第一章11 「リアナ」
私、リアナ・アステルはとある辺境の伯爵家の長女として生まれた。
魔力適正があったわけでも、凄い才能の持ち主だったわけでもない。中身は普通の女の子だったと思う。
唯一自慢できることといえば地位と財力があることだけ。
でも、実際にはそれらも父のおこぼれであり、自慢してはいけないものだ。
だから本当の私には何もないのが正しい。
フローラルな匂いの柔らかいベッドに、もふもふの掛け布団に顔を沈める。
「お嬢様、おはようございます。お嬢様……体に良くありませんので寝る時は横向きにならないでください。仰向けのみしてください」
「お嬢様、椅子に座るときは音を立てないようにしてください」
「お嬢様、歩く時は、視線は一つ、前だけを向いてください」
「お嬢様、スープを啜る時はスプーンを使ってください」
ーーうるさい
全ての立ち振る舞いに教師がいて、何もかもを完璧にさせられた。
そんな生活が私には退屈で、苦痛だった。こんな生活を続けるくらいなら死んだほうがマシだと思うほどに。
ただ、そんな私にも1つの夢があった。
街の視察中に現れた長い帽子をかぶった変な服装の男。
男は片目を閉じ、指をこちらに向け、アピールをしてくる。
「そこの可愛いお嬢様に『イルフィネイト』」
男がイルフィネイトと唱えると、キラキラとした小さな星が私の周りを舞った。
体から湧き出てくるような不思議な星だ。
「あんた…ダサいからその顔辞めときな」
隣にいた女の人が男の頭を棒で叩いた。
それに対し、涙を浮かべ、頭を抑える男。
「そんなこと言わないでくれよ……俺だって傷つくんだぜ?」
ーーなんだか…羨ましい
「お嬢様、そろそろ帰りましょう」
いつの間にか背後に立っていたメイドが私の手を引こうとしてきたので腕に力を入れ、抵抗した。
私の中にあった感情はもっと知りたい。もっと見たい。それだけだった。
「他のももっと見せて!」
「お嬢様! ダメです。時間厳守ですよ?」
「………ふっ、ふふふ、まぁメイドさん、そう言わずに…ほら、見せてあげよう! 俺たちの魔法の真髄を!」
変な服装の男は手を広げ、両手に小さな雨を降らせた。
手のひらには楕円形に輝く、七色に輝く不思議な板が浮かんでいた。
「これは上級魔法、虹! どうだい? 凄いだろ?」
「すごい! すごいよ! お兄ちゃん!」
「はぁ…初級魔法の『レイン』ね。あんまり調子に乗らないでよね…」
「聞いたか? お兄ちゃんだってよ…おれ、この仕事やっててよかった…」
隣にいた女が男の足を踏みつけ「キモい」と言い放ち、ゴミを見るような目を男に向けた。
「次は? 次見せて!」
「お水を出す魔法!」
「……次見せて」
「あんまりだったみたいだな…次は…鳩を出す魔法!」
「すごい! 次は?」
「え、えーと………」
私は数時間はその場を離れなかった。メイドに叱られ、男の人から「もう帰る時間だよ」と何度も言われて渋々帰ったような気がする。
それからと言うもの、私は魔法に飢えていた。
朝起きたら魔法で布団を動かす練習。授業を受けている時も魔法を使ってる私を想像して、ご飯を食べている時もスプーンを魔法で動かす練習をした。
だが、何をやっても魔法は使えなかった。
「お父さん、私魔法使いになりたいの」
初めてのおねだり。
お父さんとは話したことがあんまりないけど、もしかしたら教師を雇ってくれるかもしれない。そう願って、声をかけた。
「駄目だ。お前にはこの領地の民を導く仕事があるんだ。分かってくれ」
父は私のことを見ることもなく、書類に目を通していた。
だから私は
ーーおねだりを極める!
