第一章12 「エンカウント」
暗い檻の中。
私は腕を頭上に振り上げ、一つの単語を口にする。
『イルフィネイト』
それは記憶を失った私にリアナが見せてくれた魔法。
キラキラしてて、見ていると体が温まる不思議な魔法だ。
「やったー! やったよ! リアナー!」
「ふふ、これでアンナも魔法使いね」
暗くて顔はよく見えないが、リアナは私の頭を撫でてくれている。
ーーついに私も魔法使いに…
「なれたー!」
「…勇者様、凄い才能です。走りながら寝るなんて私にはできません」
「うぅん………」
気付けば、暗い通路を走っていた。
いや、ミスレアが私の右手を引っ張ってくれているので走ってるというより引っ張られている、が正しいが。
ーー夢…
「シャキッとしてください。勇者様はこれから英雄になるんですよ?」
「あわわ……」
ミスレアが引っ張っている方の腕をブンブンと振ってくる。
お陰で足元がふらつき、転びそうになってしまった。
「魔王を殺して世界を救う、我々の英雄。それがあなた、勇者様なのです」
ミスレアの口癖。
魔王を殺すとか、英雄だとか、勇者様だとか…
ーーそもそも魔王って?
「簡単にいうなら魔王は人間に敵対する化け物のことです」
ミスレアが走りながら息一つ切らさずに答える。
やっぱり私の心読んでる。
「読んでませんよ」
「……」
「魔王と聞いて怖いですか?」
「……」
「…気持ちは分かりますが、勇者様が戦争の道具になることは決定事項なのです。拒否権はありません」
「……」
「…ですが、心配しないでください。沢山の肉壁をご用意しますので命は保証されると思いますよ」
「…………! あ!」
鼻にツーンとした衝撃。頭にズキズキとしたような痛みが走った。
目の前に壁がある。
頭を押さえないと…って、今どうなって?
ーー私、今寝転がってるんだ。
「……勇者様、もしかしてまた寝ていませんでしたか?」
目を開けると、ミスレアがちょっと不機嫌そうな目で私を見ていた。
どうやら私に巻き込まれてミスレアも転んでしまったようだ。よく見ると鼻が赤くなっている。
「あ、ごめーー」
「ーー!!」
突然、爆発音のような凄まじい音が背後、暗い廊下の奥から聞こえてきた。
何事かと音の聞こえてきた方を見てみるが、暗くて何も見えない。
「勇者……?」
男の声が聞こえた。
振り返ると、そこには白髪のおじさんがいた。薄汚れた白い制服に黒いズボン。高級感もあるし、スーツのようなものだろうか?
ーーもしかして見張りの人!?
ミスレアの方を見てみると、彼女はその場に凍ったかのように固まっている。
表情は無気力だが、目には動揺が浮かび、その視線は男の方へと向いている。
「はい、この方は本日召喚された勇者様です。オルセット様」
ミスレアが軽いお辞儀をした。
オルセット…? ミスレアの知り合い?
この人凄いイケメンだ…。
「お前さんは誰だ?」
目を細め、ミスレアを見つめるオルセット。
「私はミスレア。ヴァゼル様より勇者様の護衛として遣わされました」
「ヴァゼルの……? それを証明できる物は持っているか?」
「はい」
ミスレアがスカートのポケットから手のひらサイズの四角い板を取り出した。
よくわからないトカゲのような模様が刻まれた板で、質感は金属に近い。
「あぁ、すまん! 勘違いがあったみたいだ。さっきは攻撃してすまなかった」
オルセットはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を掻いている。
ーーえ?
「攻撃?」
「いやはや、驚いたよ。召喚されたばかりの勇者が、まさか俺の切り札を避けるとはねぇ。……もっとも、直撃していたら死んでいただろうし、俺としても命拾いしたってところかな」
オルセットはまるで面白い遊びを終えた子供のように笑っていた。
え? 私攻撃されたの? いつ?
「…………攻撃? まさかさっきの音は…」
ミスレアが何かを呟き、無表情で瞬きすることなくオルセットを見つめていた。
ーーもしかして…怒ってる?
「お前さんも疑ってすまなかった! 許してくれないか?」
視線に気付いたのか、頭を下げるオルセット。
「……いえ、大丈夫です。それより先を急ぎますのでそこを退いてもらえませんか?」
「それは問題ないが…随分と忙しそうだが、何をそんなに急いでるんだ?」
オルセットは顎に手を当て、観察するような視線をミスレアに向けている。
「ヴァゼル様に緊急でお伝えしたいことがありましたので」
「なるほどな…あぁ、ヴァゼルならさっき地下一階で見かけたな。散歩でもしてたんじゃないか?」
冗談か本当か分からない口調で話すオルセット。
「情報感謝致します。オルセット様」
「あぁ、お前さんたちの任務成功を祈ってるよ」
「それでは失礼します。勇者様、行きましょう」
ミスレアが私の腕を掴み、足早にオルセットの隣を走り抜ける。
「ーーところで、お前さん達に聞きたいんだが、ここら辺で二人組の女を見なかったか?」
「見ていません。お役に立てず申し訳ありません」
「…そうか」
「……勇者様、さっきはありがとうございました。私は勇者様のことを勘違いしていたみたいです」
「感謝されるようなことしてないよ?」
いきなり感謝の気持ちを伝えてくるミスレア。
何もしていないのに感謝されるというのは不思議な感覚だ。
「勇者様はお優しいですね」
ミスレアが足を止め、微笑んだ。
ーー??
優しい?
「…………勇者様にはお願いしたいことがあります」
「なに?」
「私は少し用事ができてしまったようなんです。だから…これから勇者様は一人でヴァゼル様をお探してくれませんか?」
ーーえ?
道とか分からないし普通に難しいと思うんだけど…。
「安心してください。勇者様は勇者なのです。なにより、私よりも強い。私にも見えなかった化け物の攻撃を見切っていたことがその証拠です」
ーー??
「それに、何かあればこの国ごとその神剣で壊していいですから」
「あはは…」
ーーミスレアの思想が少し怖いんだよね。
うーん、神剣か…。
これのせいで勇者って勘違いされてよく分からないことになっちゃったんだよね。
「この剣が偽物の可能性はないのかな?」
私は剣が本物か確かめるために手元へと目線を向けた。
が、
「あれ?」
パッと、左手を見るとあったはずのものがない。
さっきまで持ってたはずなんだけど。
「……?! ゆ、勇者様…? 神剣はどちらに?」
「……やばいどこだろ」
あ、もしかしてーー
寝ている間に落としちゃった…?
「……!! 剣を落としたのなら私が音に気づかないはずが……」
ミスレアが血の気の引いた表情で私の手元を見ている。
「なんで…いや、また後で取りに来れば…ダメだ。ここに戻ってくる計画は……」
頭を抱えるミスレア。
すごく冷静そうな人が頭を抱えるのを見ると、本当にやばいことをしてしまったんだなって思ってしまう。
「…仕方ありません、勇者様、来た道を戻ります」
「うん、ごめんね…用事はいいの?」
「……その話は忘れてください。あと、先にお伝えしておきますが、これからは命を狙われながら行動しているということを忘れないでください」
「??」
「理由はよく分かりませんが、オルセットは私たちを殺す気です。さっきのは小手調べのようなものでしょう。次からは本気で殺しにくると考えた方がいいと思います」
ーーあの優しそうな人が!? え、何か悪いことしたかな?




