第26話 初めてのダンジョン
第26話 初めてのダンジョン
獣人国から戻って、数日。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
俺は朝から冒険者ギルドの依頼を眺めていた。
【王都中央支部】
薬草採取
推奨ランク:F
報酬:銅貨――
違う。
【王都中央支部】
ホーンラビット討伐
推奨ランク:F
「…………」
これも違う。
「何してるんですか?」
受付からミリアが声をかけてきた。
「依頼見てる」
「珍しいですね」
「俺、冒険者なんだけど」
「知ってますよ」
「今の間は何?」
「ありません」
あっただろ。
俺はまた依頼を流していく。
市場ができた。
配達依頼も増えた。
ステータス画面から依頼を受けられるようになったから、以前みたいに掲示板の前で冒険者が紙を取り合うことも減っている。
ギルドの中も少し静かになった。
もちろん受付が暇になったわけじゃない。
ステータス画面を付与してほしい人は、まだ来る。
相談も来る。
要望も来る。
ただ。
今日は今のところ――何もない。
「……平和だ」
「何がです?」
「要望が来てない」
「朝ですからね」
「言わないでよ」
今から来そうな気がするだろ。
「ユウト」
後ろから声がした。
振り返る。
「あ、ロイド」
ロイド。
エナ。
バルク。
三人とも完全に冒険へ行く格好だった。
「今日、空いてるか?」
「空いてる!」
「即答だな」
「どこ行くの?」
「ダンジョン」
「…………」
「なんだ?」
「ダンジョン?」
「ああ」
「本物の?」
「偽物のダンジョンがあるのか?」
俺は立ち上がった。
「行く!」
「待て待て」
「何?」
「まだ何も説明してないぞ」
「聞きながら行く」
「いや、聞いてから行け」
エナが笑っている。
バルクはいつも通りだった。
「ユウト、ダンジョン初めてか?」
「初めて」
「そうか」
「何その反応」
「いや」
バルクが少し考える。
「お前、もっと色々行ってると思ってた」
「俺も行きたかったよ」
「じゃあなんで行かなかったんだ?」
「時間がなかったのと……」
俺は少し迷った。
「仕様変更とか、新しい機能追加するのって、結構疲れるんだよ」
三人が止まった。
「……そうなのか?」
ロイドが聞く。
「そうだけど」
「初めて聞いたぞ」
「俺、言ってなかった?」
「聞いてない」
エナも首を振った。
「私も初めて聞いた」
「そうだっけ」
「どのくらい疲れる?」
バルクに聞かれる。
「ものによるかな。簡単な付与なら別に平気だけど、ステータス画面全体の仕様を変えたり、新しい機能を追加したりすると……」
昨日までのことを思い出す。
市場。
依頼。
金庫。
「その日はもう、冒険に行こうって感じじゃなくなる」
「お前……」
ロイドが呆れた顔をした。
「それ先に言えよ」
「言ってどうなるの?」
「どうにもならんけど」
「じゃあいいじゃん」
「よくない気もするが……」
エナが俺を見る。
「今日は大丈夫なの?」
「大丈夫」
俺は胸を張った。
「今朝はまだ一回も仕様変更してない」
「まだ、って言ったな」
「言った」
「帰ってきたら要望が溜まってそうね」
「やめて」
考えたくない。
ロイドが笑った。
「じゃあ行くか」
「だから、どこのダンジョン?」
「王都から北西にある十階層のダンジョンだ」
「十階層……」
ちょっと響きがいい。
「深い?」
「浅い」
「そうなんだ」
「俺たちは何度も行ってる」
エナも頷く。
「道も大体覚えてるわよ」
「何が出るの?」
「一階から三階まではゴブリンと洞窟ネズミ。四階あたりから大コウモリが増える。六階からは岩トカゲ。八階より下は石殻虫が多いな」