「お父さーん! 魔法使いたいよー!」
地べたに寝転がり、ドタバタと手足を地面に叩きつける。村で見た最強のおねだり方法だ。
村ではおもちゃをねだる子供に「仕方ないな…」と言って男の人がおもちゃをあげていたのを見たことがある。
「お、お前…何を」
驚いたように、目を見開くお父さん。
こんな顔は一回も見たことがない。なんか面白い。
「お父さん、ダメ?」
トドメの上目遣い。
私に点数を付けるとするなら、100点満点中、150点満点の出来栄えだ。
「………部屋に戻れ。頭を冷やしてこい」
お父さんは体を震わせながら書類に目を戻した。
そんなお父さんを前に、私は寝転がり、地面を転がり回った。
「魔法使いたいー! いいって言うまで絶対にここから出て行かない!」
そんな駄々をこねる私に返ってきたのは優しい言葉ではなく、重い蹴りだった。
「ーー! 誰だ! お前にそんなことを教えた奴は!」
ーーお腹が痛い…
お父さんから受ける初めての暴力。そして、敵意を知った。
それからのことは覚えていないけど、あんまりいいことじゃないのは確かだ。
数日後、いつものように魔法の練習をしていると部屋の入り口でメイド達が何かコソコソと話すのが聞こえてきた。
「聞いた? お嬢様が駄々をこねたせいで村にいた魔法使い2人が死刑にされたんですって」
「あ、それ私見た! 首を飛ばされる寸前まで「俺たちが何をしたんだ」って叫んでたわね」
「お嬢様が魔法使いになりたいなんて言ったから…可哀想に」
「…………え?」
咄嗟に屋敷を抜け出し、街を駆け回った。
いつもは屋台が立ち、人で賑わっていた街も、今日はなぜか誰1人として外を出歩いていない。
家の窓から見える冷たい視線が怖い。
どうして外に出ないのだろうか。
「ーー! ッ痛い」
足を滑らせ、泥まみれになった。膝からは血が出ている。
昨日は雨だったからか、地面が濡れて泥で滑りやすくなっているようだ。
「……どこにいるの?」
どうして私はこんなことをしているのだろう。
ーーお父さんがあの2人を殺したんじゃないかって疑ってるの?
そんなことをするわけない。そんな人じゃない。
私をここまで育ててくれた人がそんなことをするはずがない。
「ーー! 俺たちが何をしたんだ!」
「…………!」
どこからか聞こえてくる心臓を震わせる怒号。
私は声の聞こえてきた方へと一歩一歩踏み出した。
嫌な想像が頭に何度もよぎるが、お父さんを疑いたくはなかった。
「……………」
大きな広場。その中心には2つの黒い椅子。
近づいてみると胴体を失った見知った顔が二つ落ちている。
そして
隣には看板が一つ建てられていた。
ーー罪状、貴族への不敬罪
◇ ◇ ◇ ◇
「何か呼びました?」
誰かが私を呼んでいる。
暗闇の中、体を起こし、目を擦る。
何も見えないが、声からして
ーーアンナね。
私と一緒に魔導監獄に投獄された記憶を無くした黒髪黒目の女の子。
見た目も名前も私が知っている女の子に似ていたために最初は勘違いしてしまったが、今思えば別人だったといえる。
あの子は恐怖心とか、そういうのが欠如してたし、こんな感情豊かでは無かった。
「リアナさん、いますか?」
不安そうな声をあげるアンナ。
その反応が可愛くて仕方ない。
「ワッ!」
「ひゃぁぁぁああぃっ!」
情けないアンナの声が檻の中、そして廊下にも響く。
「ぷっ……変な声!」
私は確信した。
この子はあの子じゃない。
ーー勇者とは似ても似つかない。ただの女の子だ。
悲しい気持ち半分、嬉しい気持ちもある。
あの勇者であれば私を助けにここまでやってくるんじゃないかと信じてしまった悲しさと、巻き込まなくて良かったという安堵。
ーーいや、私は助けを求める側にはならない。
どんな手を使ってでもこの監獄から脱獄してもう一度、勇者と再会してみせる。
私は勇者と共に魔王を討ち世界を救うーーそしてこの国を滅ぼす。
貴族という制度を無くし、全ての人が平等に暮らせる国を作る為に。
だから
ふふ、私はこの国をもっと良くして見せます。だから待っていてね。
ーーお父さん




