第23話 金庫
第23話 金庫
「では――詳しいお話を伺いましょう」
エルシア・アルヴェインの言葉に、俺は小さく息を吐いた。
目の前には三人。
エルフ代表、エルシア。
ドワーフ代表、ボルグ。
獣人代表、ガルザ。
世界の貨幣を長い間守ってきた、獣人連盟の代表たちだ。
「えっと……」
何から話せばいいんだ?
隣を見る。
セドリックが頷いた。
「まず、今回の発端からお話ししましょう」
「お願いします」
助かった。
「現在、ステータス画面には《市場》という機能があります」
「概要は伺っています」
エルシアが答える。
「離れた場所にある商品を確認し、購入できるものですね」
「はい。そして購入された商品は、冒険者ギルドの依頼として配達される仕組みになっています」
ガルザが大きな腕を組んだ。
「面白い仕組みだ。こちらでも利用する商人が増えている」
「もう?」
「商人は便利なものを見つけるのが早い」
「なるほど……」
獣人国に来る途中でも、市場について話している商人を見かけた。
本当に広がってるんだな。
「ですが、一つ問題が起きました」
セドリックが続ける。
「支払いです」
ボルグが眉を上げる。
「支払い?」
「商品が届いた際、購入者が代金を支払います。しかし、ちょうどの貨幣を持っているとは限りません」
「ああ」
ガルザがすぐに理解した。
「釣り銭か」
「はい」
俺も口を挟む。
「俺が配達した時に、それで困ったんです」
「お前自身がか?」
「はい」
「それで獣人連盟まで来たのか」
「……なんか、そう言われると大げさですね」
ボルグが豪快に笑った。
「がははは! 釣り銭一つで国を越えたか!」
「俺も途中でそう思いました」
「だが商売というのは、案外そういう小さな不便から変わるものだ」
ガルザが言った。
セドリックも頷く。
「そこで考えたのが《金庫》です」
俺はステータス画面を開いた。
まだ《金庫》はない。
構想だけだ。
「先にお金を預けて、その金額をステータス画面に表示します」
エルシアが俺を見る。
「表示するだけですか?」
「そこから支払いもできるようにします」
「つまり?」
「例えば――」
俺は机の上に置かれていた紙へ簡単に書く。
「銀貨一枚を預けます」
その下に書く。
銀貨一枚。
銅貨十枚分。
「それで市場から銅貨三枚の商品を買ったら――」
さらに書く。
残り。
銅貨七枚分。
「こうなります」
三人が紙を見る。
最初に反応したのはガルザだった。
「なるほど」
「これなら商品の受け取り時に、お金を渡さなくていい」
「釣り銭も必要ない」
「はい」
「商人は喜ぶだろうな」
ガルザはすぐに利点を理解したらしい。
しかし。
エルシアは紙ではなく、俺を見ていた。
「一つ、よろしいですか?」
「はい」
「その数字を――誰が保証するのです?」
「…………」
やっぱりそこか。
「ユウト殿の画面に銀貨一枚と表示されている。しかし実際には、どこにも銀貨が存在しない」
「それはダメです」
「では?」
「ちゃんと預けます」
「誰に?」
俺は答えた。
「皆さんにお願いしたいと思っています」
大広間が静かになった。
エルシアの表情は変わらない。
「我々に?」
「はい」
セドリックが引き継ぐ。
「貨幣の信用を長く守ってきたのは獣人連盟です。新しい仕組みだからといって、その信用まで新しく作り直す必要はないと考えました」
エルシアが黙って聞いている。
「実物の貨幣は獣人連盟が預かる。そして、預かった分だけステータス画面の《金庫》に反映する」
ボルグが髭を撫でた。
「つまり、硬貨そのものをなくすわけではないのだな?」
「もちろんです」
「新しい貨幣を作るわけでもない?」
「違います」
「なら話は変わってくる」
ボルグが腕を組む。
「数字だけで勝手に金を増やすなどと言い出したら、叩き出していたところだ」
「怖いこと言わないでください」
「がははは!」
笑ってるけど、たぶん本気だった。
ガルザが尋ねる。
「預けた貨幣は引き出せるのか?」
「できるようにします」
「どこでも?」
「……そこなんです」
俺はセドリックを見る。
セドリックが答えた。
「将来的には、各国に獣人連盟の預かり所を設けていただけないかと考えています」
「各国に、か」
「はい」
ガルザの表情が少し変わった。
たぶん頭の中で、必要な人や物を計算しているんだと思う。
「簡単ではないぞ」
「承知しています」
「場所を用意する必要がある。貨幣を保管する設備も必要だ。警備もいる。各国との調整も必要になる」
「はい」
「明日から始めます、とはいかんな」
「もちろんです」
俺も頷いた。
そりゃそうだ。
大量のお金を預かる場所なんだから。
パン屋を一軒開くのとはわけが違う。
しばらく沈黙した後。
エルシアが口を開いた。
「私は、可能だと思います」
ガルザがエルシアを見る。
「やるのか?」
「条件があります」
やっぱり。
「金庫を管理する者は、我々が選びます」
「もちろんです」
俺は即答した。
エルシアが少しだけ目を細める。
「……即答なのですね」
「俺、お金の管理なんてできませんから」
一瞬。
沈黙。
「がはははは!」
ボルグが大笑いした。
「気に入ったぞ、小僧!」
「ありがとうございます?」
褒められたのか?
