第21話 依頼も画面から
第21話 依頼も画面から
「獣人連盟?」
「はい」
セドリックが頷いた。
「《金庫》を作るのであれば、まず彼らに話を通す必要があります」
「でも、なんで獣人連盟なんです?」
俺は机の上の銅貨を一枚つまんだ。
「これ、この国のお金じゃないの?」
「違います」
「じゃあ、どこの国のお金?」
「どこの国のものでもありません」
「?」
ますます分からない。
ギルドマスターが椅子にもたれた。
「昔はな、人間の国もそれぞれ勝手に硬貨を作ってたんだ」
「昔?」
「ああ。王が代われば新しい硬貨を作る。国が分かれればまた作る。戦争で国がなくなれば、その硬貨も信用されなくなる」
「面倒だな……」
「実際、面倒だったらしい」
セドリックが続ける。
「同じ金貨と呼ばれていても、国によって大きさも重さも違う。含まれている金の量すら違った時代があります」
「それ、どうやって商売してたの?」
「毎回確かめていたそうです」
「めちゃくちゃ面倒じゃん」
「ええ」
遠い国から来た商人が金貨を出す。
でも、その金貨がどれだけの価値なのか分からない。
国が変わるたび。
王が変わるたび。
硬貨まで変わる。
「そこで、国を越えて商売をしていた者たちが共通して使える硬貨を作り始めたのです」
「それが獣人連盟?」
「はい」
「でも獣人って……」
「獣人だけではありません」
セドリックが言った。
「ドワーフも加盟しています。エルフも」
「エルフも獣人なの?」
「違います」
「だよね?」
「名称が残っているだけです。始まりが獣人諸国の連盟だったので」
「名前変えなかったの?」
「何百年も使われている名称を、今さら変える理由もないのでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです」
そして。
その獣人連盟の中でも、特に大きな発言力を持つ種族がいる。
「エルフです」
「やっぱり?」
「長命ですから」
「どれくらい?」
「千年以上生きる者もいます」
「…………」
俺はギルドマスターを見る。
「本当に?」
「本当だ」
「千年?」
「ああ」
「じゃあ、昔の貨幣がどうこうって話も――」
「当時を知っている者がいても不思議ではありません」
「…………」
人間にとっては歴史。
エルフにとっては。
自分が見てきた出来事なのかもしれない。
「それは強いな……」
「信用という意味では、な」
ギルドマスターが言った。
「国ができて、滅びて、王が何度代わっても、あいつらは生きてる」
「なるほど……」
現在。
銅貨。
銀貨。
金貨。
この三種類は獣人連盟が製造し、その価値を保証している。
銅貨一枚。
銀貨一枚は銅貨十枚。
金貨一枚は銀貨十枚。
人間の国々も、それを共通の貨幣として使っている。
「じゃあ王国は、お金を作ってないの?」
「王国金貨があります」
「あるんだ」
「ただし、大きな取引に使うものです。金貨十枚相当」
「なるほど」
普段パンを買うのに使うようなものじゃない。
国同士。
大商会。
貴族。
そういう大きな取引で使うものらしい。
俺はもう一度、銅貨を見る。
何気なく使っていたけど。
こいつにも長い歴史があった。
「そして今回の《金庫》です」
セドリックが話を戻した。
「例えば、ユウトさんが銀貨十枚を預けたとします」
「はい」
「ステータス画面に【銀貨十枚】と表示される」
「うん」
「その数字を、人々が銀貨十枚と同じ価値だと信用しなければならない」
「あ……」
そうか。
ただ数字を表示すればいいわけじゃない。
「その画面を見せれば、本当に銀貨十枚を引き出せる。その保証が必要です」
「だから……」
分かった。
「今まで硬貨の価値を保証してきた獣人連盟に、実物のお金を預かってもらう?」
「それが最も自然だと考えています」
「なるほど」
俺が《金庫》を作る。
でも。
