したい』
【ユウト】
『僕も戦いますからね?』
【ロイド】
『分かってる』
少しして、もう一通届いた。
【ロイド】
『記録はバルクに頼む』
ユウトは首を傾げた。
【ユウト】
『バルクさん、盾を持ちながら撮れるんですか?』
返信が来た。
【ロイド】
『……無理か』
「でしょうね」
ユウトは笑って、画面を閉じた。
明日はギルドへ行って、何か依頼を探してみよう。
最近は仕様変更や相談ばかりだった。
たまには冒険者らしいこともしたかった。




