第29話 動く景色が届いた日
第29話 動く景色が届いた日
冒険者ギルドの朝は、いつも騒がしい。
依頼を探す者、受付に並ぶ者、食堂で朝食を取る者。
そんな中、今日は少し違う声が混じっていた。
「おい、これ見たか?」
「何だ?」
「昨日、掲示板に載ったやつだ。北の街道に出る魔物の記録」
「景色記録なら見たぞ」
「違う。動く方だ」
男がステータス画面を開く。
隣にいた冒険者が身を乗り出した。
「おお、動景記録か」
「これがなかなかすごいんだよ」
画面の中には、街道脇の茂みが映っていた。
しばらく何も起こらない。
「……何だこれ」
「待てって」
茂みが揺れた。
次の瞬間、灰色の魔物が飛び出してきた。
『来るぞ!』
記録の中で誰かが叫ぶ。
魔物は地面を蹴り、冒険者に飛びかかった。
だが、剣士が盾で受け止めると、魔物はすぐには攻撃せず、横へ跳んだ。
そこからもう一度、飛びかかる。
「……あれ?」
見ていた男が声を上げた。
「こいつ、二回続けて跳ぶのか?」
「そうなんだよ。俺も初めて知った」
「一回目を避けて油断したら、二回目を食らうな」
「だろ?」
二人はもう一度、記録を再生した。
今度は魔物の足元を見ている。
「跳ぶ前に後ろ足を引いてるな」
「本当だ」
「これ、討伐に行く連中に教えた方がいいぞ」
「だから掲示板に載せたんだろ」
「……そうか」
男は感心したように頷いた。
その隣で、別の冒険者も自分のステータス画面を開き始めた。
◇
「ユウトさん、少しいいですか?」
受付でミリアに呼び止められた。
「はい?」
「動景記録について、いくつか報告が届いているんです」
「不具合ですか?」
「いえ。今のところ、そういう報告ではありません」
ミリアが自分の画面を操作する。
「こちらです」
表示されたのは、冒険者ギルドの掲示板だった。
新しく投稿された動景記録がいくつも並んでいる。
【東街道・灰跳び獣の攻撃】
【迷いの森・倒木のある分岐】
【盾を使った受け流しの練習】
【洞窟に生息する大蝙蝠】
「……結構増えましたね」
「はい。昨日から急に」
ユウトは一番上の記録を開いた。
灰色の魔物が茂みから飛び出し、冒険者へ襲いかかる。
画面の中から、剣のぶつかる音と叫び声が聞こえてきた。
「おお……」
「今朝、これを見てから討伐に出かけた方もいました」
「役に立ってるんですね」
「ええ。写真だけでは分からなかった動きが見えるので」
ミリアは別の記録を開いた。
今度は森の中だった。
木々の間をゆっくり進む映像が続く。
『右の道は行き止まりだ』
記録の中で男の声がした。
『倒木の下をくぐると、少し先に水場がある。足元が滑るから気をつけろ』
画面が下を向く。
濡れた地面が映っていた。
「これ、迷いの森ですか?」
「はい。先日、道に迷った冒険者が投稿したそうです」
「へえ……」
「今までは景色記録を何枚も載せていたんですが、道順を説明するには動景の方が分かりやすいみたいですね」
確かに、写真だけでは道のつながりが分からないこともある。
画面の中では、撮影者が倒木をくぐった。
少し揺れたあと、水の流れる音が聞こえてくる。
「……これ、いいですね」
「はい。ただ、全部見るには少し時間がかかります」
「どのくらいですか?」
「こちらは十五分ほどです」
「十五分……」
ユウトは画面を見た。
撮影者は水場に着いたところだった。
まだ記録は続いている。
「……長いですね」
「でも、実際に歩く道が分かるので、最後まで見る方もいるそうです」
「なるほど」
途中で切ったり、必要な場面だけつないだりする機能は、まだない。
記録を開始してから終了するまで、そのまま残る。
道案内なら、それが役立つこともあるらしい。
「ほかにもありますよ」
ミリアが次の記録を開いた。
◇
昼前。
ギルドの裏庭では、数人の冒険者が集まっていた。
「だから、盾はこう構えるんだ」
大柄な男が盾を持ち上げる。
向かいに立つ若い剣士が頷いた。
「はい!」
「正面から全部受けるな。相手の剣を横へ流す」
「はい!」
「じゃあ、やってみろ」
木剣が振り下ろされる。
若い剣士は盾を前へ出した。
ガンッ!