「…………」
「なんだ?」
「いや」
俺はステータス画面を開く。
「ちょっと調べる」
「俺たちが知ってるぞ?」
「初ダンジョンなんだから自分でも調べたいんだよ」
掲示板を開く。
検索。
ダンジョン名を入れる。
すぐに大量の情報が出てきた。
「おお……」
ロイドが横から覗く。
「何見てる?」
「一階から三階、ゴブリン、洞窟ネズミ」
「言っただろ」
「四階から大コウモリ」
「それも言った」
「六階から岩トカゲ」
「俺を信用してないのか?」
「してるって!」
でも。
面白い。
景色記録もある。
一階入口。
最初の分岐。
三階の大きな岩。
五階の地下水。
七階にある崩れた石柱。
九階の細い通路。
「……すごいな」
「自分で作った機能だろ」
「そうだけど」
実際に冒険する側になって使うと違う。
「あ」
投稿を一つ開いた。
【第八階層以降へ向かう冒険者へ】
石殻虫には剣が通りにくい。
打撃武器、または火属性魔法を推奨。
「こういうの欲しかったんだよ」
「だから俺たちが教えるって」
「自分で調べるのが楽しいの!」
「……好きにしろ」
ロイドが諦めた。
◇
「それで、今日は何しに行くの?」
王都の北門を出たところで聞いた。
「魔力晶だ」
ロイドが答える。
「魔力晶?」
「知らない?」
エナが振り返る。
「名前は聞いたことある」
「魔道具に使う素材よ」
「へえ」
「十階層に少量だけ採れる場所がある」
バルクが続けた。
「定期的に採取依頼が出る。今日はそれだ」
俺は依頼を確認する。
【王都中央支部】
魔力晶採取
場所:北西・十階層ダンジョン
採取場所:第十階層
必要量:小晶十個以上
推奨ランク:――
「……これ、俺が受けて大丈夫なの?」
「パーティ依頼だ」
「なるほど」
「お前一人なら止める」
「ですよね」
Fランクだし。
俺たちは街道を歩く。
王都が少しずつ遠くなる。
空は晴れている。
荷馬車と何度かすれ違った。
途中、小さな林を抜ける。
ロイドたちは普通に歩いている。
俺だけ、ちょっと落ち着かない。
「ユウト」
「何?」
「さっきから速い」
「そう?」
「そうよ」
エナが言う。
「別にダンジョンは逃げないわよ」
「分かってる」
「楽しみなのか?」
バルクが聞く。
「……まあ」
「初めてだもんな」
「そう」
俺は一応、冒険者だ。
Fランクだけど。
異世界に来て。
冒険者ギルドに登録して。
剣も買った。
魔物も倒した。
なのに。
ダンジョンには一度も入ったことがない。
その間に俺がやっていたのは。
メールを作って。
掲示板を作って。
景色を記録できるようにして。
市場を作って。
金庫まで作った。
「……順番おかしくない?」
「何が?」
「いや、こっちの話」
ロイドたちは知らない。
俺が思い描いていた異世界生活では。
たぶん。
金庫を作るより先に、ダンジョンへ行っていた。
◇
昼前。
「見えてきたぞ」
ロイドが前を指した。
「どれ?」
「あれ」
岩山。
その下。
大きな裂け目のような入口が見える。
「…………」
俺は立ち止まった。
何度も景色記録で見た。
入口の形も知っている。
横に大きな岩があることも。
入口近くに、冒険者が休憩する場所があることも。
全部、知ってる。
でも。
「……本物だ」
「当たり前だろ」
ロイドが笑う。
入口の近くには、何組か冒険者がいた。
戻ってきたらしいパーティ。
これから入るパーティ。
剣を確認している人。
魔法杖を持った人。
獣人もいる。
「まず休むか?」
「いや」
「疲れてないのか?」
「全然」
「じゃあ入るぞ」
「うん」
ロイドが先頭。
その後ろにバルク。
俺。
最後にエナ。
「なんで俺、真ん中?」
「初めてだから」
