第11話 歩きステータスはお控えください
――ピコン♪
朝から鳴った。
ユウトはパンをかじりながら、ステータス画面を開く。
【掲示板・新規投稿】
【東の丘から見た朝焼け】
《景色記録》
「おお」
綺麗だった。
遠くに街の城壁が見える。
その向こう。
まだ薄暗い空が赤く染まっている。
「こういうのもいいな」
パンをもう一口。
次。
【昨日倒したオーガ】
《景色記録》
「でか」
次。
【新しい剣を買った】
《景色記録》
「へえ」
黒い鞘。
柄に青い石が埋め込まれている。
ちょっと格好いい。
次。
【この女性冒険者と知り合いになりました】
「…………」
開く。
《景色記録》
金色の髪を後ろで束ねた女性冒険者。
革鎧。
腰に細身の剣。
本人もこちらを見て笑っている。
その下に文章。
『昨日、護衛依頼で一緒になった。Bランクらしい』
「自慢か」
たぶん自慢だ。
次。
【うちの猫】
《景色記録》
「猫いるんだ」
次。
【南通りの串焼き】
《景色記録》
「うまそう」
ユウトは歩いていた。
ギルドへ向かって。
パンを食べながら。
掲示板を見ながら。
指を動かす。
次。
【昨日のドラゴン見た奴いる?】
「ドラゴン?」
開こうとした。
「危ねえ!!」
「え?」
顔を上げた。
馬。
近い。
「うわっ!」
ユウトは慌てて後ろへ飛んだ。
馬が鼻息を荒くして止まる。
荷台が大きく揺れた。
「何やってんだ!」
御者が叫んだ。
「す、すみません!」
「急に前に出てくるな!」
「はい!」
「朝から空中見ながら歩きやがって!」
「…………」
御者がまだ何か言っている。
ユウトは頭を下げた。
「本当にすみません」
「気をつけろよ!」
「はい」
馬車が動き出す。
ユウトは道の端に立った。
少し待った。
ステータス画面を見る。
【昨日のドラゴン見た奴いる?】
まだ開いていない。
「…………」
閉じた。
昨日。
自分で言った。
危ないな、これ。
「俺じゃん」
パンだけ持って歩いた。
◇
「ということがありまして」
「馬車に?」
「はい」
「轢かれそうになった?」
「はい」
「ユウトさんが?」
「……はい」
ミリアは受付台の向こうからユウトを見ていた。
何も言わない。
「何ですか」
「いえ」
「言ってくださいよ」
「昨日、危ないって言ってませんでした?」
「言いました」
「それで今日やったんですか?」
「やりました」
「そうですか」
「すみません」
ミリアが仕事へ戻った。
「終わり?」
「無事だったなら」
「もう少し心配してくださいよ」
「心配してます」
紙を一枚取る。
「でも」
ミリアが顔を上げた。
「最近多いですよ」
「何が?」
「歩きながらステータス画面を見ている人です」
「ああ……」
「昨日もギルドの入口で二人ぶつかってました」
「マジですか」
「まじ?」
「いや、こっちの話です」
ミリアが紙に何か書く。
「一般の方にも広がりましたからね」
「掲示板もできたし」
「見るものが増えました」
「ですよね」
ユウトは受付の横へ移動した。
ギルドの中を見る。
いた。
冒険者が一人、何もない空中を見ている。
指を動かしている。
その横を別の冒険者が通った。
少し避ける。
何をしているかは分からない。
ただ空中を見ているようにしか見えない。
「これ」
「はい?」
「画面が見えないのも良くないですね」
「他の人から?」
「はい」
ユウトは自分のステータス画面を開く。
もちろんミリアには見えない。
「今、俺が画面開いてるの分かります?」
「指を動かしているので」
「それだけですよね」
「そうですね」
「だったら」
ユウトは少し考えた。
「見えるようにしちゃうか」
「何がです?」
「ステータス画面」
ミリアの手が止まる。
「他の人にも?」
「はい」
「内容も?」
「もちろん」
「もちろんなんですか?」
「だって」
ユウトは何もない空中へ手を向けた。
「これ見てくださいって、そのまま見せられた方が便利じゃないですか」
「ああ」
ミリアが頷いた。
「今は同じものを見るなら、それぞれ自分の画面で開かないといけませんからね」
「そうなんですよ」
ユウトは入力を始める。
『ステータス画面を開いている間、その画面と表示されている内容が周囲の人からも見えるようにする』
少し考える。
『操作できるのは、そのステータス画面の所有者本人だけ』
表示が出た。
【《ステータス画面》の基本仕様を変更します】
【ステータス画面使用中、画面および表示内容が周囲から確認できるようになります】
【操作権限は所有者本人に限定されます】
【承認しますか?】
「これでいいかな」
「見せてください」
「まだ見えません」
「あ」
「変更したら見えます」
「そうでした」
ユウトが承認する。
――ピコン♪
ギルド中で鳴った。
――ピコン♪
――ピコン♪
外からも聞こえる。
「また何か来たぞ」
「仕様変更?」
「なんだ?」
ユウトの前。
半透明のステータス画面が浮かんでいた。
