第2話「届かなかった」
赤い髪を、また見た。
路地の奥。石壁の影に押し込まれるように、小さくなっていた。
気づいた瞬間、向こうも気づいた。
目が合う。
茶色い瞳が、一瞬だけ揺れて——
すぐに、俺を「見ないもの」として処理した。
立ち上がる。逃げようとしてる。
「待って」
口が動いていた。
「足、怪我してるよね」
少女が固まる。
「……なんで」
「さっきから引きずってる」
嘘じゃなかった。
でも、それだけじゃなかった。
いつもの感覚が走る。
この子が今、一番怖いこと——
また、信じてもらえないかもしれない。
「俺は追いかけてきたわけじゃない」
少女の肩が、わずかに下がる。
「……嘘つき」
でも、立たなかった。
一歩だけ近づく。頭の中に、言葉が浮かぶ。
この子の本音が見える。でも——
なぜそう思っているのかは、分からない。
いつもと違った。見えてるのに、届かない気がした。
「お前、誰かに誤解されたことあるだろ」
少女の目が、細くなった。
「……関係ない」
「そうじゃなくて」
「関係ないって言ってる」
声が、少し震えていた。
俺は止まった。
追いかけるべきか、引くべきか。
頭の中に浮かぶ言葉は、たくさんあった。
この子に届く言葉も、たぶん分かる。
でも——
「逃げてもいい」
気づいたら、言っていた。
「でも、嘘つきって最初から決めつけるのは——もったいないと思う」
「なんで」
「俺も昔、そうだったから」
沈黙。
少女は俺を見なかった。石畳を見ていた。
風が路地を抜けた。
「……うるさい」
走り出す。
——一瞬だけ、振り返った。
でも、何も言わなかった。
「……今の、なんだ」
俺はその場に残った。
手応えがない。でも——
完全に外れた感じも、しなかった。
ウィンドウを開く。
コミュニケーション能力:SSS。
「……万能じゃないんだな」
当たり前のことを、今更確認する。
見えても、届かないことがある。
分かっても、変わらないことがある。
「……名前も聞けなかった」
路地の出口を見る。もう赤い髪は見えない。
「もう一回、話せたら」
根拠はなかった。ただ、そう思った。
——でも、次も届く気はしなかった。




