第4話 竜が倒れる理由を、誰も知らない
竜騎士団の野営地は、村から東に半日歩いた街道沿いにあった。
遠目に見ても、様子がおかしいのは分かった。
天幕が整然と並び、騎士たちの装備は磨かれている。規律は保たれている。でも、空が静かすぎた。
本来ここには竜がいる。翼を広げ、上昇気流を捕まえ、哨戒飛行を繰り返すはずの——王国最精鋭の軍用竜が。
地面にいた。
街道の脇の広い草地に、十頭以上の竜が横たわっている。体長は小さいもので馬三頭分、大きいものはその倍近い。鱗の色はそれぞれ違うが、どれも艶がない。目を開けているが、焦点が合っていない。尾が、力なく地面を叩いている。
「……多いな」
俺——レインは思わず呟いた。
「十三頭です」
隣を歩くシアが、すでに手帳を取り出していた。さすがだ。
「私が情報を集めてきた限りでは、二週間前から食欲が落ち始め、一週間前から飛べなくなった個体が出始めました。現在、飛行可能なのは三頭のみ。竜騎士団として機能できていない状態です」
「宮廷の治癒師は何をしている?」
「治療を試みているようですが、効果が出ていないと」
フェンが俺の隣を歩きながら、鼻をひくつかせた。その目が、竜たちを一頭ずつ確認するように動いていた。
こいつも何かを感じ取っているらしい。
「竜の匂いは、嫌じゃないか」
フェンは俺を一瞥して、また前を向いた。
嫌じゃない、という解釈にしておく。
野営地の入口で、騎士に呼び止められた。
「何者だ。ここは一般人立入禁止——」
「治癒魔法師のシア・アルヴィンです。動物の治療について知見を持つ同行者を連れてまいりました」
シアの言い方はよどみなかった。三年間、医術院で提案書を出し続けてきた人間の、慣れた口調だと思った。
騎士は俺を頭からつま先まで見た。テイマーの格好をした、どう見ても場違いな青年。その後ろには灰色の魔狼。
「……動物の治療、とは」
「竜の診察ができる者です」と俺は言った。
できるかどうかはまだ分からないが、診てみなければ始まらない。これは本当のことだ。
騎士はしばらく俺を見た。それから苦い顔で言った。
「団長に確認を取る。待て」
待っている間、俺は遠目に竜たちを観察した。
一頭、こちらを向いた竜と目が合った。
体長は馬四頭分ほどの中型個体。青みがかった灰色の鱗。目は金色で、意志がある目だ。ぐったりしているが、意識はある。
その竜が、ゆっくりと首を持ち上げた。
それだけの動作で、全身に力が入っているのが分かった。痛い、というより、重い。体が重くて動かせない、そういう状態に見えた。
「……お前が一番マシそうだな」
竜は低く唸った。怒っているのではなく、たぶん返事をしたのだ。
「シア」
「はい」
「あの青灰色の個体、最初に診させてくれ」
「理由は?」
「一番状態がいい。診察に協力できる余力がある。何が起きているかを読むには、まず一番マシな患者から入る方がいい」
シアはそれを素早く手帳に書いた。
「……『診断は状態の良い個体から』。メモしました」
「そんなにメモするものか?それ・・・」
「全部メモします」
シアは当然のように言った。
「あなたの行動には全て根拠がある。現場での判断の順序も記録しておきたいんです」
返す言葉がなかった。
……記録官に向いてるな、この人。
団長の許可が出たのは、それから少ししてからだった。
案内されたのは野営地の中心にある大型天幕の前だ。中から、二人の人間が出てきた。
一人は年配の騎士。白髪交じりの顎髭、背筋の伸びた立ち姿。竜騎士団の団長、エルヴィン・ヴァルクだと名乗った。目が疲れている。この二週間、ずっとここにいるのだろう。
もう一人。
四十代ほどの男で、白と金の豪華な法衣を着ていた。腰には高価そうな魔道具が並んでいる。胸に紋章。王都の医術院の正規派遣——宮廷治癒師のマルクスだと名乗った。
マルクスは俺を見て、一瞬だけ眉を動かした。
「……テイマーですか」
「はい」
「動物の、治療ができると」
「竜は初めてですが」
マルクスの表情が微妙に変わった。
「竜は初めて。では根拠は?」
「診てみないと分かりません」
「……」
マルクスは一度、エルヴィン団長を見た。それから俺に向き直った。声は穏やかだが、目が穏やかではなかった。
「私はすでに二週間、治療を試みています。王都最高峰の治癒魔法術式を用いて——」
「症状は改善しましたか?」
静かに聞いた。責めているのではない。確認だ。
マルクスは黙った。
「していません」とエルヴィン団長が代わりに言った。「竜たちの状態は、じりじりと悪化している」
マルクスが何かを言いかけた。でも口を閉じた。
「診させてください」と俺は団長に言った。「原因が分かるかどうかは約束できません。でも、確かめることはできます」
エルヴィン団長は少し考えた。疲れた目で、竜たちを見た。
「頼む」




