#3 先輩との出会い
レッスンが終わり、カイリと駅まで並んで歩く。
「ツバサが蒼真さんと知り合いだったなんて、驚いたよ」
「黙っててごめん。高校の先輩なんだ」
「じゃあ、ツバサがこの事務所に入ったのって」
「うん、蒼真先輩に憧れて、かな」
「へぇ、そうだったんだ」
カイリは目を輝かせている。
「高校時代の蒼真さんって、どんなだった?やっぱり目立ってた?」
「もちろん!」
自然と笑みが出る。
蒼真先輩の圧倒的存在感――全部が心に残っている。
「初めて会ったときは、息が止まりそうになったよ……」
◆◆◆
高校に入学して、1週間ほどした頃だ。
伸び悩んでいた身長、その小さな身体に真新しい制服。
まだ慣れない校舎の奥へと進む。
オレはダンス部の練習室に足を踏み入れた。
「なんだ、小さいのが来たぞ」
数人の部員がこちらを見ている。
お世辞にもガラが良いとは言えない雰囲気だった。
ここは、進学校として認知されている高校だし、ダンス部は県大会に出場したと聞いた。
――失敗したな。
「入部希望?」
「はい、1年3組の戸塚ツバサです」
本能的に感じる、嫌な感じ。
「ダンス好きなの?」
短いスカートの女子生徒が聞いてきた。
「……はい」
「それなら、入部はやめといた方がいいね」
「なぜですか?」
「見てわからない?」
さっと室内を見渡す。
男子生徒が3人、女子生徒が2人。ここは2階で窓は開いていた。
「余計なこと言うなよ。せっかくの入部希望者だろ」
周囲がクスクスと笑いだす。
「おまえ、可愛い顔してんじゃん。腕も首も細くて、そんな身体でダンスできるのか?」
手首をつかまれた。
「彼女にフラれたからって、男に手を出すの?だっさ!」
「うるせ、黙って見てろよ」
そのまま、男に床に組み敷かれた。
「離してください。ダンスをしたくて、来たんです」
力を込めて返すがビクともしない。
小さな自分の身体が嫌になる。
「踊ってみろよ。おれの腹の上で、みだらに泣きながら、な」
――冗談じゃない。
そのときだ。
ガラッと音を立ててドアが開いた。
「またバカなことを」
制服の着こなしも、顔つきも、他の誰とも違って見えた。
周りの空気を一変させてしまうような、独特のオーラをまとっている。
「蒼真か」
ため息とともに、男は手を離した。
「立てる?」
蒼真先輩は、オレに手を差し出した。
その手に触れた瞬間。
オレの胸は高鳴った。息をするたび、心臓がぎゅっと締め付けられる。
こんなことは初めてで、その理由も意味さえも分からなかった。
――あのときは、まだ。
「あ、ありがとうございます」
制服に着いたホコリを、そっと払ってくれた。
「うちの部員たち、悪ふざけがひどいんだ」
低く落ち着いた声に、場の空気は凍る。
「貴重な入部希望者だ。大事に扱えよ」
「こんなちっこいのが、やっていけるかよ」
「そうかな?」
蒼真先輩はオレを見ると、小さく笑った。
「彼は、おまえよりずっと上手だと思う」
「どうだか」
「じゃあ、踊ってもらおうか。なんか適当に曲流して」
蒼真先輩は、女子生徒に指示を出した。
さっきまでの態度を一変させ、「はい!」と素直な返事をして、スマホから曲を流した。
「やってみてよ」
熱い視線が刺さる――。
「え、でも」
「入部テスト」
流行りのアップテンポなメロディが流れ出す。
「できるよ、大丈夫」
ポンッと背中を押された。
――仕方ない。やるか。
音に合わせて自然と解き放たれていく。
床を滑るように動き、空中で一瞬静止するようなジャンプ。
周りの視線が、熱いエネルギーとなってオレの身体に流れ込んでくるようだった。
終盤、曲が盛り上がる手前、蒼真先輩の声が響いた。
「ぶちかませ!」
心の奥で小さな炎が灯った。
床を蹴る瞬間の衝撃――そして、空を舞う。
「え、バク宙じゃん!」
「しかもキレイ!」
息が切れて、肩で大きく呼吸を繰り返す。
制服で踊ったから、ワイシャツが汗で張り付いている。
「中学の全国大会に出てた、戸塚ツバサ君……だよね?」
蒼真先輩の声に、部員が驚きの声を上げた。
「すごいじゃん!なんでうちの高校に来たの?」
「えっと、近かったので」
「それだけ?」
「はい」
「もったいなーい!」
こうして、オレはダンス部に入った。
ガラの悪かった先輩とも、うまく付き合えるようになった。
「よう、ツバサ」
廊下ですれ違うたび、声をかけられて胸が高鳴る。
放課後が待ち遠しかった。
これが、恋だと気づくのに、時間はかからなかった。
誰も言えない。
心にしまって、大切にしたい。
近くにいれればそれでいい。
――だけど。
そのすぐ後に、蒼真先輩は芸能事務所からスカウトされた。
あっという間に、芸能活動が本格化してしまい、学校へはほとんど来なくなった。
全国高校ダンス大会。
ダンス部の甲子園ともいえる大会だ。
6月に行われた県大会が、オレと蒼真先輩が一緒に踊った、最初で最後のステージだった。
結果は3位入賞したが、全国へは行けなかった。
『またいつか、同じステージ立とう』
夏休み前、蒼真先輩は都内の私立高校へ、転校してしまった。




