第25話 貨幣資料館
第25話 貨幣資料館
「全部、お金だったの?」
「そうですニャ」
ミーニャは当たり前のように答えた。
俺はもう一度、目の前に並んでいるものを見る。
四角い銅板。
真ん中に穴の開いた銀貨。
細長い金属の棒。
貝殻。
石。
そして、やたらと大きな金貨。
「……石も?」
「石もですニャ」
「これ持ち歩いてたの?」
「さすがに小さな物だけですニャ。大きな物は村などで保管されていたそうですニャ」
「そりゃそうか」
こんなの何枚も持って買い物なんてできない。
貨幣資料館。
名前からして、昔のお金が並んでいるだけの場所だと思っていた。
でも。
思っていたより面白い。
「こちらが、この地域で確認されている最古の貨幣の一つですニャ」
ミーニャが指したのは、小さな金属片だった。
「これ?」
「はいですニャ」
「ただの銅の欠片に見えるけど」
「重さを量って使っていたそうですニャ」
「ああ、なるほど」
貨幣というより、金属そのものに価値があったのか。
「その後、重さを量る手間を省くため、決められた形の貨幣が作られるようになったそうですニャ」
「へえ……」
俺は次の展示を見る。
今度はちゃんと硬貨らしい。
丸い。
ただし形はかなり歪んでいる。
表面には、人の顔らしきものが刻まれていた。
「これ、王様?」
「そうですニャ」
説明を見る。
旧アルネス王国
初代国王 アルネス一世
建国初期発行金貨
「アルネス王国……」
「現在は存在しない人間の国ですニャ」
「どんな国だったの?」
「最盛期には、この地方でも特に豊かな国だったそうですニャ」
ミーニャが金貨を指す。
「初代国王アルネス一世は、とても立派な方だったと伝えられていますニャ」
「へえ」
「街道を整備し、農地を広げ、商人を保護しましたニャ。そして人間以外の種族との交易にも積極的だったそうですニャ」
「かなりちゃんとした王様だったんだ」
「はいですニャ。そのため、この金貨も非常に信用されていましたニャ」
国王の顔が刻まれた金貨を見る。
何百年前か知らないけど。
この一枚を持って、買い物をしていた人がいたんだよな。
「こちらが第二代」
隣にも似た金貨がある。
「第三代」
また隣。
「第四代」
「結構続いたんだ」
「はいですニャ」
さらに進む。
第五代。
第六代。
そして――。
「……あれ?」
俺は足を止めた。
「どうされましたニャ?」
「これ、同じ金貨?」
「同じアルネス王国の金貨ですニャ」
「でも……」
隣に並んでいる初代の金貨と見比べる。
明らかに違う。
「薄くない?」
「薄いですニャ」
「色も違う気がする」
「金の割合が減っていますニャ」
「え?」
説明を見る。
アルネス王国 第七代国王時代
金含有量減少
「なんで減らしたの?」
「戦争ですニャ」
「ああ……」
なんとなく分かった。
「この頃から、アルネス王国は周辺国との戦争を繰り返すようになりますニャ」
「お金が必要になった?」
「はいですニャ」
同じ量の金から、より多くの金貨を作る。
だから薄くする。
金以外のものも混ぜる。
「最初は、それでも使われていたそうですニャ」
「まあ、王国が金貨だって言えば……」
「ですが」
ミーニャがさらに隣を指す。
「…………」
金貨?
