第一章8 「レグス②」
魔導監獄地下3階、拷問室。
とてつもない悪臭に、謎の肉片に血の塊。
どんなやつでも、3日と居続けられないこの場所はこの世の地獄とも言える。
「どこに消えやがった! クソッ!……チッいてぇな……クソが」
近くにあった壁を蹴ったが、思った以上に足が痛い。
しかし、妙だ。
地下1階から4階まで壁の隅々まで見て回ったってのに、手がかり一つ掴めなかった。
こんな短時間で何の痕跡もなく姿を消す? そんなことありえんのかよ。
「もう外まで行っちゃったのかもしれないっすね」
呑気な様子の相棒ーーガルドは地面に腰を下ろし、肩を上下させながら天井を見つめている。
息を切らしてるところを見るにこいつもそれなりに走り回ってたらしい。
「外に…? んなわけねぇだろ」
外に出るためには、いくつもの検問を通る必要がある。
そして、その検問所を通るためには魔道通行証と呼ばれる鍵が必要になる。
魔導通行証は特殊な波長の魔力の込められた魔道具の石だ。魔法をろくに使うことのできないこの場所では用意することはできないだろう。
それに、魔導通行証は目に見える形で保管しているわけではなく、俺達、看守の体内に埋め込まれているものだ。
つまり、ここから脱獄するなら内通者がいない限り不可能だ。
例外として壁をぶち破って脱獄する者がいれば話は別だが、現実的に考えてそんなやついるわけがない。
「だけどどこにもいなかったじゃないっすか」
「チッ……どこかには居るはずなんだよ」
だが、このままじゃ不味い。
オルセットの野郎に情報が届く前になんとかしねぇと…。
「おい! そっちは見つかったか?」
地下2階を探していた仲間の声が聞こえる。
どうやら向こうも手柄は無かったようだ。
「クソ、こっちはダメだった。あいつら、一体どこに行きやがったんだ?」
「さあな。まるで神隠しに遭ったみたいだ」
仲間は俺を安心させるような笑みを浮かべた。
「だが、安心しろ、レグス。この件はオルセット上級士官にも報告してある。きっとすぐに見つけてくれるだろう」
ーーは?
「今、なんて?」
「……オルセット上級士官にはこのことを伝えてある。あのお方ならすぐに解決してくれるだろう」
報告…した?
「ふざけるなッ! あんな奴に頼るぐらいなら死んだ方がマシだ!」
こいつ、俺が何もできなかったと上に報告するつもりか?
ふざけやがって。俺の監視中に逃げられたなんて、絶対に認められるか。
「…………じゃあ死ね! お前が油断したせいで逃げられたんだろうが! 仕方ないだろ!」
仲間は松明を地面に叩きつけた。
「うるせぇ! クソッ、俺が本気になればこんなもの…」
すぐに何事もなかったことに出来るんだよ…クソが。
「そこの君!」
前方、遠くから走ってくる青年が誰かを呼んでるみたいだ。
ーーボロボロの軍服…金色の肩章、八星の紋章。赤髪の青年……
「お取り込み中だったかい? だが、すまないがすぐに用意して欲しいものがある」
「レグスさん、あ、あの人…」
「……ッ?! もしかして軍師ヴァゼル…様?」
目の前まで来てやっと分かった。
王国最高の肩章を身につけた赤髪の好青年。特徴は一致する。
軍師ヴァゼル・ロビン。
トゥルーカ王国では事実上、軍の最高権力者である有能な戦略家。
革新的な戦術理論で常に優位性を築き、その実力を認められ、国の至宝とまで称された男だ。
ここ6年間において魔族の侵攻に対して善戦することができたのはこの男の活躍を置いて他にないだろう。
……?
ふと脳裏に浮かんだ疑問。
冷静に考えてみれば魔物との戦争をしているというのに軍の最高指揮官が現場を離れて良いはずがない。軍の英雄とも呼べる者が戦場から離れればどうなるか、なんて分かりきったことだろう。
そもそも、そんな大物がここに来る理由なんて……
ーーまさか、勇者召喚か!?
だとしたらこいつは本当に…
「良かった。説明は不要だね? 君には女物の服を用意してほしいんだ。詳しい事情については説明できないが、そこは了承してほしい」
ーー女物の服? そんなのあるわけがーーいや、勇者用に幾つか持ち込まれてるかもしれねぇな。
「分かりました。それで……質問なのですが、その袋は…?」
ふと、視線に入ったのは黒い紙袋だ。
脱獄防止の為、この監獄には何かを覆うことのできる袋の持ち込みを禁止している。
一体どこから持ってきたのだろう?
「あぁ、これはただの目隠しだよ」
手元をひらひらさせながら薄い笑みを浮かべるヴァゼル。
目隠し? 人でも攫うつもりか?
しかし、この状況は不味いな。軍師が来たとなれば勇者召喚の計画に失敗は許されない。
国の英雄、ヴァゼルが現れた場所での失敗は全てヴァゼルの失敗として見られる。
そして、その失敗の要因が一つの油断から生まれたと知ればヴァゼルは真っ先に俺の首を飛ばすだろう。
これはただの脱獄事件ではない。
まさしく、俺は窮地に立たされている。
……ハハ違うじゃねぇか。
これはチャンスだ。
勇者召喚の準備を手伝ってヴァゼルに気に入られるほどの功績を上げればどうだろう?
オルセットには報告が行ってる。
だとしたら抜け出した女二人の対応をしなければいけないのはあいつだ。
そして、俺はより重要な任務を優先するだけだ。
「分かりました。女物の服ですね。その任務、このレグスにお任せください」
「それじゃ、頼んだよ。 僕は危険がないか軽く見回りをする予定だ。何かあれば呼んでくれ。そこの男。君は僕の護衛について来てくれないか」
ヴァゼルの視線の先には相棒のガルドが居た。
「……承知っす」




