黄金の収穫と、聖杯の祈り
村の入り口に、ガタガタと音を立てて一台の馬車が止まった。
中から転がり出るように降りてきたのは、痩せこけ、泥にまみれた数人の農民たちだった。
「アヴァン様……! 公爵家の次男様を討ち果たされたという噂を聞き、一縷の望みを懸けて参りました!」
彼らは隣接する領地の農民代表だった。公爵家による戦費調達のための「八割増税」により、植え付けのための種籾さえ奪われ、村が全滅寸前なのだという。
「……八割。それでは、冬を越すどころか、今日食べるものもないじゃないか」
アヴァンの胸に、カイルを喰らった時のどす黒い怒りが再燃しかける。
だが、農民が差し出したボロボロの袋を見て、その怒りは「使命感」へと変わった。
「これは、村に代々伝わる『千年の大麦』の種です……。公爵家の役人に見つからぬよう、赤子の産着の中に隠して守り抜きました。ですが、今の私たちの土地は呪われたように枯れ果て、何を植えても芽が出ないのです……!」
アヴァンはその種籾を手に取った。
微かに、だが確かに感じる。この種には、何世代にもわたる農民たちの「生きたい」という強い執念が宿っている。
「バルト。この種なら、ボクの力で……」
「ええ。坊ちゃまの『聖杯』は、死を喰らうだけではありません。……満ち溢れた霊力を、生へと還元なさいませ」
【内政スキル:聖杯の慈雨発動】
アヴァンは村の中央にある広大な耕作地に立った。
カイルから奪い、持て余していた強大な魔力を、破壊ではなく「豊穣」のイメージへと変換する。
(……黒い熱よ、黄金の光に変われ。母様が見せてくれた、あのひまわり畑のように――)
アヴァンの右手の紋章が、かつてないほど清らかな白銀の光を放った。
空に向かって放たれた光は、優しい雨となって耕作地へと降り注ぐ。
【領地ステータス:奇跡の開墾】
土壌状態: 霊力汚染(浄化) → 神域の肥沃度へ
成長速度: 300倍(霊力供給による超高速農耕)
目を見張る光景だった。
土を割って緑の芽が吹き出し、一瞬にして黄金色の穂が頭を垂れる。
通常なら数ヶ月かかる収穫が、わずか数分で完了したのだ。
「おおぉ……! 神様、ナリア様……!」
農民たちはその場に泣き崩れ、黄金の麦を抱きしめた。
その瞬間、アヴァンの視界に、カイルの残滓ではない、清々しい通知が浮かぶ。
【聖杯の浄化:完了】
状態: 【魔力汚染】が消滅。民の感謝により「聖属性」の霊力が安定。
SP最大値: 2500 → 3000
称号: 廃村の救世主(民衆の支持率:上昇)
「……よかった。バルト、ボク、間違ってなかったよね」
アヴァンは少しふらつきながらも、穏やかな笑みを浮かべた。
内面にいた暗い獣が、農民たちの歓喜の声に浄化され、眠りについたのを感じた。
「ええ、坊ちゃま。これぞ真の王道。……ですが、この黄金の輝きは、公爵家にとって何よりの『反逆の狼煙』となります。……飢えた狼どもが、この実りを奪いにやってくるでしょう」
バルトの予言を裏付けるように、村の防壁を任せている獣人の戦士たちが、鋭い口笛で合図を送った。
「アヴァン様! 街道から、武装した『収税使節団』が接近中! ……カイル様の失踪を不審に思った本家からの、直接の調査員です!」
平和な収穫祭の空気は、一瞬にして戦慄へと塗り替えられた。