いや。
金色ではある。
でも、ほとんど別の金属に見える。
「これも?」
「アルネス王国金貨ですニャ」
「本当に?」
「当時の人々も同じことを言ったそうですニャ」
「やっぱり!?」
レイヴァンが後ろで小さく笑った。
「最終的には、どうなったの?」
「信用を失いましたニャ」
「だよね」
「商人が受け取りを拒否するようになり、他国でも使えなくなりましたニャ」
「国は?」
「その後、滅びましたニャ」
「…………」
初代の金貨を見る。
立派な王様が作った、信用された金貨。
そこから何代も経って。
最後には、誰も信用しなくなった。
「お金って……国が金貨だって言えば金貨になるわけじゃないんだな」
「そうですニャ」
セドリックが答えた。
「貨幣で最も重要なのは、皆がその価値を信じられることです」
「信用か」
「ええ」
俺は自分のステータス画面を思い出した。
【金庫】
残高、銅貨七枚相当。
あれだって同じだ。
画面に数字が出ているから価値があるわけじゃない。
中央貨幣取引所に、俺が預けた銀貨が本当にある。
獣人連盟がそれを管理している。
だから、銅貨七枚分が残っていると言える。
エルシアが最初に聞いた意味が、ようやく少し分かった。
――その数字を誰が保証するのです?
あれは。
ものすごく大事な質問だったんだ。
◇
さらに奥へ進む。
今度は、小さな貨幣が大量に並んでいた。
「すごい数だな」
「ほとんどが人間の国の貨幣ですニャ」
「こんなに国があったの?」
「ありましたニャ」
聞いたこともない国名が並んでいる。
グラン王国。
ベルツ公国。
ラウディア王国。
セレス都市国家。
アルカナ自由領。
名前だけなら立派だ。
でも。
「この国、六年?」
「はいですニャ」
「こっちは十一年」
「はいですニャ」
「……短くない?」
「この時代は、人間同士の争いが特に激しかったそうですニャ」
国が生まれる。
隣の国と争う。
負ける。
吸収される。
また別の国ができる。
「数年でなくなった国も珍しくありませんニャ」
「そのたびに、お金も?」
「使えなくなることが多かったそうですニャ」
「最悪じゃん」
昨日まで使えていた貨幣が。
戦争に負けただけで価値を失う。
商人だったらたまったものじゃない。
「ですので当時の商人たちは、複数の国の貨幣を持っていたそうですニャ」
「それも大変だな……」
「どの国が滅びそうかを考えながら商売をする必要もあったそうですニャ」
「そんなことまで?」
商品を見るだけじゃない。
国まで見ないといけないのか。
「こっちは?」
次の展示には、小さな革袋が置かれていた。
ずいぶん古い。
「商人が使っていた貨幣袋ですニャ」
「普通の袋に見えるけど」
「中をご覧くださいニャ」
展示用に開かれた袋を見る。
「……二重になってる?」
「はいですニャ」
「なんで?」
「盗まれないためですニャ」
「ああ」
「表側には少量の貨幣。内側に本当の財産を隠していたそうですニャ」
「盗賊?」
「盗賊だけではありませんニャ」
「え?」
「盗みそのものが、今よりずっと多かった時代ですニャ」
街道の安全も今ほど確保されていない。
冒険者ギルドの仕組みも整っていない。
商人が大量の貨幣を持っていると知られれば、狙われる。
「靴の底に金貨を隠した商人もいたそうですニャ」
「そこまで!?」
「荷馬車の車輪の中に隠した記録もありますニャ」
「それ、取り出すの大変じゃない?」
「命よりは安いですニャ」
「……確かに」
笑えなかった。
俺は自分の腰を見る。
今、貨幣袋にはほとんど入っていない。
銀貨一枚は預けた。
価値はステータス画面の中にある。
「…………」
もし《金庫》が広がったら。
商人は大量の金貨を持ち歩かなくて済む。
全部じゃなくてもいい。
旅の途中で必要な分だけ持って。
残りは預かり所へ。
別の国へ着いたら、そこで引き出す。
「……これ」
「どうしました?」
セドリックが聞く。
「金庫って、市場の支払いだけじゃないんだな」
「今頃気づいたのですか?」
「いや……」
最初は本当に。
釣り銭が面倒だっただけなんだけど。
「商人が金貨をいっぱい持ち歩かなくてもよくなる」