実物の金を管理するのは俺じゃない。
獣人連盟。
預けたら、ステータス画面の金額を増やす。
引き出したら減らす。
「それなら――」
コンコン。
扉が鳴った。
ギルドマスターが振り返る。
「入れ」
「失礼します!」
ミリアだった。
いつもより勢いよく入ってくる。
「すみません、お話し中に!」
「どうした?」
「マスター」
ミリアが言った。
「もう限界です!」
「何がだ?」
「受付です!」
「…………」
「…………」
ギルドマスターが立ち上がった。
◇
「うわ」
一階へ下りた瞬間。
俺は思わず声を出した。
人。
人。
人。
受付前に長い列ができている。
「ステータス画面の付与はこちらです!」
「俺は依頼を受けたいだけなんだけど!」
「少々お待ちください!」
「市場のことで聞きたいんですが!」
「順番にお願いします!」
「配達依頼を出したいんだけど!」
「少々お待ちを!」
……これは。
「大変だ」
「大変なんです!」
ミリアがこっちを見た。
怖い。
「一般の方へのステータス画面付与が増えてから、ずっとこの状態です」
「ごめんなさい」
「ユウトさんが謝ることではありません!」
「でも顔が怒ってる」
「疲れてるんです!」
「はい」
ギルドマスターが列を見る。
「受付を増やすか?」
「増やしても、依頼を受けるだけの冒険者まで並んでいるんです!」
「依頼を受けるだけ?」
俺は列を見る。
確かに。
掲示板の前で依頼を見て。
受けたい依頼を決めて。
それを受付へ持っていく。
そこで受注処理。
「…………」
俺は自分のステータス画面を開いた。
「これ、画面から受ければいいんじゃない?」
ミリアが止まった。
「……できます?」
「できると思う」
「作ってください」
「即答」
「お願いします」
「分かった」
俺は考える。
新しい項目。
冒険者ギルドが認めた依頼を並べる。
ランク。
報酬。
場所。
内容。
そして。
受注。
《付与》。
ピコン♪
ステータス画面に新しい項目が増えた。
【依頼】
「できた」
「早いですね」
「こういうのはもう慣れた」
開いてみる。
まだ何もない。
「……空っぽです」
「誰も登録してないからね」
「登録?」
「あ」
俺も気づいた。
「誰が依頼を載せるの?」
ミリアが答える。
「今まで通り、私たち受付が内容を確認する必要があります」
「誰でも載せられるようにするのは?」
「ダメです」
ギルドマスターが即答した。
「ですよね」
「報酬も危険度も確認せず依頼を出されたら困る」
「じゃあ受付の人だけ登録できるようにしよう」
「できますか?」
「うん」
俺はミリアのステータス画面を見た。
「ちょっと開いて」
「はい」
ミリアが画面を表示する。
そこへ触れる。
「《依頼登録権限》――付与」
ピコン♪
ミリアの画面に、新しい項目が現れた。
《依頼登録権限》
「これで依頼を載せられる」
「試してみます」
ミリアが、すでにギルドで受理していた依頼を一つ入力する。
内容。
報酬。
推奨ランク。
ピコン♪
俺の【依頼】に表示された。
【街中・荷運び】
推奨ランク:F
報酬:銅貨五枚
場所:南地区
「おお」
「出ました」
近くにいた冒険者も自分の画面を開く。
「俺にもあるぞ!」
「押していいのか?」
「条件を満たしていれば」
一人のFランク冒険者が、
【受注】
を押した。
ピコン♪
【依頼を受注しました】
「おお!」
「受けられた!」
「受付行かなくていいのか!?」
「依頼を受けるだけなら、もう並ばなくていいですよ!」
ミリアが声を上げる。
列に並んでいた冒険者たちが、一斉にステータス画面を開き始めた。
「これ受けよう」
「俺は配達」
「Eランクの依頼も見えるぞ」
「お前Fだろ」
「押せない」
「そりゃそうだろ」
少しずつ。
列から冒険者が抜けていく。
「……減った」
ミリアが呟いた。
「よかったね」
「本当に……」
