第13話 ハートを押せるようにしました
第13話 ハートを押せるようにしました
翌朝。
ギルドへ行くと、ロイドがいた。
「おはよう」
「おう」
ロイドは朝から掲示板を見ていた。
エナとバルクはいない。
「二人は?」
「依頼見てる」
「ロイドは?」
「俺はこれ」
画面をこっちへ向ける。
【西街道の石橋、通行できません】
昨日のやつだった。
崩れた石橋。
増水した川。
投稿した人の名前も出ている。
「まだ気になってるの?」
「いや。気になるっていうか」
ロイドが画面を指で動かす。
「やっぱ礼くらい言っとこうと思ってな」
「会ったことないんだよね?」
「ない」
当然、《知り合い》にもいない。
メールは送れない。
「掲示板のところで、そのまま返事できればいいんだけどな」
「うん」
「無理ならいいぞ」
「いや」
俺も自分のステータス画面を開いた。
昨日、飯を食いながら少し考えた。
それほど難しくない。
掲示板の投稿に、その投稿についての文章を付けられるようにする。
新しく投稿するんじゃない。
元の投稿の下に付ける。
「たぶんできる」
「早いな」
「昨日から考えてたから」
《付与》を開く。
今回は少し文章が長くなりそうなので、書く。
『《掲示板》の各投稿に対して、その投稿を見たステータス画面所有者が文章で返事を書けるようにする。返事は元の投稿に付いた状態で表示する』
少し待つ。
ピコン♪
【《掲示板》の機能を変更します】
【各投稿に《返信》を追加します】
【ステータス画面所有者は、掲示板の投稿に対して返信できます】
【承認しますか?】
俺は《承認》を押した。
ピコン♪
ギルドの中で、一斉に音が鳴った。
「お?」
「また何か増えたぞ」
「ユウトか?」
「たぶんユウトだろ」
最近、俺が何かしたとすぐバレる。
まあ、俺しかできないんだけど。
ロイドの画面にも表示が出た。
【《掲示板》に《返信》が追加されました】
「これか」
「うん」
ロイドが橋の投稿を開く。
下に新しく《返信》がある。
押す。
文字を入力する。
『助かった。あの橋を使う予定だった。ありがとう』
投稿。
元の投稿の下に、ロイドの文章が表示された。
「おお」
「これなら、同じ話で別の投稿を作らなくていいでしょ」
「いいな」
ロイドは少し眺めていた。
それから。
「でもさ」
「うん?」
「毎回これ書くのも面倒だな」
「…………」
「いや、礼を言いたい時はいいんだぞ」
ロイドが自分の返信を見る。
「でも、役に立ったとか、いい情報だったとか。それくらいの時」
「ああ」
「わざわざ文章にしなくても、何か印だけ付けられないか?」
「できるよ」
「早いな」
「それはすぐ分かる」
「何?」
俺は指で空中に形を描いた。
丸く二つ。
下を尖らせる。
「ハート」
「……ハート?」
「この形」
「それを付けるのか?」
「うん。一回押したら一個増える」
「何の意味なんだ?」
「ありがとうとか」
「うん」
「役に立ったとか」
「うん」
「いいと思ったとか」
「増えてないか?」
「まあ、だいたい好意的な意味」
「だいたいなのか」
いいんだよ。
こういうのは。
俺は再び《付与》を開いた。
『《掲示板》の投稿にハート形の印を追加する。ステータス画面所有者は一つの投稿につき一回押すことができ、押された数を表示する』
ピコン♪
【《掲示板》の機能を変更します】
【各投稿に《♡》を追加します】
【一人につき、一つの投稿へ一回押すことができます】
【承認しますか?】
「承認」
押した。
ピコン♪
またギルド中で音が鳴った。
「またか!」
「今度はなんだ?」
「ハート?」
「なんだこれ」
ロイドの画面にも♡が現れた。
例の橋の投稿。
【西街道の石橋、通行できません】
♡ 0
「押してみて」
「これか?」
ロイドが♡に触れた。
♡が塗りつぶされる。
♥ 1
「お」
「一個増えた」
「これだけ?」
「これだけ」
「いいじゃん」
軽いな。
でも、それくらいでいいのかもしれない。
ロイドが少し笑った。
「これなら押すわ」
その横からエナが戻ってきた。
「何してるの?」
「新しいの増えたぞ」
「また?」
エナも橋の投稿を見る。
「ああ、昨日の」
♥を押した。
2。
バルクも来た。
「俺も助かったからな」
3。
俺も押した。
4。
それから俺たちは、それぞれ別のことを始めた。
十分後。
「ユウト」
ミリアに呼ばれた。
「はい」
「これ、もう使われてますよ」
「橋?」
「いえ」
ミリアが画面をこっちへ向けた。
【東の丘から見た朝焼け】
《景色記録》
赤く染まった空。
遠くに街の城壁。
♥ 18
「……早いね」
「綺麗ですからね」
ミリアも押した。
19。
「ミリアさんも押すんだ」
「綺麗なものは綺麗です」
まあ、そうだけど。
少し下。
【昨日買った剣】
新品らしい剣が机に置かれている。
♥ 11
さらに下。
【うちの猫】
白い猫が窓辺で丸くなっていた。
♥ 32
