第20話 おつりがない
第20話 おつりがない
「おつり……どうしよう」
俺の手には銀貨一枚。
代金は銅貨七枚。
財布の中には銅貨一枚。
どう考えても足りない。
「本当にないの?」
仕立て屋の女性が聞いてくる。
「ないです」
「困ったわねえ」
「困りました」
二人で銀貨を見る。
「じゃあ、これでいいわよ」
「ダメですよ」
「銅貨三枚くらい」
「ダメです」
俺が怒られる。
たぶん。
「雑貨屋さんに戻って崩してきます」
「あら、悪いわね」
「いえ……」
商品は置いて。
銀貨を握って。
俺は来た道を戻った。
◇
「おつり?」
「はい」
雑貨屋《小鳥の棚》。
店主が俺の手の銀貨を見る。
「銅貨七枚の商品に銀貨一枚を出されました」
「ああ」
「俺、銅貨一枚しか持ってなくて」
「配達する奴がおつり持ってないのか?」
「持ってないですよ!」
「なんでだ?」
「そんな決まりなかったから!」
「…………」
「…………」
「そういやそうだな」
「そうですよ!」
店主が銀貨を受け取った。
代わりに銅貨十枚を出す。
「ほら」
「ありがとうございます」
そこから銅貨三枚を持って、また仕立て屋へ。
「お待たせしました」
「ごめんなさいねえ」
「いえ」
銅貨三枚を渡す。
今度こそ配達完了。
……なんだけど。
「これ、ダメだな」
俺は冒険者ギルドへ戻りながら呟いた。
近かったからいい。
でも。
配達先がもっと遠かったら?
毎回こんなことをするのか?
「絶対ダメだ」
◇
「ということがありました」
「なるほど」
ミリアが頷いた。
ギルドマスターもいる。
そして。
「やはり出ましたか」
セドリックもいた。
「やはり?」
「いずれ問題になるとは思っていました」
「言ってよ!」
「始めてみなければ分からない部分もあります」
「俺が困ったんだけど」
「貴重な実例です」
「実例にされた」
セドリックが紙を広げる。
「実は他にも一件」
「もうあったの?」
「こちらは逆です。配達人が銀貨しか持っておらず、客が銅貨で支払った」
「それは問題ないんじゃ?」
「依頼元の店へ銀貨で渡そうとして、店側がおつりを用意することになりました」
「ああ……」
結局どこかで細かい硬貨が必要になる。
「なら、配達人にあらかじめおつりを持たせればいい」
ギルドマスターが言った。
「店がおつり用の銅貨を渡す?」
「そうだ」
「それなら……」
俺は考える。
できる。
できるけど。
セドリックが首を振った。
「注文が一件なら」
「え?」
「十件なら?」
「……たくさん渡す」
「配達人が複数なら?」
「もっと……」
「高額商品なら?」
「…………」
「一日何十件、何百件となれば、店は商品代金とは別に大量の硬貨を用意しなければなりません」
「めんどくさい」
「はい」
「じゃあ、お客さんにぴったり用意してもらう」
ミリアが言った。
「注文時に『銅貨七枚を用意してください』と表示するのはどうでしょう?」
「それなら簡単」
俺は頷いた。
セドリックは少し考える。
「今よりは良いでしょう」
「じゃあ――」
「ただ」
「まだあるの?」
「銅貨七枚を持っていない客は?」
「…………」
さっきの人だ。
「両替しに行く?」
「商品を届けてもらうために、先に店へ両替へ行くのですか?」
「意味ないね」
「はい」
難しい。
「そもそも」
俺は椅子にもたれた。
「なんで配達する人がお金まで運ぶんだろ」
全員が俺を見る。
「商品だけ運べば楽なのに」
「それでは店が代金を受け取れません」
「それは分かってるけど」
俺は自分のステータス画面を見る。
《市場》。
商品を選ぶ。
注文する。
配達依頼が出る。
届ける。
そこで初めて支払う。
「注文した時に払えればいいのに」
セドリックが俺を見る。
「どうやって?」
「…………」
それが問題だ。
「ステータス画面にお金を入れる?」
言ってから。
自分でもよく分からなかった。
「お金を?」
ミリアが聞く。
「うん」
「硬貨を画面の中に?」
「いや……」
それは変だ。
俺は銅貨を一枚取り出した。
机に置く。
「例えば、この銅貨をどこかに預ける」
「預ける?」
「うん。で、ステータス画面には」
指で空中に文字を書く。
【預かり:銅貨一枚】
「みたいに出す」
セドリックの表情が変わった。
「続けてください」
「え?」
「その先です」
「その先……」
俺は考える。
例えば。
銅貨十枚を預ける。
【銅貨 10】
市場で銅貨三枚のパンを買う。
【銅貨 7】
「注文した時に、代金分だけ預けてあるお金から引く」
「その銅貨三枚は?」
「店の……」
そこで止まる。
店側の預かり分へ移す?
そうすれば。
配達する冒険者は商品だけ持っていけばいい。
客から金を受け取らない。
おつりもいらない。
「それだ」
ギルドマスターが言った。
俺も少し興奮してきた。
「これなら銅貨七枚の商品に銀貨一枚しかなくても――」
「先に必要な額を預けておけばいい」
ミリアが続ける。
「うん!」
「市場以外でも使えるのでは?」
「え?」
「預けてある金額を確認できますよね」
「ああ……できるね」
セドリックは黙っていた。
ずっと考えている。
「名前はどうします?」
ミリアが聞いた。
「名前?」
「その機能です」
「ああ」
お金を預ける。
保管する。
「《金庫》?」
「分かりやすいですね」
「じゃあ《金庫》」
決まった。
「よし」
俺はステータス画面を開く。
「じゃあ――」
「待ってください」
セドリックだった。
「え?」
「それは、今ここで作ってはいけません」
「なんで?」
俺の指が止まる。
「《市場》とは話が違います」
「どう違うの?」
「扱うものが貨幣だからです」
「でも表示するだけですよ?」
「その表示を、人々が貨幣と同じ価値だと信じることになる」
「…………」
俺は黙った。
「例えばユウトさんの《金庫》に、金貨十枚と表示されている」
「はい」
「その十枚が本当にどこかへ預けられていると、誰が保証します?」
「あ」
「そして店側に金貨十枚分が移った時、本当にその店の金になったと誰が保証するのです?」
「…………」
そこまで考えてなかった。
ギルドマスターがセドリックを見る。
「商人ギルドでは無理か」
「我々が勝手に決められる話ではありません」
「王国?」
俺が聞く。
セドリックは首を振った。
「獣人連盟です」
「…………獣人?」
「正確には《獣人連盟》です」
「なんで獣人が出てくるの?」
俺は銅貨を見る。
「これ、人間の国のお金じゃないの?」
「違います」
「え」
知らなかった。
セドリックが俺の銅貨を指差す。
「あなたが普段使っている銅貨、銀貨、金貨」
「はい」
「それらを管理しているのは、王国ではありません」
「…………」
「獣人連盟です」
俺は手の中の銅貨を見る。
今まで。
パンを買ったり。
宿代を払ったり。
依頼の報酬でもらったり。
何度も使ってきた。
そんなこと、一度も考えたことがなかった。
「《金庫》を作るのであれば」
セドリックが言う。
「まず、彼らに話を通す必要があります」
おつりがなかっただけなのに。
なんだか。
ものすごく大きな話になってきた。