ミリアが目を丸くする。
「見えます」
「おお」
「本当に見えます」
「俺の名前も?」
「ユウト。Fランク」
「そこ読まなくていいです」
「Fランク」
「二回言わなくていいです」
近くにいた冒険者もこちらを見る。
「あれ?」
「お前の画面見えてるぞ」
「お前のもだ」
あちこちで半透明の画面が浮かぶ。
「うわ」
「これがステータス画面か」
「他人の初めて見た」
「おい、ちょっとこれ見てくれ」
一人の冒険者が画面を仲間へ向けた。
「昨日のダンジョンの投稿」
「ああ、これか」
「景色の三枚目見ろよ」
「でけえ入口だな」
ユウトはそれを見た。
「いいじゃん」
「便利ですね」
ミリアも自分の画面を開いた。
ユウトにも見える。
「おお」
「何です?」
「ミリアさんの画面初めて見た」
「そうですね」
「知り合い多いですね」
「見ないでください」
「見えるようにしたの俺なんだけど」
「だからといって覗かないでください」
「はい」
ミリアは画面を閉じた。
「それと」
「はい」
「もう一つ必要じゃないですか?」
「何です?」
「馬車」
「あ」
ユウトは少し考えた。
これは機能じゃなくていい。
注意でいい。
「お知らせ出します?」
「出せるんですか?」
「仕様変更のお知らせと一緒なら」
ユウトは文章を追加した。
短く。
【お知らせ】
【歩きながらステータス画面を使用すると、周囲の人や馬車などと衝突する危険があります】
【歩きステータスはお控えください】
「歩きステータス?」
ミリアが読んだ。
「分かりやすくないですか?」
「まあ……」
近くの冒険者が笑った。
「歩きステータスだってよ」
「お前昨日やってたじゃん」
「お前もだろ」
ユウトは黙っていた。
「ユウトさん?」
「はい」
「今日やったんですよね?」
「…………」
「歩きステータス」
「今日からやめます」
「今日から」
「はい」
◇
それから数日。
掲示板は増えた。
かなり増えた。
ユウトは椅子に座って眺めていた。
【迷いの森・新ダンジョン調査開始】
これは真面目。
【西街道でゴブリン五体確認】
これも大事。
【北の橋、荷馬車通れません】
「こういうの助かるな」
次。
【この女性冒険者と知り合いになりました】
「またか」
《景色記録》
今度は赤髪の女性。
大きな斧を背負っている。
本人は笑いながら手を上げていた。
『Cランク。今日一緒に依頼やった』
「だから何で報告するんだよ」
次。
【うちのパーティのエルフ】
《景色記録》
エルフの女性が嫌そうな顔をしている。
「これ本人いいのか?」
次。
【酒場のお姉さんかわいい】
「…………」
ユウトの指が止まった。
開く。
《景色記録》
酒場。
木の卓。
ジョッキ。
料理を運んでいる女性。
どう見ても仕事中だった。
「とうとう来たな」
次。
【東支部の受付にめちゃくちゃ好きな人がいる】
「…………」
開く。
受付台。
その向こうに座っている女性。
書類を書いている。
『毎日この人に依頼報告するために頑張ってる』
「知らんがな」
次。
【この肉料理すごい】
《景色記録》
「うまそう」
次。
【見てくれ! 剣が折れた!】
《景色記録》
「嬉しそうに載せるなよ」
次。
【夕焼け】
《景色記録》
「…………」
綺麗だった。
山の向こう。
赤い空。
街道を歩く旅人の影。
「これが一番景色記録してるな」
ユウトは少し笑った。
――ピコン♪
新しい投稿。
【さっきの酒場のお姉さん】
「ん?」
開く。
『どこの酒場?』
「…………」
コメント欄はない。
だから新しい投稿になっている。
――ピコン♪
【酒場のお姉さんの場所】
『南通りの銀鹿亭だと思う』
――ピコン♪
【銀鹿亭のお姉さん】
『俺も知ってる』
――ピコン♪
【銀鹿亭】
『飯もうまいぞ』
「待て待て待て」
ユウトが起き上がった。
掲示板の上の方が銀鹿亭で埋まっていく。
「そうなるの?」
ミリアが横を通った。
「何がです?」
「これ」
ユウトはステータス画面をミリアへ向けた。
もう見える。
ミリアが立ち止まる。
【銀鹿亭のお姉さん】
【銀鹿亭】
【さっきの酒場のお姉さん】
【酒場のお姉さんの場所】
「…………」
「掲示板なんだから、同じ話のところに書けると思ってました」
「そういう機能ありませんよ」
「ありませんね」
「俺、付けてませんもん」
「付けてませんね」
二人で少し見た。
――ピコン♪
【銀鹿亭について】
『酒なら黒麦酒がおすすめ』
ユウトは椅子にもたれた。
「ダンジョンの場所を知らせるために作ったんだけどなあ」
「便利に使われていますね」
「これを便利って言っていいのかな」
ミリアは仕事へ戻った。
ユウトは掲示板を見る。
新しい投稿。
【銀鹿亭のお姉さんについて】
その題名を見て。
「……一つの投稿に、そのまま返事できるようにした方がいいか」
指を止めた。
「まあ」
今日はいいか。
――ピコン♪
また銀鹿亭の投稿が増えた。




