第3話「根拠のない話」
路地を出た後、しばらく歩いた。
どこに向かうか決めてなかった。
「……SSSが、あれで合ってるのか」
また呟く。答えは出ない。
コミュニケーション能力SSSのはずだ。
でもセラには——通じたのか、通じてないのか、
分からなかった。
それが一番、気持ち悪かった。
街の人間に聞いた。
能力を正確に調べられる場所はどこか。
「鑑定士のところだな」
一人目も二人目も、同じ答えだった。
「ただし——変わり者だ。覚悟して行け」
鑑定所は路地の奥にあった。
看板が出ていなければ通り過ぎていた。
扉を開けると、羊皮紙と本が積み上がった部屋が広がっていた。
奥に、人がいた。
細い指が、羊皮紙に並んだ数字をなぞっている。
——最初からいたはずなのに、今気づいた。
眼鏡の奥の目が、こちらを向かない。
「予約は?」
こちらを見ないまま言った。
「ない」
「帰れ」
「能力の鑑定をしてほしい」
「予約がなければ受け付けない」
「コミュニケーション能力がSSSになってる」
手が止まった。
眼鏡の奥の目が、初めてこちらを向いた。
「……座れ。話を聞く」
名前はノアといった。
この街で唯一の正規鑑定士で、
どんな能力も数値と理屈に分解することで有名らしい。
らしい、というのは——街の人間が教えてくれた。
ノア本人は自己紹介をしなかった。
「コミュニケーション能力:SSS」
ノアは羊皮紙を眺めながら言った。
「これは鑑定結果として記録されているが」
一度止まり、
「理論上、ありえない」
静かな声だった。怒っているわけじゃない。
ただ、事実として言っている。
「コミュニケーション能力は数値化できない。
感情・状況・文脈——変数が多すぎる。それをSSSに固定するのは、論理的に矛盾している」
「……じゃあ、なんで俺はそれを持ってるんだ」
「それを聞きたいのは私の方だ」
「能力を使ってみせろ」
「使うって言っても」
「何でもいい。実在するなら、証明できるはずだ」
部屋に、もう一人いた。
鑑定所の雑用をしているらしい少年。
隅で書類を整理しながら、こちらをちらちら見ている。
いつもの感覚が走る。
少年の視線。手の動き。微妙に作業が遅い。
緊張してる。でもそれだけじゃない。
何かを、言い出せないでいる。
「……ちょっといいか」
少年に声をかける。
「え、あ、はい」
「それ、順番違くないか」
書類の束を指さす。
少年が固まった。
「……あ」
「気づいてたんだろ、さっきから」
「……はい。でも、ノア様に確認するタイミングが」
「今言えばいい」
少年はノアを見た。ノアは無言だった。
「……あの、3番と7番の書類、順序が逆になってます」
ノアは少し止まった。
「……そうか。直せ」
それだけだった。
少年は小さく息を吐いた。肩の力が抜けた。
俺はノアに向き直る。
「これでどうだ」
ノアは俺を見ていた。さっきとは少し違う目で。
「……一つ聞く」
「なんだ」
「なぜ彼が言い出せずにいると分かった」
「なんとなく」
「根拠は」
「ない」
ノアの眉が、わずかに動いた。
「根拠のない判断を信用する理由がない」
「でも当たってた」
「偶然かもしれない」
「そうかもしれない」
俺は続けた。
「でも、もう一回やっても当たる自信はある」
沈黙。
ノアは羊皮紙に何かを書き始めた。
「……データが不足している。もう一度、別の状況で試す」
「追い返さないのか」
「不明なものを不明のまま捨てるのは非効率だ」
それだけだった。
信用されていない。
でも——扉は、閉まらなかった。
「また来い。明日の朝」
立ち上がりながら、ふと思った。
「……なあ」
「なんだ」
「さっきのあれ、セラには届かなかった」
ノアが手を止める。
「セラ?」
「昨日会った子。赤い髪の」
「……それが何だ」
「SSSなのに届かなかった。なんでだと思う」
ノアはしばらく黙っていた。
「それは」
一度だけ、視線が羊皮紙から外れた。
「能力の問題ではないかもしれない」
「どういう意味だ」
「明日来い。今日のデータだけでは答えられない」
追い払われた。でも——答えを持ってる気がした。
扉に手をかけて、少し止まる。
「俺はケント」
名前を言ったのは、この世界に来て初めてだった。
「ノアだ」
「知ってる」
「……そうか」
鑑定所を出る。夕方の風が路地を抜けた。
「届かなかった理由、か」
呟く。
セラのことが、まだ頭にあった。