「自分にできぬことを分かっている者は信用できる」
「そういうものですか」
「できぬ奴ほど、自分で全部やりたがるものだ」
なんとなく分かる気がする。
◇
「預かり所の担当者は、すべてエルフとします」
エルシアが言った。
「全員?」
「はい」
「やっぱり信用の問題ですか?」
「それもあります」
「それも?」
「預かり所には、多額の貨幣が集まります」
「あ」
言われて気づいた。
「狙われる?」
「当然、考えなければなりません」
エルシアは静かに答える。
「我々エルフは、魔法を得意とします。預かり所の担当者は受付であると同時に、貨幣を守る者でもあります」
「なるほど……」
受付に座ってる人が、そのまま強いのか。
「さらに預かり所そのものにも防護魔法を施します」
「かなり厳重ですね」
「貨幣を預かるのですから」
「ですよね」
さっきから俺の感覚が軽い気がしてきた。
エルシアが立ち上がった。
「少々お待ちください」
「はい?」
「担当予定の者たちを呼びます」
「今?」
「まだ預かり所は一つも完成していません。各地へ派遣する者たちも、現在はこちらにおります」
「あ、そっか」
なるほど。
今なら全員集められる。
◇
しばらくして。
大広間の扉が開いた。
エルフが入ってくる。
一人。
二人。
五人。
十人。
「…………」
まだ来る。
全員、エルフ。
若く見える者もいれば、落ち着いた雰囲気の者もいる。
でも。
見た目で年齢を考えるのはやめておこう。
「多くないですか?」
「各国へ配置しますから」
「ですよね」
二十人を超えるエルフが大広間に並んだ。
エルシアが彼らを見る。
「この者たちを、今後各地に設置する預かり所の担当者とします」
「はい」
「それでユウト殿」
「はい」
「彼らが金庫の金額を扱えるようにする必要があるのでしょう?」
「そうですね」
俺は少し考える。
最初は。
本人のステータス画面に直接触れて、金額を書き換えられるようにしようと思っていた。
でも。
それだと受付側だけで金額を変えられてしまう。
「……ちょっと待ってください」
「何か?」
「変えます」
「何をです?」
「仕組みを」
俺はステータス画面を開いた。
メール。
これを使えばいい。
「受付の人が直接、相手の金額を書き換えるのはやめます」
「では、どうするのです?」
「本人に確認してもらいます」
俺は説明する。
「例えば俺が銀貨一枚を預けます」
「はい」
「受付の人は、俺に『銀貨一枚を預かりました』って申請を送る」
「メールで?」
「はい」
「そして?」
「俺のところに――」
俺はイメージする。
【預入申請】
銀貨一枚を預かります。
【承認する】
【拒否する】
「こういうメールが届く」
エルシアが画面を見る。
「本人が承認すると?」
「初めて《金庫》の金額が増えます」
「なるほど」
「引き出す時も同じです。受付の人が『銅貨五枚を引き出します』と送る。本人が承認したら残高が減る。その後、受付から実際の銅貨五枚を渡す」
エルシアはしばらく黙っていた。
「つまり、担当者だけでは金額を変更できない」
「はい」
「利用者だけでも変更できない」
「はい」
「双方が確認して初めて金額が動く」
「そうです」
エルシアが初めて、はっきりと笑った。
「それなら、よいでしょう」
「よかった」
ボルグも頷く。
「金を扱うなら、そのくらい面倒でちょうどいい」
「面倒なんだ」
「便利さと雑さは違う」
「……覚えておきます」
いいこと言うな、この人。
俺は新しい権限を作る。
金額を自由に変更する権限ではない。
《金庫》への預入と引出を申請するための権限。
《付与》。
ピコン♪
《金庫取引権限》
「これです」
エルシアが確認する。
「《金庫取引権限》」
「この権限を持つ人だけが、金庫への預入と引出の申請を送れます」
「分かりました」
「じゃあ……」
俺は並んでいるエルフを見る。
二十人以上。
「一人ずつ?」
「お願いします」
「ですよね」
一人目。
ステータス画面を開いてもらう。
「《金庫取引権限》――付与」
ピコン♪
二人目。
「付与」
ピコン♪
三人目。
「付与」
ピコン♪
五人。
十人。
「……まだ半分?」
「はい」
「分かりましたよ!」
ひたすら付与した。
◇
最後の一人への付与を終える。
「……終わった」
「お疲れ様でした」
「エルシアさんはやらないんですか?」
「私は受付業務を行いませんので」
「なるほど」
ちゃんとしてる。
偉い人だからという理由で権限を持たない。
必要な人だけ。
その方がいい。
「では」
ガルザが立ち上がった。
「問題は実際に使えるかどうかだな」
「そうですね」
「しかし預かり所はまだない」
「そうだった」
これから作るんだった。
するとエルシアが言った。
「試験でしたら、すぐにできます」
「どこで?」
「中央貨幣取引所です」
俺は来る途中で見た巨大な建物を思い出す。
商人たちが長い列を作っていた場所。
「王国金貨を交換してたところ?」
「それだけではありません。あそこには大量の貨幣を保管する設備があります」
「あ」
「新しい預かり所を待つ必要はありません」
なるほど。
試すだけなら、すでにある設備を使えばいい。
大広間を出る。
外ではミーニャが待っていた。
「お話は終わりましたかニャ?」
「とりあえず」
「では中央貨幣取引所へご案内しますニャ」
「お願いします」
俺たちは再び、賑やかな大通りへ出た。
遠くには、中央貨幣取引所。
その前には相変わらず商人たちの列ができている。
エルシアが俺を見る。
「ではユウト殿」
「はい?」
「最初の試験をお願いします」
「…………」
嫌な予感がする。
「また俺が試すんですか?」
「あなたが作ったのでしょう?」
「…………」
「お願いします」
「分かりましたよ!」
こうして俺は。
この世界で最初に《金庫》へ金を預ける人間になることになった。




