第一章9 「作戦②」
静かな部屋。
壁には松明が立てかけられており、部屋全体を照らしている。
中央にはおしゃれなテーブルが置かれ、部屋に整然とした印象を与えていた。
今まで真っ暗な檻の中に居たからこういうところにいると安心感がある。
それでも
「うーん、暇」
檻の中にいた時はリアナが話し相手になってくれたが、ここには誰もいない。
壁や天井の亀裂の数を数えたり、地面に散らばる砂粒を数えたりしてみたが、それでも時間が進んでいるような気配はない。
私は、どうすればいいのだろう。
リアナは作戦〜とかなんとか言って、どこかへ行ってしまった。
その作戦が何なのかは、分からない。
ただ、一緒にここから脱獄するためのものだということだけは分かっている。
問題は私のことを勇者がどうとか言って、何やら準備をしている変な見張りさんだ。こっちは、本当に何を考えているのか分からない。
ご飯を食べさせてくれそうだったし、良い人だとは思うんだけど…。
「勇者様、失礼致します。ヴァゼル様より遣わされました。ミスレアと申します」
「ひゃっ!」
ーーびっくりした…
声がした方向を振り向くと、扉の前にメイド服?のような物を着た緑髪の女の子が立っていた。10代半ばくらいの顔つきと背丈だが、喋り方が大人っぽい。
「よろしくね、ミスレアさん」
「さん付けは不要です、勇者様。私はあなたの護衛を任された身、雑にお使いください」
「あ、はい」
ヴァゼルと似た雰囲気を感じる。
この喋り方といい、表情といい。
って言うか護衛…?
私よりも幼そうなこの子が?
「勇者様、今失礼なこと考えませんでした?」
ミスレアは真顔でこちらを見ている。
まさか、心でも読めるというのだろうか?
「………え? そ、そ、ソンナコトナイデスヨ」
「私、心が読めるので嘘は通じませんよ」
心が…読める!? 本当に!? 何それ凄い!
「え! それって魔法みたいなもの? すごい!」
「もちろん嘘です」
「あ…はい」
ですよね…。
なんとなく、恥ずかしくて、私は視線を逸らした。
「…………」
ミスレアからの視線が熱い。
凄く見られてるって感じが……。
そんなに見られると恥ずかしいんだけど。
「あの、何か付いてます?」
「いえ、ただ気になっただけです」
「え? 何が?」
「勇者様のことが、ですよ」
まさかこれって告白みたいなもの?
女の子から告白されるなんて少し照れちゃう…。
「え! そうなの…えーと…その、ちょっとまだ気持ちの整理が…」
「…何を勘違いしてるんですか。勇者様がどんな人なのか気になったって話です」
「あ、はい」
「ヴァゼル様からはある程度勇者様のことをお聞きしておりましたが、なんというか、騙されやすそうな人ですね」
ーー騙されやすそうな人……
「ヴァゼルさんは私のことなんて言ってたんですか?」
「それは……」
ミスレアが言葉を止めた。
そして、少しだけ困ったように眉を寄せる。
「実際にお会いしてから判断するように、と。そう聞いております」
ーー?
変な言い方だ。
でも、私自身の事なんて私にもわからない。
だったら聞かれても困るだけだ。
そして、ミスレアもそれ以上は聞いてこなかった。
ミスレアは先ほどまでの真顔のまま、少しだけ姿勢を正した。
「では、改めて一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「勇者様は召喚される前はどこにいたのでしょうか?」
ーー?
「えーと、召喚?」
「…聞かされておりませんでしたか? 勇者様は魔王を殺すため、いえ、戦争の道具としてこの世界に召喚されました。そして、私は召喚される前の勇者様はどんな所にいたのか?と。質問しました。私の説明が不足しておりました。申し訳ございません」
淡々と答えるミスレア。
………?