「猫、橋より多いな」
「橋はまだ四ですからね」
「橋は役に立つんだけど」
「猫はかわいいですから」
「そういうもの?」
「そういうものです」
俺も猫を見た。
かわいい。
押した。
33。
「押すんですね」
「……かわいいから」
しばらくすると、返信の方も増え始めた。
【北の薬草採取地、今日は雨】
『足元かなり滑ります。行く人は注意』
♥ 16
返信。
『助かった。午後から行く予定だった』
『南側から入ると少し歩きやすい』
『長靴あると楽』
ちゃんと使われてる。
別の投稿。
【西街道の石橋、通行できません】
♥ 21
昨日は情報だけだった。
今はその下に、
『情報ありがとう』
『今日使う予定だった』
『復旧はいつ頃?』
『さっき見てきた。まだ無理そう』
返信が並んでいる。
ロイドがそれを見ていた。
「俺だけじゃなかったんだな」
「何が?」
「この橋に助けられた奴」
「ああ」
21。
昨日の朝、誰かが一つ投稿した。
それを見て、少なくともこれだけの人が何か思った。
昨日までは分からなかっただけだ。
昼前。
掲示板はさらに騒がしくなっていた。
【今日の昼飯】
肉と豆の煮込み。
♥ 27
【見てくれ! 剣が折れた!】
真ん中から見事に折れた剣。
♥ 41
返信。
『何したんだよ』
『オーガ』
『そりゃ折れる』
『鍛冶屋持ってけ』
【初めてゴブリン倒した】
若い冒険者が、少し離れたところに倒れているゴブリンと一緒に記録されている。
♥ 64
返信。
『おめでとう』
『次も油断すんなよ』
『最初の一体は覚えてるよな』
これは、なんかいいな。
俺もハートを押した。
65。
その下。
【酒場で珍しい酒見つけた】
♥ 83
「……多いな」
酒だからか。
さらに下。
【うちの犬】
♥ 107
「犬も強い」
「何と戦ってるんですか?」
ミリアが書類を持ったまま言った。
「猫」
「戦わせないでください」
はい。
昼。
仕事が一段落したところで、俺はギルドを出た。
腹が減った。
何を食べよう。
ステータス画面を開く。
立ち止まって。
歩きステータスはしない。
掲示板を少し見る。
食べ物の投稿でもないかな。
「あ」
一つ見つけた。
【今日の昼、新しいパンを焼きます】
『蜂蜜と木の実を使ってみました。昼頃に焼き上がります』
《景色記録》
丸いパン。
表面には細かく砕いた木の実。
少し照りがある。
見覚えのある店だった。
ギルドの向かい。
最初に一般人としてステータス画面をもらいに来た、あのパン屋。
♥ 48
「……うまそう」
俺も押した。
49。
店へ行く。
いつもより人がいた。
「いらっしゃ――おお、ユウト!」
「掲示板見て来ました」
「お前もか!」
店主が笑った。
棚には例のパン。
残りはあまり多くない。
「朝に試しで載せてみたんだよ。そしたら『掲示板見た』って客が来る来る」
「そんなに?」
「ほら、そこの兄ちゃんも」
冒険者らしい男がパンを二つ持っている。
「俺も見たぞ」
その後ろの女性も手を上げた。
「私も」
「……すご」
「景色が見えるのがいいな。どんなパンか分かるだろ?」
店主が嬉しそうに言う。
「これ、便利だなあ」
俺はパンを一つ買った。
まだ温かい。
一口。
蜂蜜の甘さ。
木の実が少し香ばしい。
「うまい」
「だろ?」
俺は自分の画面を開いた。
さっきの投稿。
♥ 63。
もう増えてる。
俺のハートは押してある。
なんとなく、もう一回押してみた。
変わらない。
一人一回。
ちゃんと動いてる。
「そういえば」
店主が言った。
「朝からいろいろ聞かれてるんだよ」
「何を?」
「掲示板に載せた時間とか、何人くらい客が増えたとか」
「誰に?」
店主が店の隅を指した。
一人の男がいた。
冒険者ではなさそうだった。
剣も鎧もない。
きちんとした服。
手には紙と筆。
男は別の店員と話している。
「朝の投稿は鐘が鳴る前ですか?」
「はい」
「《景色記録》を付けたのは?」
「店主です」
「昨日までと比べて、昼までの客数はどの程度増えました?」
何か書いている。
「……誰?」
「商人ギルドの人だよ」
「商人ギルド?」
「ああ」
店主がパンを並べ直す。
「掲示板が使われ始めてから、いろんな店を回ってるらしいぞ」
「いつから?」
「何日か前からじゃないか?」
「…………もう?」
男がこちらを見た。
目が合う。
軽く頭を下げてから、こっちへ来た。
「失礼。ユウトさんですね?」
「はい」
「お名前は伺っています」
男は俺の持っているパンを見た。
それから店内の客を見る。
「掲示板を見て来られたのですか?」
「そうですけど」
「なるほど」
また紙に何か書いた。
「他の店も調べてるんですか?」
「ええ。パン屋、薬屋、鍛冶屋、宿屋。まだ数は多くありませんが」
「早くないですか?」
男は少しだけ首を傾けた。
「そうでしょうか」
そして普通に言った。
「商売に関わることですから」
俺はパンを食べた。
まだ温かかった。