「そうですね」
「盗まれるもの自体を減らせる」
「だから商人ギルドも、この話に強い関心を示したのですよ」
「……なるほど」
また一つ。
自分が作ったものの意味を、後から知った気がした。
◇
「こちらも珍しい貨幣ですニャ」
ミーニャが次の展示を指した。
真ん中に穴の開いた銀貨だった。
「あ、これ入口にもあったやつ」
「八百年以上前に、この地域で広く使われていた銀貨ですニャ」
「八百年……」
気が遠くなる。
「穴に紐を通して持ち歩けるようになっていますニャ」
「それ便利だな」
「当時は――」
「ああ、それは懐かしいですね」
「え?」
後ろから声がした。
振り返る。
「エルシアさん?」
いつの間に来たんだ。
「会談後の用事が終わりましたので。こちらにいると聞きました」
「そうなんだ」
エルシアが穴の開いた銀貨を見る。
懐かしそうに。
「幼い頃、よく使いました」
「…………」
俺は銀貨を見る。
説明を見る。
約八百年前に流通。
エルシアを見る。
「…………」
「どうされました?」
「幼い頃?」
「はい」
「これ、八百年前ですよ?」
「そうですね」
「…………」
分かってた。
エルフが長生きなのは知ってた。
知ってたけど。
「本当に長生きなんですね」
「エルフですから」
普通に返された。
「当時は、この銀貨を三枚持って市場へ行けば、焼き菓子を買えました」
「覚えてるんだ……」
「好きでしたから」
なんか急に八百年前が近くなった。
歴史じゃない。
この人にとっては思い出なのか。
「この頃も人間同士の戦争はあったんですか?」
「ありました」
エルシアの声が少しだけ変わった。
「今より、ずっと多く」
「やっぱり」
「国が生まれ、滅び、また新しい国が生まれる。何度も見ました」
「…………」
「王が変わるたびに貨幣が変わる国もありました。昨日まで価値があったものが、翌年には誰も受け取らなくなることもありました」
八百年。
人間なら何世代なんだろう。
その間を、この人たちは見てきた。
「だから獣人連盟が貨幣を?」
「それだけが理由ではありません」
エルシアはそう言ってから、展示された貨幣を見た。
「ですが――いつの時代でも価値の変わらないものを望む声があったのは確かです」
「人間の国が変わっても?」
「はい」
「王様が変わっても?」
「はい」
「戦争があっても?」
「可能な限り」
だから。
人間より長く生きる種族がいる連盟が、貨幣の信用を守ってきた。
昨日今日できた組織じゃない。
何百年も。
ずっと。
「……すごいな」
「何がです?」
「いや」
俺は笑った。
「金庫の管理をお願いしてよかったなって」
エルシアも少し笑った。
「責任は重いですよ」
「ですよね」
「ユウト殿にもあります」
「俺にも!?」
「当然です」
「……ですよね」
逃げられなかった。
◇
資料館を出る頃には、外が少し暗くなり始めていた。
「面白かった」
「よかったですニャ!」
ミーニャが嬉しそうに尻尾を揺らす。
「最初は昔のお金が並んでるだけだと思ってた」
「貨幣を見ると、その時代が分かりますニャ」
「本当にそうだった」
俺は歩きながらステータス画面を開いた。
【金庫】。
残高:銅貨七枚相当
たった一行。
数字だけ。
でも。
この数字が信用されるために。
何百年も貨幣を守ってきた人たちに管理を頼んだ。
これから各国に預かり所が作られる。
そこで貨幣が預けられる。
数字になる。
市場で使われる。
また誰かの数字になる。
「…………」
「どうしましたニャ?」
「いや」
ふと思っただけだ。
何百年か経ったら。
さっきの資料館に。
今使っている王国金貨や銀貨も並ぶのかもしれない。
そして、その頃の誰かが説明を聞く。
昔の人は。
金貨や銀貨を袋に入れて持ち歩いていた。
買い物をするたびに手渡して。
釣り銭を受け取っていた。
そんな時代があったんですよ、と。
「……まさかな」
「何がですニャ?」
「なんでもない」
俺はステータス画面を閉じた。
昔の貨幣を見に来ただけなのに。
なぜか。
まだ始まってもいない《金庫》の未来を見たような気がした。




