#4 お気に入り
7月になった。
高校のダンス部を引退し、レッスンに集中する夏が始まる。
野外ライブに向け、候補生たちは汗だくで踊り込む。
「今のところ、もう1回!」
蒼真先輩の厳しい声。
忙しい合間にレッスン場に来て、候補生に指導してくれる。
「ツバサ、こっち来て」
「はい!」
蒼真先輩が手招きする。
「ここはこう、爪先まで意識して」
低く落ち着いた声での指摘。
少し意識しすぎて、足のステップが乱れそうになる
「ほら、そこ違う」
ふいに、手を取られた。
汗ばんだ手がかり恥ずかしくて、思わず引っ込めてしまう。
「スミマセン」
「いや」
不快な顔をするでもなく、蒼真先輩は笑顔を向けてくれる。
「夏休みはいつから?」
耳元をくすぐるような距離にドキドキする。
「来週からです」
「今より、事務所に来る日が増えるよな?」
「はい、その予定です」
事務所から配られた夏のスケジュール表。
そこには、〈TOMARIGI〉のバックダンサーの練習だけでなく、ボイストレーニングや演技のカリキュラムもあった。
「静岡から通うの、大変だろ?」
往復の新幹線代だけでも、驚く金額だった。
それに、移動時間ももったいない。
「カイリの家に、泊めてもらえそうです」
「カイリの?」
蒼真先輩の表情がわずかに曇る。
「夏休み中ずっと?」
「いえ、さすがにそれは」
連日になるときは、ネットカフェに泊まることも考えている。今は、都内にも民泊が多くあるようだ。
「……」
「あ、でも、レッスンに影響ないようにします」
蒼真先輩は少し考えたあと、
「レッスンが終わったら、食事に行こうか」
誰にも聞かれないように、耳元で囁かれた。
「え、でも」
「地元の先輩後輩として。たまには、高校の話でも聞かせてくれ」
いいのかな?
返事に困っていると。
「着替えたら、地下駐車場で待ってて」
そこへ、〈TOMARIGI〉のメンバー、片倉さんが入ってきた。
「みんなおつかれ!今日は伊勢も連れて来たよ~!」
レッスン場に〈TOMARIGI〉のメンバー全員が揃い、候補生たちは大興奮だ。
「差し入れにアイス買ってきた!一息入れよう」
片倉さんが笑顔でアイスを配り始めた。伊勢さんは、オレと蒼真先輩の元へやってくる。
「ツバサくん?」
「はい、はじめまして!」
テレビで見たまんま。
なんて、キレイな人だろう。
蒼真先輩のクールな雰囲気とはまた違う、大人の色気がある人だ。
「蒼真の、お気に入りね」
伊勢さんがクスッと笑う。
「伊勢、余計なこと言うなよ」
「なに、照れてんの?」
蒼真先輩が、イジられてる……!
はじめて見る光景だった。
そっか。
オレにとっては先輩だけど、蒼真先輩は〈TOMARIGI〉では最年少だ。
「かわいいね、ツバサくん」
「え!」
伊勢さんは、にこやかに微笑む。
「ツバサ、顔が赤い」
蒼真先輩の低い声。
その視線は、オレに向けられたまま鋭くなる。
「蒼真はちゃんと、優しく教えてくれる?」
「は、はい!」
「あ、ダンスじゃないよ、夜の方だよ」
「はい?」
「蒼真のお気に入りだろ?」
「え、えぇ!」
一気に顔が赤くなる。
「おい、ツバサをからかうな」
そ、そうだよね。
冗談に過剰反応して恥ずかしい。
「……気にするな。ツバサもみんなと休憩しておいで」
「はい、失礼します」
小さくお辞儀をして、その場を去る。
「――伊勢、手を出すなよ」
蒼真先輩の低い声が、後ろから聞こえた。




