第一章3 「何処」
「人を…殺した?」
私の頭の中では、混乱が広がっていた。
目の前にいる年端もいかない金髪の少女が放った言葉を信じられずにいる。
「ふふ、変な顔ね」
小さく微笑むリアナ。
人殺しというのはやってはいけないこと、私の中の常識ではそれが普通だと言っている。しかし、あまりにも平然としたようなリアナの表情に、まるで私が間違っているかと考えてしまう。
「本当、なんですよね……? だとしたら、どうしてそんなことをしたんですか?」
刺激をしないように軽く尋ねる。
もしも、襲われでもされたらどうなるか分からない。リアナは魔法を使えるのだから。
私の質問に対し、彼女はしばらく黙ったままだったが、やがて口を開き、
「偶然」
それだけを口にし、小さな笑みを浮かべるリアナ。
沈黙が耳の奥にツーンと響いた。
ーー?
「偶然…?」
「えぇ、偶然、私が放った魔法が近くを通りかかっていた貴族に当たってしまったのよ」
うっかり通りすがりの人に魔法が当たって命を奪ったと…。
それに被害者は貴族だ。相当の恨みを買っていることだろう。
ーー魔法って、そんな怖いものなんだ。
「そうだったんですね。それにしてもどうしてそんな危ない魔法を使ったんですか?」
どうして使ったのか、と尋ねるとリアナは「そうね」と、魔法で輝く金髪を指でほぐす。
「魔物を追い払うためだったのよ。子供を襲おうとしてたから助けようとしたの」
魔物……。
「大変でしたね.あの…その子供は無事だったんですか?」
「死んだわ」
ーーそんな……
リアナは軽く微笑むと、手を叩いた。
「それじゃあ次は私の番ね」
「私、記憶ないから答えられることあんまりなさそうなんですけど…」
「いいのよ! それで、記憶がないってどの程度なのかしら?」
どの程度わからないのか。
それは私でも説明をするのが難しい。
「今のところはここにいる理由とか、自分の名前がわからないとか、そのぐらいですね」
「そうね。話している限り言語能力に違和感は無いような気がするわ。つまり、一般常識は残っているということね」
ふむふむと、腕を組むリアナ。
なぜか少しだけ緊張する。何かこう取り調べを受けているような雰囲気だ。
「アンナはどこの国で生まれたのかしら?」
「あ、それもわからないです。自分のことについてはさっぱりわからないんです」
国の名前とか、一般的な単語はわかるのにどこで生まれたのか、とか自分に関与することが全くわからない。
「何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないわ。まず、ここはトるうカの第一魔導監獄よ。どう、何か思い出した?」
………どこって?
さすがに聞き取れなかったので、リアナに向かって人差し指を立てる。
「も、もう一回お願いしてもいいですか?」
「? ウるぅカの魔導監獄よ」
一瞬、困惑したような表情を浮かべ、微笑むと再び呪文のような言葉を唱えた。
ーーなんて言ってるか全然分からないんですけど…
「うるうか?」
「トゥルーカ、ルトロノネのル、モスウトカのカよ」
…頭が混乱してきた。
つまり、卵焼きは卵で…どっちも卵で…
「………るとろーー何とかって何ですか?」
「トゥルー語の基礎、七音よ…?」
首をかしげるリアナ。
とぅるー語とか七音とか…どれも私の記憶の単語帳には載っていないようだ。
ーー?
そもそも
「今喋っているのってーー」
口を開こうとした時、リアナがハッと、何かに気づいたかのように話し始めた。
「あ、そうか! 貴方は七音を知らなかったのよ。知らない単語が記憶にないのは当然でしょ? 下級市民にはこういった教育をされてないから……」
ーー下級市民…
つまり喋りづらいと感じるのは記憶を失う前の私が学校に行っておらず、知ってる単語が少ないから、ということだろうか?
「なるほど…」
もしかしたら記憶がないのは、案外悪いことでは無いのかもしれない。
胸に手を置き、視線を下ろした。
白く、幼い手。
リアナからは大体10代後半の見た目だと言われた。
みんなが学生服を着る中、仕事をする。
羨ましいと、妬んでいたのだろうか。
惨めだと、自分を卑下していたのだろうか。
いずれにしろ、今の私にはわからない。
「あ、アンナ!早く寝て!見張りが来るわ!」
突然聞こえてきた焦ったようなリアナの声。
それと同時に天井で輝いていた光の粒子が砕け散り、視界は真っ暗になった。
「え!あ、はい!」
コツ、コツと地面を金属で叩くような音が聞こえてくる。
えーと!寝る…ってどうすれば…!!
「ぐーぐー…」
「そんなあからさまなことしたらバレるわ…あ、ぐーぐー……」
「………早く寝ろ」
やる気のなさそうな男の声が檻の中に響いた。