「そこまでしなくても」
「何かあったら前にも後ろにも動くなよ」
「はい」
入口へ近づく。
外の光が少しずつ弱くなる。
空気が冷たい。
土と石の匂い。
奥は暗い。
壁に設置された魔道具の灯りが、ところどころを照らしている。
「……おお」
「声がでかい」
「ごめん」
少し進む。
曲がり角。
景色記録で見た場所だ。
「あ、ここ知ってる」
「来たことないだろ」
「景色記録で見た」
「ああ」
さらに進む。
分岐。
「右」
俺が言った。
ロイドが止まる。
「なんでお前が先に言う」
「調べたから」
「左でも行けるぞ」
「え?」
「ちょっと遠回りになるだけだ」
「…………」
「情報だけじゃ分からないこともあるんだよ」
「なるほど」
覚えておこう。
ロイドが右へ進む。
少し歩いたところで。
前方から音がした。
ガリ。
ガリガリ。
何かを引っ掻くような音。
ロイドが片手を上げる。
全員が止まった。
俺も止まる。
暗がりから。
小さな影が出てきた。
一体。
二体。
三体。
「ゴブリン」
思わず小声で言う。
「一階だからな」
ロイドが剣を抜く。
バルクも盾を構えた。
エナが弓に矢をつがえる。
俺も剣へ手を伸ばす。
「ユウト」
「何?」
「今日は付与頼むぞ」
「分かった」
ゴブリンがこちらに気づく。
「ギャッ!」
三体が走ってきた。
ロイドが一歩前へ。
一体目。
剣が走る。
倒れる。
二体目へエナの矢。
胸に刺さる。
残った一体がバルクへ飛びかかった。
盾。
鈍い音。
ゴブリンが弾かれる。
「ユウト!」
「はい!」
剣を抜く。
一歩。
二歩。
倒れたゴブリンへ。
振る。
「っ!」
剣が入った。
ゴブリンが動かなくなる。
「…………」
静かになった。
ロイドが剣についた血を払う。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「なら行くぞ」
「もう?」
「一階だぞ」
「……そうだった」
この三人にとっては。
ここはまだ入口なんだ。
俺は自分の剣を見る。
久しぶりに。
ちゃんと冒険者をやってる。
「何笑ってるの?」
エナに言われた。
「笑ってた?」
「ちょっと」
「別に」
剣をしまう。
ロイドたちはもう先へ進んでいる。
「ユウト、置いてくぞ」
「待って!」
俺も後を追った。
◇
二階。
三階。
少しずつ。
外の世界が遠くなる。
壁の形も変わる。
通路が狭くなったり。
突然広い場所へ出たり。
地下水の流れる音が聞こえたり。
俺は何度もステータス画面を開きそうになって。
途中からやめた。
「調べなくていいのか?」
ロイドが聞く。
「うん」
「さっきまであんなに見てたのに」
「来たら、こっちの方が面白い」
「そういうもんだ」
四階へ続く階段が見えてきた。
その前で。
ロイドが足を止める。
「ここから大コウモリが出る」
「知ってる」
「じゃあどうする?」
「…………」
俺は少し考える。
剣。
弓。
盾。
そして俺の《付与》。
「エナの弓?」
「正解」
エナが笑った。
「でも数が多かったら?」
「……ロイド?」
「俺じゃない」
「バルク?」
「俺でもない」
「じゃあ――」
上。
暗い天井を見る。
「俺が付与する?」
「そういうことだ」
「何を?」
「それは出てきてから考えろ」
「ええ?」
「相手も見ずに決めるな」
「……はい」
ロイドが階段を下りていく。
俺も続く。
四階。
五階。
六階。
七階。
八階。
九階。
そして。
その先には。
俺がまだ景色記録でしか見たことのない――
十階層が待っている。
今日の目的は、魔力晶。
でも。
俺にとっては。
それよりずっと前からやってみたかったことを、ようやくやっている日だった。




