第17話 店まで来ないと買えない
第17話 店まで来ないと買えない
翌朝。
「今日はあるかな」
起きてすぐ《掲示板》を開く。
【お店の情報】
昨日買えなかった紙。
探す。
【ハル爺雑貨店】
『紙はない』
「…………」
閉じた。
今日はないらしい。
分かりやすい。
いや。
分かりやすすぎる。
もう少し何か書いてほしい。
冒険者ギルドへ行く。
途中。
パン屋の前を通った。
「おーい、ユウト!」
呼ばれた。
「おはようございます」
「ちょうどいい!」
「何?」
店主が店の中から出てくる。
手にはパン。
「これ見てくれ」
「パン?」
「新しいの作った」
丸いパン。
上に赤い実がいくつか乗っている。
「今日から?」
「ああ」
「掲示板に載せれば?」
「もう載せた」
早い。
俺も画面を開く。
【お店の情報】
すぐ見つかった。
【赤実の焼きパン】
『今日から。少し酸っぱい実を蜂蜜で煮て乗せた』
《景色記録》
♥ 23。
「もうハート付いてる」
「だろ?」
店主は嬉しそうだ。
「昨日から作ってたんだよ」
「じゃあ一個」
「毎度!」
銅貨を渡す。
一口。
甘い。
あとから少し酸っぱい。
「うまい」
「だろ!」
ハートを押す。
24。
店主が笑う。
「掲示板できてから、新しいの作るの楽しくなってきたぞ」
「なんで?」
「反応が分かるからな」
「ああ」
「今までは店に来た客に聞くしかなかっただろ?」
店主が自分の投稿を見る。
「でも今は、食った奴が返信してくれる」
下には、
『昨日の蜂蜜パンもまた作って』
『これは昼にも残ってる?』
『赤実苦手だけど甘い?』
そんな返信が並んでいる。
「なるほど」
「便利だぞ、これ」
「よかった」
「ただな」
来た。
最近、この言葉が怖い。
「ただ?」
「昨日、こんなのも来たんだ」
店主が返信を一つ見せる。
『東門の近くに住んでます。買いに行く前になくなりそう』
「ああ」
「あとこれ」
『仕事で店まで行けない。取っておいてもらえませんか?』
「取り置きすれば?」
「したぞ」
「できてるじゃん」
「でもよ」
店主が腕を組んだ。
「取りに来ないと渡せないだろ?」
「…………」
それはそうだ。
「まあ、パン屋だからね」
「そうなんだけどな」
店主は笑った。
「店まで来なくても買えたら、もっと売れるんだけどなあ」
「…………」
俺はパンを食べる。
聞かなかったことにしよう。
今日はまだ朝だ。
ギルドへ着く。
「おはようございます」
「おはようございます」
ミリアが受付。
いつも通り。
俺は依頼板を見る。
今日は何かやろう。
ちゃんと冒険者もやらないと。
Fランクだけど。
「ユウト!」
ロイドが手を上げる。
「今日行く?」
「今日は近場じゃないぞ」
「どこ?」
「南の森」
「何するの?」
「魔物の巣がないか確認」
「行く」
「即答だな」
「朝からパン屋に相談されたから」
「何の関係があるんだ?」
「逃げたい」
「?」
ロイドは分かってない。
それでいい。
南の森までは歩いて一時間ほど。
今日はロイド、エナ、バルク。
いつもの四人。
途中。
バルクがステータス画面を開いた。
「お」
「何?」
「昨日見てた斧、まだある」
「歩きステータス」
俺が言う。
バルクが止まった。
「悪い」
「何の斧?」
「鍛冶屋」
画面を見せてくる。
【鉄斧・新作】
《景色記録》
大きな斧。
♥ 37。
「買うの?」
「迷ってる」
「欲しいなら買えば?」
「店が遠い」
「どこ?」
「北通り」
「反対側じゃん」
「ああ」
バルクが画面を閉じる。
「帰ってから行くの面倒なんだよな」
ロイドが笑った。
「明日行けよ」
「明日残ってるか分からん」
「じゃあ今日行け」
「面倒だ」
「知らん」
俺は黙って歩く。
なんか。
朝も似たような話を聞いた気がする。
南の森。
今日は少しだけ戦闘があった。
灰色の狼が三体。
エナが一体。
ロイドが一体。
残り一体がバルクへ飛びかかる。
「ユウト! 脚!」
「《脚力強化》!」
ピコン♪
バルクが大きく踏み込む。
狼の横へ回る。
盾で殴った。
倒れたところをロイドが仕留める。
「助かった」
「どういたしまして」
最近、戦闘で何を付与すればいいか、少し分かるようになってきた。
俺が考えるんじゃない。
ロイドたちが必要なものを言ってくれる。
それでいい。
俺は戦闘の専門家じゃない。
調査を終えて街へ戻った。
南門を入る。
「腹減った」
ロイドが言う。
「何か見る?」
俺がステータス画面を開く。
全員止まる。
四人で【お店の情報】。
「これ」
エナが言った。
【南広場・白鹿亭】
『本日の煮込み。豆、豚肉、根菜』
《景色記録》
♥ 91。
「近い」
「ここにするか」
決定。
もう店を探して歩くことが減った。
白鹿亭へ行く。
席に座る。
注文。
