第一章5 「レグス」
「クソ、嫌な仕事だ」
トゥルーカ魔導監獄。
数千年もの歴史を持つ世界最大規模の監獄。
この監獄では時折、脱獄者が一人として出たことがないというのが話題になる。
警備員が優秀だからというわけではない。
むしろ経費削減のため、大半は最低限の賃金で雇われた者たちばかりだ
じゃあ、なぜ数千年もの歴史がありながら、脱獄者を一人として出したことがないのか?
それはこの監獄が建てられている土地そのものに特殊な力があるからだ。
ここはかつて邪神に呪われた負の土地。
大地には今なお、邪神の呪いが周囲の魔力を異常なほど吸収し続けている。
その力は凄まじく、高名な魔術師でさえ、この土地に足を踏み入れれば、たちまち魔力を奪われてしまうほどだ。
魔法を使うことのできない魔法使いなど赤子同然なのだ。
だからこそ、この監獄は数千年もの間、一度たりとも脱獄を許していない。
「わざわざ見回りなんてしなくてもいいんじゃないですか?」
「そういうわけにもいかんよ。賢い奴はここを抜け出すためにあらゆる手を使う。警戒するに越したことはないさ」
上級士官のオルセットに提言してみたが、この人は、慎重派で俺の話を全く聞いてくれない。
白髪のクソジジイは頭が硬いことで有名だからな。
ーーそもそも脱獄なんて考えてるやつなんてねーだろ
魔法使いのみを集めた監獄。
たとえ、剣士が紛れ込んだとしても純粋な力のみで壁をぶち破ることなんて出来るはずがない。
「誰か居ませんかー?」
幼い女の声が聞こえてくる。
恐らく、新人だ。
「はぁ…こんな面倒な仕事辞めたい」
今回新しく入ってきた新人は女2人。貴族を殺した者達だ。
貴族なんてヤバい奴らに手を出すなんてどうかしてる。俺には考えられない。
あいつらは平気で人を貶め、殺す。
事実がどうであれ、死刑は確実だろう。
それも、見てられないほど残酷な死に方をするに違いない。
「ここってどこなんですか?」
そこには黒髪黒目の少女が檻の中、鉄格子の前に立っていた。
ーーチッ、気持ち悪い
邪神のイメージカラーが黒なだけあってとても不吉だ。
俺は少女の話を適当に受け流すと休憩室へ直行した。
「あ、レグスさん!お疲れっす」
休憩室には頼りなさそうな相棒のガルドがいた。
ガルドは椅子に腰掛けて、こちらに手を振っている。
俺は壁に松明を引っ掛けるとそのままガルドに近づいた。
「お疲れ様………フゥ…」
ガルドが近くにあった椅子を俺の元に差し出してきたので、それに座って葉巻を片手に一服。
これだよ、これ。こういうのが良いんだ。
仕事なんて、こういうのばっかりでいいのにな。
「それで…レグスさん、聞きました?」
ガルドが声を潜め、手招きしている。
俺が「なんだ?」と、尋ねるとガルドが周囲を見渡し、語り出した。
「勇者召喚の儀式がここ、魔導監獄で行われるそうなんすよ」
「……は?」
勇者?
魔力が使えないここで召喚する?どうやって?それに何のために?
「まぁまぁ、言いたいことは分かるっすよ。なぜ召喚するのか、どうやって召喚するのか?っすよね」
ガルドは右手で人差し指と中指を立てて、ピースをする。そして、左手で右手の中指を掴んだ。
「まず、なぜ召喚するのか? レグスさんならもう察していたかもしれませんが、先日勇者が魔王との戦いで戦死したことが関係してるっす」
ーーそうだったのか!?
俺は知らなかったことを隠すために知ってる風にうなずく。
「魔物達は勇者撃退に大きく士気を向上させ、各地で猛威を奮っているっす。一説にはそれに対抗するため、ということらしいっすね。まぁ…勇者を一刻も早く手に入れて、軍事的威信を示したいということもあるかもしれませんが」
「だが、勇者は世界に一人だけしか存在できないんだろ? 荒れるんじゃないか?」
勇者は世界に1人しか存在できない。
なぜそうなったのかわからない。ただそういうルールなのだ。
「早い者勝ちっす。ただ、どこが取ったからといって魔王がいる限り戦争は起きないと思うっすけどね」
「そうなのか……じゃなくて! 分かってたけどな」
あっぶね、喉に葉巻が詰まるかと思った。
ガルドは中指を折りたたんだが、人差し指は未だこちらを向いている。
「それで、魔力の使えないこの魔導監獄でどうやって召喚魔法を使うのか? ですよね。それは……魂を媒介にするんです」
「魂を媒介に?」
「そうなんすよ。魔力を使わない、命を代償とした勇者召喚。いわばヴァレン条約違反っす」
ーーヴァレン条約。久しく聞かなかった単語だ。
魂を媒介とした召喚や、命を代償とする禁術を規制するために作られた国際条約だ。
魔王のいなかった時代、人間同士の争いは今よりずっと多かった。そんな時代に、敵国を滅ぼすために大量の命を使った召喚術が行われたことがある。
結果は数千万人もの犠牲を出す悲惨な結果になった。
それをきっかけに、各国は禁術の使用を厳しく制限することで合意した。
それがヴァレン条約だ。
つまり、魂を使うこと自体が立派な国際違反なのだ。
「ヤベェな…貴族ってのは何でもありかよ」
「正統法で召喚するには国中の魔導師を集めないといけないっすから、他国に先陣を切られてしまう、と思ったのかもしれないっすね」
「ここで召喚する理由も監視の目を避けるためか…」
なるほどな。ここなら魔法で監視することも出来ないし、生贄になりそうな奴もたくさん集まる。
つまり、バレなきゃ犯罪じゃないということだ。貴族らしいな。
「その可哀想な生贄は誰になるんだ?もう決まってんだろ?」
「それはあれっすよ、最近入った貴族殺しの新人2人」
ーーあいつらか
若い女2人。良心が痛まないわけでもないが、運が悪かったな、としか言いようがない。
「でも気をつけたほうがいいっすよ。特に金髪の女、おっかないらしいっす。あの女一人を抑えるために軍が動いたぐらいっすからね」
「ハハハ、魔力の使えない魔法使いなんて赤子同然だろ」
この監獄にいる以上、魔法使いは脅威にはならない。
おっと、そういえば今日は裁判の日だった。
あの女二人を2階にある裁判所まで運ばねぇとな。




