第16話 今日は何かあるかな?
第16話 今日は何かあるかな
朝。
目が覚める。
顔を洗う。
着替える。
荷物を確認する。
そして。
「今日は何かあるかな」
ステータス画面を開いた。
《掲示板》。
四つに分かれた中から、
【お店の情報】
を押す。
昨日までは、猫や犬や夕焼けの間に店の情報が混ざっていた。
今は違う。
【東通りパン屋 本日は黒麦パン多めに焼きます】
【銀鹿亭 昼限定 鶏肉と香草の煮込み】
【ハル爺雑貨店 紙束半額。本日のみ】
【南門薬屋 回復薬入荷】
【ドラン鍛冶店 鉄の短剣二本完成】
【青鳥亭 今夜の宿泊三部屋空きあり】
「お」
指を止める。
【ハル爺雑貨店 紙束半額。本日のみ】
《景色記録》。
机の上に紙束が積まれている。
『仕入れすぎた。置く場所がない。今日だけ半額。なくなったら終わり』
♥ 76
返信。
『何枚くらい?』
『一束二十枚』
『書き棒も安くならない?』
『ならん』
「…………」
店主が返信してる。
ちょうど紙が少なくなっていた。
最近、《付与》の内容を考える時に使う。
ステータス画面へ直接書いてもいいけど、考えをまとめる時は紙の方が楽だった。
「帰りに寄るか」
ハートを押す。
♥ 77。
画面を閉じた。
冒険者ギルドへ行く。
扉を開けると、いつもより少し静かだった。
依頼板の前には冒険者。
受付にはミリア。
眼鏡。
今日も普通に仕事をしている。
「おはようございます」
「おはようございます」
ミリアが顔を上げた。
「今日は早いですね」
「普通じゃない?」
「最近、昼前に来ることも多かったので」
「いろいろやってたから」
俺は受付へ行く。
「今日なんかある?」
「依頼ですか?」
「うん」
「Fランクですと――」
「そこ強調しなくていいから」
「強調してません」
ミリアが依頼を確認する。
「薬草採取と、街の東側にある農場の手伝い。それから――」
「ユウト」
後ろから声。
ロイドだった。
「今日暇か?」
「依頼探してる」
「なら一緒に行くか?」
「どこ?」
「近くだ。薬草採取」
ミリアを見る。
「それ、今言ってたやつ?」
「同じ場所ですね」
「行く」
即決した。
今日はちゃんと冒険者だ。
ロイドたちの準備を待っている間。
俺はテーブルに座った。
近くに若い冒険者が二人いる。
二人ともステータス画面を見ていた。
「今日どこで食う?」
「銀鹿亭」
「なんで?」
「鶏肉のやつ」
「ああ、見た」
「昼限定だって」
「帰り間に合うかな」
「近場の依頼にしようぜ」
「飯で依頼決めんなよ」
そう言いながら、二人とも依頼板を見る。
俺は少し笑った。
別のテーブル。
女性冒険者が画面を見ている。
「あ、回復薬入ったって」
「どこ?」
「南門」
「帰り買う」
受付の近くでは、年配の男がミリアに聞いていた。
「青鳥亭ってどの辺だ?」
「南広場から一本東の通りです」
「三部屋空いてるって見たんだけど」
「でしたら、まだ空いているか確認してみてはいかがですか?」
「ああ、そうする」
普通に使ってる。
なんか。
普通になったな。
少し前まで、空中にステータス画面を出すだけで珍しかったのに。
「ユウト、行くぞ」
「はーい」
立ち上がる。
薬草採取は何も起きなかった。
本当に何も。
ロイドが周囲を見る。
エナが薬草を探す。
バルクが籠へ入れる。
俺も探す。
「これ?」
「違う」
「じゃあこれ」
「それ毒草」
「…………」
「ユウトは俺の近くにいろ」
ロイドに言われた。
「Fランクだから?」
「薬草知らないから」
「同じようなもんじゃん」
一時間くらいで、俺は見分けるのを諦めた。
バルクが見つけた薬草を運ぶ。
それくらいはできる。
魔物も一体出た。
小さな角兎。
俺が《付与》する前にエナが仕留めた。
「今日、俺いらなくない?」
「荷物持ってるだろ」
「そうだけど」
「立派な仕事だ」
バルクに言われた。
褒められてる気がしない。
昼過ぎ。
街へ戻る。
南門を通ったところで、エナが言った。
「回復薬」
「あ」
朝の掲示板。
南門の薬屋。
「買うの?」
「二本くらい」
「じゃあ寄ろう」
店へ入る。
先客が三人。
全員冒険者だった。
「回復薬まだあります?」
エナが聞く。
「あるよ。ただ、今日はよく出るねえ」
店主の女性が棚から瓶を出す。
「掲示板?」
「たぶんね。朝から『見た』って人が何人も来てるよ」
エナが二本買う。
ロイドも一本。
バルクも。
「ユウトは?」
「俺?」
「持ってないだろ」
「高いから」
「一本くらい持っとけ」
「Fランクの収入を考えてよ」
「ステータス画面作ってる奴の台詞じゃねえな」
「それで報酬増えないからね?」