料理を待つ。
バルクがまだ斧を見ていた。
「まだ悩んでるの?」
「欲しい」
「買えば?」
「北通り」
「行けば?」
「ここから遠い」
「…………」
ロイドが呆れる。
「お前、魔物の巣を探して森まで歩いたんだぞ」
「仕事だからな」
「斧も歩いて買いに行けよ」
「誰か持ってきてくれねえかな」
バルクが言った。
俺の手が止まった。
「…………」
「何だ?」
「いや」
「変な顔してるぞ」
「何でもない」
料理が来た。
食べよう。
午後。
商人ギルドでは、セドリックが店を回っていた。
今日は客の数ではない。
店主からの要望。
パン屋。
「不便なことですか?」
「ああ」
店主が腕を組む。
「遠くの客だな」
「遠く?」
「掲示板見て欲しいって言ってくれるんだけど、店まで来れない奴がいる」
「なるほど」
セドリックが書く。
「取り置きは?」
「やってる。でも取りに来てもらうのは同じだろ」
「はい」
「誰か届けてくれりゃいいんだけどな」
書く。
薬屋。
「不便?」
女性店主が少し考える。
「在庫かな」
「在庫?」
「掲示板を見て来たのに売り切れてるって怒られたよ」
「投稿を消すことは?」
「消してるよ。でも店が忙しいと忘れる」
「なるほど」
書く。
「それと、遠くの人から返信が来るね」
「どのような?」
「『薬を届けてもらえないか』って」
「届けていますか?」
「暇ならね。でも店を空けられない時もある」
書く。
鍛冶屋。
「届けろ?」
ドワーフが眉をひそめる。
「そんなもん欲しい奴が取りに来い」
「分かりました」
書く。
「ただ」
「はい」
「高い武器なら届けてもいい」
「…………」
「買うならな」
「分かりました」
書く。
宿屋。
「うちは届けるものがないねえ」
「そうですね」
「でも部屋を取っておいてくれって返信は増えたよ」
「実際に?」
「ああ。旅人が街に着く前に空きを知れるからね」
書く。
雑貨屋。
「紙?」
「紙の話ではありません」
「じゃあ何だ」
「掲示板を使っていて不便なことは?」
「客がうるさい」
「具体的には?」
「『また半額にしろ』って」
「…………」
書く。
「それ以外は?」
「店まで来るのが面倒だから届けろって奴がいた」
「届けました?」
「断った」
「理由は?」
「わし一人で店やってるんだぞ!」
「なるほど」
書く。
夕方。
商人ギルド。
机の上に紙が並ぶ。
セドリック。
年配の男。
若い女性。
三人で見る。
「共通しているな」
年配の男が言った。
「はい」
セドリックが答える。
「商品を知るところまではできる」
「値段も書ける」
「景色も見られる」
「在庫も店側が書けば分かる」
「だが」
男が紙を一枚持ち上げる。
「買うには店へ行く必要がある」
「はい」
若い女性が別の紙を見る。
「届けている店もあります」
「店主自身が?」
「家族や従業員の場合も」
「それでは店によって差が出るな」
「はい」
しばらく誰も話さない。
年配の男が言った。
「冒険者ギルドには、荷物を運ぶ依頼があるな」
「あります」
「商人の護衛も」
「あります」
「手紙を届ける依頼もある」
「ありますね」
男が机を指で叩く。
「なら」
セドリックが顔を上げる。
「店の商品を届ける仕事があっても、おかしくはない」
若い女性が考える。
「街の中なら危険も低いですね」
「ああ」
「新人冒険者でも可能かもしれません」
「ただし、街の外なら話は別だ」
セドリックが頷く。
「配達先によって、冒険者ギルドに依頼の危険度を決めてもらう必要があります」
「それでいい」
男はもう一枚の紙を見る。
「問題は」
「はい」
「今の掲示板だけで、それをどう扱うかだ」
誰も答えなかった。
翌朝。
俺はギルドでミリアと話していた。
「昨日の依頼報酬です」
「ありがとう」
銅貨を受け取る。
「そういえばユウトさん」
「はい?」
「商人ギルドから、今日こちらへ来ると連絡がありました」
「何しに?」
「相談だそうです」
「…………」
俺は嫌な予感がした。
最近。
相談。
要望。
不便。
この三つを聞くと。
だいたい俺の仕事が増える。
ギルドの扉が開いた。
振り返る。
セドリックがいた。
その後ろには、見覚えのある年配の男。
「おはようございます、ユウトさん」
「……おはようございます」
セドリックが軽く頭を下げる。
「少し、ご相談したいことがあります」
やっぱり。
俺は小さく息を吐いた。
「今度は何でしょう」
年配の男が答えた。
「店の商品を、店へ来なくても買えるようにしたいのです」
「…………」
俺は二人を見る。
ミリアを見る。
もう一度、二人を見る。
「それ」
昨日。
バルクも言ってた。
誰か持ってきてくれないかな、と。
どうやら。
同じことを考えている人間は、もうかなりいるらしい。