ものすごく疲れた顔で笑っている。
その時。
俺は気づいた。
「これ、他のギルドでも必要だよね?」
「…………」
ミリアも気づいた。
「必要ですね」
「受付の人に《依頼登録権限》を付けないと」
「そうなります」
「また集める?」
「全国から?」
「…………」
「…………」
無理だ。
コンコン。
二階から扉を叩く音が聞こえた。
ギルドマスターが眉を寄せる。
「……今度は誰だ」
階段を上がる。
俺たちもついていった。
◇
「久しぶりだな」
部屋に入ってきたのは、背の高い男だった。
灰色の髪。
腰には剣。
年齢はギルドマスターと同じくらいに見える。
ギルドマスターの顔が変わった。
「おお! レイヴァン! お前か!」
「元気そうだな、ガルド」
「お前もな!」
「…………ガルド?」
俺は小声で呟いた。
ミリアが、そっと耳元に顔を寄せてくる。
「マスターのお名前です」
「初めて知った」
「そういえばユウトさんには、誰も教えてませんでしたね」
「ずっとマスターって呼んでたから……」
ミリアがさらに声を落とした。
「あちらはレイヴァン・クロウ様」
「偉い人?」
「冒険者ギルドの本部長です」
「…………本部長?」
俺はもう一度男を見る。
普通にギルドマスターと肩を叩き合っている。
「昔、お二人は同じパーティーだったんですよ」
「へえ」
「お二人とも元Sランク冒険者です」
「…………え?」
声が出た。
ギルドマスターがこっちを見る。
「なんだ?」
「いや……」
ミリアが小声で続ける。
「《不落のガルド》」
「…………」
「そして、《黒閃のレイヴァン》」
俺は二人を見る。
「……あの二人が?」
「聞こえてるぞ、ユウト」
「すみません!」
ガルドが笑った。
「昔の話だ」
「お前は昔から愛想がないな」
「お前に言われたくない」
元Sランク。
二人とも。
全然知らなかった。
「で?」
ガルドが聞く。
「本部長様が何しに来た?」
「その呼び方やめろ」
「じゃあレイヴァン」
「視察だ。各地から妙な報告が山ほど来ている」
「妙な?」
レイヴァンが俺を見る。
「ステータス画面とやらのせいで、ギルドの仕事が変わり始めているらしい」
「あ」
「お前がユウトか」
「はい」
「Fランクの」
「はい」
「…………本当にFランクなんだな」
「そこ疑われるんだ」
「本部まで名前が来てるFランクなんて、お前くらいだ」
「…………」
なんて返せばいいんだ。
「ちょうどいい」
ガルドが言った。
「何がだ?」
「今また一つ増えた」
「何が?」
「仕事が」
「嫌な予感がするな」
「安心しろ。お前の仕事だ」
「安心できる要素が一つもない」
俺たちは【依頼】について説明した。
レイヴァンはしばらく画面を見ていた。
「……これは全支部で使わせたい」
「やっぱり?」
「ああ。依頼を受けるためだけに受付へ並ぶ必要がなくなるのは大きい」
「でも問題があって」
「なんだ?」
「依頼を登録する受付の人に、《依頼登録権限》を付けないといけない」
「なるほど」
「前みたいに全員集める時間はないし……」
俺は考える。
各地の受付。
受付。
…………あ。
「待って」
「どうした?」
「俺、全員知ってる」
ミリアが首を傾げる。
「全員?」
「前にステータス画面の付与権限を渡す時、各地の受付の人に会ったよね?」
「あ」
「顔と名前が一致してる」
俺は《知り合い》を開く。
いる。
王都。
北部。
南部。
東部。
西部。
各地のギルド受付職員。
「メール送れる」
「……なるほど」
レイヴァンが頷いた。
「では、こちらで依頼登録を担当させる職員を指定する」
「その人たちに俺が送ればいい?」
「ああ」
「それならできる」
俺はメールを作る。
最初は。
『依頼登録権限を付与します。承認してください』
「こんな感じ?」
「待ってください」
ミリアだった。
「何?」
「それだけですか?」
