廃村の夜明けと、ナリアの面影
戦闘の翌朝、泥のような眠りから覚めたボクの鼻を突いたのは、懐かしい香水の匂いだった。
「……リーニャ?」
寝ぼけ眼で呟いたボクの横で、バルトが静かに窓を開けていた。彼の指先には、一羽の伝書鳥が止まっている。
「いいえ、坊ちゃま。彼女からの便りです。……昨晩の戦い、お見事でしたな。ですが、あなたの『器』はまだ生まれたての雛のようなもの。霊体の負荷に耐えきれず、眠っている間も拒絶反応でうなされておいででした」
バルトは窓の外の荒れ果てた庭を見つめながら、独り言のように続けた。
「かつて……ナリア様が仰いました。『この子がもし、何も持たずに生まれたなら、それは世界中の悲しみを受け止めるための、空っぽの器なのよ』と」
「母様が……?」
母、ナリア。ボクを庇うようにして亡くなった、優しくて儚い人。
父様たちは彼女を「魔力の弱かった女」と蔑んでいたけれど、バルトだけは彼女を心から敬っていた。
「左様。アグニール公爵家は力を『燃やす』ことしか知らぬ。ですが、ナリア様だけは、あなたの『無才』という名の『純真』を見抜いておられた。……ハンス殿やリリ嬢があなたに惹かれたのは、あなたが彼らを『武器』としてではなく、『魂』として抱きしめたからです」
バルトの言葉が、胸に染み渡る。ボクの右手の紋章は、戦いの時よりは少しだけ色を取り戻していたけれど、依然として薄い。
「さて、感傷に浸る時間はここまでですな。リーニャ嬢から、少々物騒な……いえ、実に彼女らしい『お見舞い』が届いておりますぞ」
バルトが鳥の足から外した小さな筒の中には、一枚の手紙と、一つの古びた銀の香炉が入っていた。
【リーニャからの手紙】
『アヴァン! ちゃんと生きてる!?
あの偏屈なバルトのことだから、あんたを扱き使ってるんじゃないかって心配で寝らんないわよ!
これ、公爵家の「開かずの蔵」からこっそり拝借してきたの。
母様(ナリア様)が昔使ってた「霊力の香炉」だって、うちの父ちゃんが言ってたわ。
これを使うと、なんかすごい力が回復するらしいわよ! バレたらアタシの首が飛ぶけど、あんたがのたれ死ぬよりはマシでしょ!
……また美味しいもの作ってあげるから、絶対、生きててよね!』
「……あいつ、なんて無茶を」
ボクは苦笑しながら、その香炉を手に取った。
触れた瞬間、どこか懐かしい、ナリア母様の温もりを感じる。
「くく……相変わらず肝の座ったお嬢さんだ。坊ちゃま、これこそ『霊力(SP)』の自然回復を劇的に高める秘宝。今のあなたには、何よりの助けとなるでしょう」
バルトが香炉に火を灯すと、紫色の煙がゆらりと立ち上り、ボクの右手の紋章を包み込んだ。
【ステータス更新:特殊環境】
状態: 聖母の加護(霊力回復速度:10倍)
契約霊体: ・ハンス:耐久度 85%(回復中……)
・リリ:90%(回復中……)
『……あぁ、こりゃあ気持ちいいぜ。小僧の母ちゃんには感謝しねぇとな』
『……ふん、公爵家の蔵にあったものなんて癪だけど……でも、少しだけ体が軽くなった気がするわ。……ありがと。その、リーニャっていう子にもね』
脳内の二人も、ようやく落ち着いたようだ。
ボクは香炉から漂う煙を見つめながら、改めて誓った。
「母様、リーニャ……。ボク、この力を無駄にしないよ」
廃村に、初めて希望の光が差し込んだような気がした。