「痛っ!」
「違う違う。今のは受け止めただけだ」
「すみません!」
「もう一回だ」
少し離れた場所で、別の冒険者がステータス画面を固定していた。
「記録開始」
画面が淡く光る。
「よし、いいぞ!」
再び木剣が振り下ろされた。
今度は盾が斜めに動く。
木剣が滑り、若い剣士の体の横へ抜けた。
「おっ!」
「そうだ! 今のだ!」
「できました!」
「もう一度!」
何度か繰り返したあと、男が記録を止めた。
「これでいいか?」
「ああ、助かった」
「掲示板に載せるのか?」
「いや、まずはこいつに送る」
大柄な男が若い剣士を指さした。
「自分の動きを見れば、どこが悪いか分かるだろ」
「えっ、僕が見るんですか?」
「当たり前だ」
若い剣士は送られてきた記録を開いた。
画面の中で、自分が木剣を盾で受け止めている。
「……うわ」
「どうした?」
「僕、こんなに腰が引けてるんですね」
「そうだな」
「もっとちゃんと立ってるつもりでした」
「もう一回やるか?」
「はい!」
木剣を持った男が笑った。
「よし、じゃあ構えろ!」
少し離れたところで、その様子を見ていたユウトも笑った。
「何だか楽しそうですね」
隣にいたガルドが腕を組む。
「いい使い方だな」
「そうですね」
「昔は自分の動きを見るなんて、鏡でも置かなきゃできなかった」
「鏡を置いて戦うのも難しいですしね」
「当たり前だ」
ガルドは若い剣士を見た。
「指導する側も楽になるだろうな」
「ギルドで記録を集めたら、訓練に使えそうですね」
「それは考えている」
「もうですか?」
「昨日、訓練担当の連中から話が来た」
「早いですね……」
「便利なものは使う。それだけだ」
ガルドはそう言って、裏庭を歩いていった。
◇
午後になると、ロイドからメールが届いた。
【ロイド】
『ユウト、時間あるか? 面白い記録がある』
ユウトは返信する。
【ユウト】
『ありますよ。何ですか?』
すぐに動景記録が送られてきた。
【第六階層・岩蜥蜴の動き】
「おっ」
先日、一緒に潜ったダンジョンだ。
再生すると、薄暗い洞窟が映った。
岩の上に、大きな蜥蜴が張りついている。
岩蜥蜴だ。
撮影しているのはロイドらしい。
『エナ、頼む』
『分かった』
画面の端から矢が飛んだ。
岩蜥蜴の背中に当たる。
硬い音がして、矢が弾かれた。
魔物が岩から飛び降りる。
『来るぞ!』
バルクが盾を構えた。
岩蜥蜴が地面を這うように突進する。
その直前、頭がわずかに下がった。
「……あ」
ユウトは画面に顔を近づけた。
突進する直前に、頭を下げている。
先日戦った時には気づかなかった。
記録の中でバルクが突進を受け止め、ロイドが横から剣を振るう。
魔物が暴れたところで、画面が大きく揺れた。
『うわっ!』
ロイドの声が響く。
画面には洞窟の天井が映った。
しばらく天井が映り続ける。
『ロイド! 何やってるの!』
『いや、今ちょっと!』
『記録してる場合じゃないでしょ!』
エナの声だ。
ユウトは思わず吹き出した。
「何やってるんですか……」
しばらくして画面が戻ると、岩蜥蜴はもう倒されていた。
『……倒したのか?』
『倒したわよ!』
『記録は?』
『知らないわよ!』
そこで記録が終わった。
ユウトはロイドへメールを送った。
【ユウト】