「うん」
「突然これが届いたら怖いです」
「…………」
「説明を書いてください」
「はい」
書き直す。
【冒険者ギルド受付業務軽減のため、ステータス画面に新しく【依頼】を追加しました】
【今後、冒険者はステータス画面から依頼を確認し、直接受注できます】
【受付担当者には、ギルドで確認済みの依頼を掲載するための《依頼登録権限》を付与します】
【下の承認を押すと、権限が追加されます】
《依頼登録権限》
【承認する】
「これなら?」
「大丈夫です」
「よし」
レイヴァンから対象者の名前を聞く。
知り合いから選ぶ。
一人。
二人。
三人。
まだいる。
「多いな……」
「全国だからな」
「ですよね」
送信。
ピコン♪
遠く離れた各地の受付へ。
同じメールが、それぞれ届いた。
しばらくして。
ピコン♪
ピコン♪
ピコン♪
承認が返ってくる。
《依頼登録権限が付与されました》
《依頼登録権限が付与されました》
《依頼登録権限が付与されました》
「……できた」
「便利なものだな」
レイヴァンが言った。
「前はみんな集まってもらったんですけどね」
「最初からこれを使えばよかったのでは?」
ミリアが言う。
「その時はメールなかったから!」
「あ、そうでした」
「焦った……」
ガルドが笑う。
「これでギルドの方は片付いたな」
「助かりました」
ミリアが本当に嬉しそうだった。
「さて」
ガルドが俺を見る。
「お前たちは獣人連盟だったな」
「あ、そうだった」
「忘れてたのか?」
「いろいろ起きたから!」
レイヴァンが眉を上げる。
「獣人連盟?」
「こいつが今度は《金庫》とかいうものを作るらしい」
「…………」
レイヴァンが俺を見る。
「お前、本当にFランクなのか?」
「今日二回目ですよ」
セドリックが《金庫》について簡単に説明した。
市場。
配達。
代金。
おつり。
そして。
実物の硬貨を預け、ステータス画面に金額を表示する仕組み。
「なるほど」
レイヴァンの表情が少し真面目になった。
「それで獣人連盟か」
「話を通さずにはできません」
セドリックが答える。
「特にエルフは貨幣の信用に関して慎重です」
「だろうな」
ガルドが腕を組む。
そして。
レイヴァンを見る。
「よし」
「なんだ?」
「ついでだ。お前も同行しろ」
「…………は?」
「その方が話が早い」
「なぜ俺が?」
「エルフは警戒心が強い。冒険者ギルド本部長のお前が一緒なら、少なくともユウトが怪しい奴じゃないことくらいは伝わる」
「俺は視察に来たんだが?」
「なら視察の続きだ」
「国が違うだろ」
「細かいこと気にするな」
「お前は昔からそうだな!」
「お前は昔から細かい」
「誰のせいで苦労したと思ってる!」
元Sランク二人が言い合っている。
俺はミリアを見る。
「仲いいね」
「昔からああだそうです」
「へえ」
「聞こえてるぞ!」
「すみません!」
◇
翌朝。
王都の門の前に馬車が止まっていた。
俺。
セドリック。
レイヴァン。
それから商人ギルドが用意した護衛。
ガルドは来ない。
「仕事がある」
だそうだ。
レイヴァンは最後まで、
「俺にも仕事がある」
と言っていた。
「どのくらいかかるんです?」
馬車へ乗りながら聞く。
「十日ほどです」
セドリックが答えた。
「…………十日?」
「国外ですから」
「聞いてないんだけど」
「昨日説明しました」
「聞いてなかった……」
レイヴァンが笑った。
「諦めろ。もう馬車は出るぞ」
門が開く。
馬車がゆっくりと動き始めた。
俺は王都を振り返る。
初めて行く国外。
初めて行く獣人の国。
その中心にある、獣人連盟。
目的は。
まだ存在すらしていない《金庫》について、納得してもらうこと。
「…………」
「どうした、ユウト」
「いや」
俺。
配達のおつりがなかっただけなんだけど。
なんで国を出ることになったんだろう。