「魔王…戦争の道具…召喚…? ちょっと待って!何を言ってるんですか?」
と、尋ねてみたが
「…….…………」
帰ってきたのは長い沈黙だった。
「ミスレア?」
「………」
「どうしたの…?ミスレア」
ミスレアは真顔でこちらをジッと見つめている。
ーーこの子の目青くて綺麗…
吸い込まれそうなほどに青く、暗い瞳がこちらを静かに見ていた。
睨まれているというよりも、観察されている雰囲気を感じる。
私、何か悪いこと言っちゃったのかな?
「………なんか悪いこと言っちゃったかな? ごめんね」
「謝る必要はありません。ただ無視していただけです」
「え、なんで?!」
いや、ほんとになんで!?
「.………」
尋ねても言葉が返ってくる気配はなさそうだ。
「うーん…とりあえず、どこから来たのか?だったよね。私はここに来る前の記憶が無くてどこで生まれたのかとか、そういうことは全く分からないの。つまり、記憶喪失っていう状態?だからさっきの質問には答えれないかも」
嘘は言ってない。ただ、召喚された記憶もないので、なんとも言えないが…。
いや、もしかしたら私に記憶がないだけで、実は召喚された勇者ってやつなのかもしれない?
「……え?」
明らかな動揺を浮かべるミスレア。
目の焦点が合っておらず、体も震えている。
「どうしたの?」
「き、聞きたいことがあります。あなたは勇者様、ですよね?」
「………そうです! 私が勇者…? です!」
ーー違いますって言えない!!
「….……あなたは勇者様です。間違いなく勇者様です。それ以外には有り得ません。その剣を持てるのが証拠です。ヴァゼル様も勇者だと言っていましたし、間違いありません」
ミスレアの視線が私の手元に移った。
「あ、これですか? 凄く綺麗ですよね」
「はい、それは神剣と呼ばれる勇者のみが持てる剣です」
この剣、元は本物の勇者が持っていたものだったのか…。魔法っぽくて好きだったけど…流石に泥棒は良くないよね。後で返さないと。
今度リアナにこんな感じの剣欲しいって相談してみようかな。
「いえ、その剣はあなた様のーーリアナ……?」
目を見開き、呟くミスレア。
「え? リアナ!? どこ!?」
辺りを見渡したが、リアナは見当たらなかった。
って……ん?
もしかして心読んでる?
やばい、だとしたら私が勇者じゃないってバレてしまう!
「………」
こんにちは。
私は勇者……だよ!
よろしくね!
って…心なんて読めるわけないか。
「………勇者様、先ほどリアナと仰いましたよね?」
「あ、はい」
「そのお方とはお知り合いなのですか?」
「うん! 友達だよ!」
「……その方はどこにいるのですか?」
辺りを見渡してみたが、やはりリアナは見当たらない。
「うーん、ごめん、分からない」
「分からない?」
「うん、少し前まで一緒にいたんだけど作戦がどうとか言ってどこかへ行っちゃった」
「……作戦」
ミスレアの眉が僅かに動いた。
あ、待って、これって言っちゃいけない奴だった!!
「っていう嘘なの! 冗談! エイプリルフール!」
「………なんの作戦かは聞いてないんですか?」
「嘘だってー!本当に嘘だよ!?」
「そうですか」
ミスレアは静かに頷いた。
でも、なんだか納得していないように見える。
「私、もう無理です……ヴァゼル様……早くきてください……」
と、ミスレアがボヤいた。
その瞬間ーー。
扉が勢いよく開かれ、
待ってました!といわんばかりにミスレアの目が輝く。
「ヴァゼル様はいますか? 女物の服をお持ちしましーーって、お前はッ!! やっと見つけたぞッ!! このドブネズーー」
そして、すぐにミスレアが全身を鎧で包んだ男を蹴り飛ばし、男の持っていた布を上手くキャッチする。
「無礼者ですね。言葉遣いには気をつけなさい。このお方は勇者なのですよ」
男は金属の轟音を響かせながら壁に叩きつけられ、倒れ込んだ。
よく見れば鎧の破片がそこら中に散っている。
…………え? 怖
「勇……者? だ、と…そん、なはず………」
「勇者様、この無礼者は一旦放って起きましょう。ひとまず、ヴァゼル様を急ぎ探しに行きます。こちらにお着替えください」
「…あ、はい」