『最後、天井しか映ってませんでしたよ』
【ロイド】
『分かってる』
【ユウト】
『肝心なところが見えませんでした』
【ロイド】
『だから次はお前も来い』
【ユウト】
『何でですか!?』
【ロイド】
『撮るのを任せる』
【ユウト】
『僕も戦いたいんですけど!』
しばらく返信が来なかった。
やがて、短い文章が届く。
【ロイド】
『じゃあエナに頼む』
ユウトは少し考えてから返信した。
【ユウト】
『エナさん、怒りません?』
【ロイド】
『たぶん怒る』
「でしょうね……」
ユウトは画面を閉じた。
◇
夕方。
ギルドの食堂では、数人の冒険者が一つの動景記録を見ていた。
「ここだ、ここ!」
「おお!」
「すげえな!」
ユウトは飲み物を受け取りながら、そちらを見た。
画面には、剣を持った冒険者が映っている。
魔物の攻撃を避け、踏み込み、剣を振る。
それだけの短い記録だった。
「今の避け方、どうやってるんだ?」
「足を見ろ。先に動いてる」
「もう一回!」
記録が最初から再生される。
男たちは何度も同じ場面を見ていた。
その隣では、別の冒険者が洞窟の記録を眺めている。
「この道、前に通ったぞ」
「本当か?」
「ああ。ここを左へ行くと広い部屋がある」
「じゃあ、今度行ってみるか」
少し離れた席では、若い冒険者が自分の戦闘記録を見ながら、仲間に何か説明していた。
ユウトは空いている席に座った。
「……すごいな」
昨日までは、動景記録なんてなかった。
それなのに、もうみんな使い始めている。
「ユウトさん」
ミリアが食堂へ入ってきた。
「はい?」
「また新しい動景が投稿されましたよ」
「今度は何ですか?」
「ダンジョンの魔物です」
「へえ」
「ただ……」
「ただ?」
「投稿した方が、逃げながら記録したみたいで」
「え?」
ミリアが画面を見せてくれた。
【第八階層・石殻虫から逃げる】
再生する。
洞窟の通路が激しく揺れている。
『うわああああ!』
男の叫び声。
後ろを振り返った瞬間、巨大な石殻虫が映った。
『速い! 速いって!』
画面がまた前を向く。
『誰か助けてくれええ!』
そこで記録が終わった。
「…………」
ユウトはミリアを見た。
「この人、大丈夫だったんですか?」
「はい。仲間と合流して、無事に帰還されたそうです」
「よかった……」
「それで、この記録なんですが」
「はい」
「石殻虫が思ったより速く走ることが分かったと、掲示板で話題になっています」
「……なるほど」
確かに、石殻虫が追いかけてくる様子はよく映っていた。
怖いくらいに。
「役に立ってるんですね」
「はい」
ミリアが少し笑った。
「ただ、記録したご本人は、もう二度と撮りたくないそうです」
「でしょうね」
ユウトも笑った。
食堂の奥から、また声が上がった。
「おい、石殻虫のやつ見たか!」
「見た見た!」
「最後、どうなったんだ?」
「無事だったらしいぞ!」
「よかったなあ!」
誰かが別の記録を開いた。
今度は森の中で魔物が走っている。
また別の席から声が上がる。
ユウトは飲み物を一口飲んだ。
そういえば、まだ自分が記録したダンジョンの景色も、掲示板には載せていなかった。
七階層の、あの目印の岩。
今度、投稿してみようか。
そんなことを考えながら、ユウトはもう一度ステータス画面を開いた。




