第一章10 「希望」
全身を包む緑色のローブに装飾の派手な花形の紋章。
この服なんかすごく動きづらい。
「ーーはぁ、はぁ、早い、早いってばー!」
情けない私の声が暗い廊下に響き渡る。
私は今、自分より小さくて幼い子供に手を握られ、全力で廊下を駆け抜けている。
何故そうなったのか、私にも分からない。
ってかこの子私より早いし、力強いんだけど…??
なんか、プライドと言うものが削られていく気がする。
「勇者様、運動はちゃんとされてください。このままでは魔王を殺すなんて夢のまた夢ですよ」
ーー魔王を殺すって……
見た目に反して物騒すぎない?
「って、ちょっと待って! ここって古い保管庫なんじゃないの? なんで檻があるの?」
「……!! そ、それは……檻が国宝なんです。この国ではそ、そういうプレイが盛んですから……」
檻が国宝? そういうプレイって…え?
「私、檻の中に入れられてたんだけどそれもそういうことだったの?」
「?!………勇者様は国宝なのです。だから勇者様なのです。国のお宝である檻の中に勇者様を入れたら国宝になって…勇者になるんです」
「ってことはミスレアも檻の中に入れば勇者になれるってことなの?」
「それは絶対に嫌です」
即答するミスレア。
僅かに手を握る力が強まった気がした。
うーん、檻に手錠…いかにも拷問器具って感じのものがあるけど…。
リアナの言う通り、ここってやっぱり魔導監獄?ってところじゃないかな?
「違います。保管庫です。ヴァゼル様がそう言ったのであればそれ以外あり得ません。惑わされてはいけません」
「やっぱり私の心読んでるよね」
「読んでません」
それにしても、どこまで走るつもりなんだろう。
走れば走るほど暗くなって来てる気がするし、良くない臭いも強くなって来てる。
本当に大丈夫なのだろうか?
「お、おい! たすけてくれ! 俺をここから出してくれぇ!!」
男の叫び声が檻の中から聞こえてくる。
しかし、その姿は暗くてよく見えない。
「ミスレア、あれも勇者なの?」
「………」
片手で頭を押さえるミスレア。
表情は見えないが、走り方が弱々しく感じる。
「大丈夫?」
と、軽めに声をかけてみたが、返事は返ってこなかった。
「………」
うーん、気まずい!!
「ね、ねぇ、フルーチェって知ってる?牛乳と果物を混ぜて作ったもので、とても甘いんだよ!」
ーー見たことも食べたこともないけど、そういうものだったということだけは分かる!
「………」
渾身のネタを無視されてしまった、、
じゃあ、わたあめ?
アイスクリーム?
饅頭?
ーーやばい、話すことが…ない!
「ふぅ…今日もいい天気だね」
息を切らしながらも、なんとか会話を続ける。
「………外は大雨ですよ。勇者様」
と、口を開いてくれたミスレア。
このままフル無視されたら孤独死してしまうところだった。
「そうなの! いいね! 雨!」
とにかく明るく振る舞ってみた。
「どうしてそんなに明るいんですか。勇者様は記憶を失ってしまったんですよね? 普通の人間であれば絶望し、泣き叫ぶものだと思っていました」
「どうしてって………」
それを言語化するのは難しい。
雨とは水が空から沢山降ってくるもの。
そういうのは分かるが、見たことがないし、イメージができない。
記憶を失う前の私であれば雨の音も色も匂いもイメージができたのかもしれないが、今の私は違う。
そんな景色を知らない。
水は透明だとか、服が濡れると寒くなるとか、そういう知識があっても見たことがない。
だからこそ見てみたいと思った。
記憶を失って、今までの自分がいなくなってしまったかもしれないが、そのおかげでこの世界の全てが初体験になった。
それってなんだか、すごくワクワクしない?
今の私は生まれたばかりの赤子なのだ。
だからこそ、知っていけばいいと思う。
失った記憶を超えるぐらいの記憶を作っていけばいい。
記憶を失ったことすら忘れるぐらいの記憶を。
そんな考えがあるせいで、私は絶望することができない。
絶望するには早過ぎるから。
「………だったら勇者のフリを辞めないことですね。真実が知られれば殺されますよ」
と、小声で言うミスレア。
「やっぱり心読んでるじゃん……って! ええ!?もしかして…私って今大ピンチ? 勇者じゃないってバレてるの?!」
「何を言ってるんですか。あなたは勇者様です。とぼけないでください。その神剣を持てるのがなによりの証拠です。そして、私たちは一蓮托生。バレた時は一緒に死にましょう」
そう語るミスレアの表情は青ざめていて今にも死にそうだった。