一本だけ買った。
痛い。
財布に。
店を出る。
「飯」
ロイドが言った。
「銀鹿亭?」
俺が聞く。
「なんで知ってんだ?」
「朝見た」
「俺も」
エナも見ていた。
バルクまで頷いた。
「俺もだ」
「全員見てたの?」
「鶏肉だろ?」
「そう」
四人で銀鹿亭へ向かった。
混んでいた。
「…………」
入口で止まる。
ほぼ満席。
店員が走っている。
皿が飛ぶように運ばれている。
「すげえな」
ロイドが言った。
「普段もこんな感じ?」
「昼は混むけど、ここまでじゃない」
エナが店内を見る。
奥から店主らしい男の声。
「鶏肉あと六!」
「六!?」
「追加できないの!?」
「仕込んだ分だけだ!」
店員がこちらへ来る。
「四名?」
「はい」
「少し待ってもらうけどいい?」
「鶏肉まだある?」
ロイドが聞いた。
「たぶん!」
「たぶんか」
待つことにした。
俺は壁際へ寄る。
前に並んでいる人たちの会話が聞こえる。
「掲示板見た?」
「見た」
「あれ美味そうだったよな」
「景色記録載せるの反則だろ。腹減る」
別の男。
「俺、普段この店知らなかったぞ」
「俺も」
その横では女性二人。
「朝から決めてた」
「私も」
店主が厨房から顔を出した。
「誰だ掲示板なんか載せようって言ったの!」
店員が答える。
「店長でしょ!」
「そうだった!」
忙しそうだ。
でも嬉しそうでもあった。
しばらくして席へ。
鶏肉と香草の煮込み。
最後の四皿だった。
「危なかった」
ロイドが食べる。
「うま」
エナも。
「美味しい」
バルクはもう半分食べている。
俺も一口。
「……うまい」
ステータス画面を開く。
【銀鹿亭 昼限定 鶏肉と香草の煮込み】
♥ 183。
朝より増えてる。
押す。
184。
返信も増えていた。
『食べた。うまかった』
『今から行く』
『もう混んでる』
『あと少しらしい』
『売り切れた』
「…………」
最後の返信を見る。
俺たちの皿を見る。
「本当に最後だったんだ」
「運いいな」
ロイドは気にせず食べていた。
午後。
ギルドへ戻って報告。
薬草を渡す。
報酬を受け取る。
少ない。
Fランクなので。
でも今日はちゃんと仕事した。
「じゃあ俺、寄るところあるから」
「どこ?」
「雑貨屋」
「何買うんだ?」
「紙」
「紙?」
「半額」
ロイドが笑った。
「お前も完全に使ってんな」
「何を?」
「掲示板」
「…………」
確かに。
「便利だからね」
「お前が作ったんだろ」
「そうだった」
ハル爺雑貨店。
店の前まで来る。
嫌な予感。
人が多い。
「まさか」
入る。
「紙あります?」
「ない!」
奥から声が返ってきた。
「ええ!?」
「昼過ぎに全部売れた!」
店主らしい老人が棚を指す。
空っぽ。
「半額だったのに……」
「だから売れたんだよ!」
「一束も?」
「ない!」
遅かった。
「書き棒ならあるぞ」
「それは安くなってないんでしょ?」
「ならん!」
朝の返信と同じだ。
俺は何も買わず店を出た。
その頃。
商人ギルド。
セドリックの前に報告が並んでいた。
「銀鹿亭、昼限定料理完売」
「はい」
「ハル爺雑貨店、紙束完売」
「はい」
「南門薬屋、回復薬の売上増加」
「はい」
年配の男が紙を見る。
「全部、今日か」
「今日です」
「掲示板の《お店の情報》に載せた店だな」
「はい」
セドリックが別の紙を出す。
「もちろん、掲示板だけが理由とは限りません」
「ああ」
「半額なら、元々売れた可能性があります。銀鹿亭も人気店です」
「分かっている」
男は椅子へ深く座った。
「だが」
少し考える。
「客が、店へ行く前に商品を知るようになった」
セドリックが頷いた。
「はい」
「店の前を通らなくても」
「はい」
「街の反対側にいても」
「ステータス画面があれば」
男は黙った。
机の上。
いくつもの店の記録。
その横には、掲示板を見て来店した客の数。
「……もう少し調べよう」
「はい」
「それと」
男が《お店の情報》を開く。
パン。
薬。
宿。
武器。
料理。
雑貨。
たくさんの投稿。
「店主たちにも聞いておけ」
「何をでしょう」
「これを使っていて、不便なことはないか」
セドリックが紙を取る。
「分かりました」
夕方。
俺は部屋でステータス画面を見ていた。
【お店の情報】
新しい投稿。
【ハル爺雑貨店】
『紙は全部売れた。明日はない』
♥ 96。
返信。
『買えなかった』
『俺も』
『もっと仕入れて』
『半額ならまた買う』
俺も返信する。
『俺も買えなかった』
投稿。
すぐに返事が付いた。
『朝行け』
「…………」
正論だった。
俺は画面を閉じた。
明日は早く行こう。




