#2 忘れるわけがない
「久しぶり、ツバサ」
驚いて顔を上げる。
黒い瞳がまっすぐにこっちを見ていた。
注目が一気にオレに刺さる。
「俺を追いかけてきたのか?」
少しだけ、意地悪そうな笑顔に、オレの胸がドクンと動く。
「……蒼真先輩」
ようやく声を絞り出す。
「違うのか?」
「え、いや……そう……です」
「そっか」
周囲の視線が刺さる。
だけど、蒼真先輩はそんなことまるで気にしていない。
「ツバサ?」
「すみません、迷惑ですよね」
「なんでだよ。むしろ、遅すぎたくらいだ」
「え……」
顔を上げると、吸い込まれるような黒くて深い瞳。
まっすぐで強い力を持った視線。
――またいつか、同じステージに立とう。
「……覚えてたんですか」
「忘れるわけがない」
蒼真先輩はそう言って笑うと、一瞬だけ、ポンとオレの髪に触れた。
「あれ、蒼真くんのお知り合いでしたか?」
後ろからスーツ姿の男性がやってきた。
「湊さん。高校の後輩なんです」
「あぁ。ダンス部の?」
湊と呼ばれた男性は、人懐っこい笑顔を見せた。
「はじめまして、〈TOMARIGI〉のマネージャーをしてます」
「あ、よろしくお願いします」
慌ててお辞儀をしたときだった。
「特別扱いかよ」
敵意の含んだ声だった。
オレが振り返ると、全員がパッと視線を逸らした。
「ツバサ、センターで踊ってみて」
「え!」
一段と視線が突き刺さる。
「蒼真くん、そうやって周囲を刺激する悪い癖はやめましょう」
「俺のソロ曲かけて」
湊さんの静止も聞かず、蒼真先輩はスタッフに声をかけた。
「え、蒼真さんのソロ曲って、発売したばっかりのアルバム収録曲だろ?」
「MVもダンス動画もまだ、どこにも上がってないよな?」
そうこうしている間に、イントロが流れ出した。
「即興ダンス。ツバサ、得意だったよな?」
「で、でも――」
戸惑うオレ。突き刺さる視線。
――これ、前にもあったな。
「懐かしいな」
オレの心を読むように、蒼真先輩が笑った。
――覚えててくれた。
それで、心が決まった。
「ぶちかませ!」
蒼真先輩の声と、オレがステップを踏んだのは、同時だった――。
ハードなロックナンバー。
蒼真先輩の歌声に合わせ、身体を動かす。
正解なんてない。見本なんてない。
だったら、自由にできる――!
「相変わらずだな……」
鏡の前にしゃがんで見ていた蒼真先輩は、立ち上がるとジャケットを脱ぎ捨てた。
蒼真先輩は、オレの動きに合わせて踊る。
息遣いまで、ぴったりとオレに合わせてくる。
――やっぱり、この人に追いつきたい。
曲が終わると、レッスン場に一瞬の静寂が落ちた。
そして爆発するように拍手と歓声が起きた。
踊り終わった瞬間、蒼真先輩がすっと隣に立ち、目を合わせる。
「特別扱い?――いいじゃないか。実力さえあれば、文句はないだろう」
蒼真先輩は全員に聞こえるように言い放った。
全力で踊って汗だくなオレとは違い、涼しげな笑顔をしていた。
「じゃ、またな」
ジャケットを拾い上げると、颯爽と出口へ向かう。
「あ、待ってくださいよ!」
慌てて湊さんが後を追った。
『忘れるわけない』
『ぶちかませ』
胸の奥が熱くなる。
周囲の歓声や視線が、全部遠くに消えていく。
ただ、蒼真先輩の声だけが、耳の奥で何度も繰り返された。




