【第50話 真相】
原基より、一段下層。
ドレヴァ「…レド、やはり。」
ドレヴァ「…戻ってくるしかないのだよ、お前は。」
セヴァルド「……だが、なぜ奴がジラ島に…」
ゆっくりと後方から近づいてくる老人の姿があった。
そして、崖の上からレドを見下ろした。
ゾラル「…おお……レドか…。やはり、来たな……。」
セヴァルド「ゾラル様。…危険です、お下がりください。」
ファルドは、その言葉に老人を一瞥した。
ファルド「そこのご老人、ルンド・バルゴアの一人か?」
セヴァルド「……無礼な物言いは止せ。」
ファルド「ルンド・バルゴアなど…貴公ら文院が、独自に構成したものに過ぎん。我々は、そうした組織を認めていないし、実権を与えたつもりも……」
ファルド「………」
ファルド「…ちょっと待て。」
ファルドが老人の顔をもう一度見つめる。
ファルド「…ゾラル・ヘインザム…か?」
ゾラル「……」
ファルド「……その名は、もう100年近い昔の執筆官の名だ…。」
セヴァルド「…」
ゾラル「……」
ファルド「…なぜ、生きている…?」
ゾラル「…王府官か。」
ファルド「…」
ゾラル「……他に誰がおる?」
ファルド「……?」
ゾラル「…誰が、“原基”を管理するのだ?」
ファルド「!……」
ゾラル「…それが、我々の役目だ。」
ゾラル「…原基こそが、我々の世界の根源。…そして、最大の謎だ。」
ゾラル「……それは、人の一生で到底解明できる代物ではない。」
セヴァルド「…彼らには、それを守るという崇高な理念がある。」
ファルド「……それが私利私欲に塗れていようとも?」
セヴァルド「ファルド!…口を慎めッ!」
彼らの下に、階段を登る音が鳴る。
ガナック「そうだ、ファルド殿。…これが真相であり、元凶だ。」
ドレヴァ「ガナック…!」
ドレヴァ「我々の軍勢は……!?」
ドレヴァは、下を覗き込む。
そこには、数多くの倒れた兵士、文律師――。
ドレヴァ「ミ…ミルザ!…レグナス!!どこだ!?何をしている…!」
ガナック「この任期中、ずいぶんと調べた。」
ガナックは階段を上り終える。
その下には数名の“牙”が待機している。
ガナック「…原基は、本来、世界を保つものだった。」
ファルド「……」
ガナック「…原基は、血を喰う。」
ゾラル「……」
ガナック「…本来は、自然な死だけだった。」
セヴァルド「…貴様――」
ガナック「…それを、奴らは変えた。」
ガナック「そして、あまつさえ、それを自身のために使用した。」
ファルド「…自身のために使用した、だと…?」
セヴァルド「……それは私利私欲などではない。ゾラル様の言うとおりだ。」
セヴァルド「…触れるな。」
セヴァルド「…だから、我々と…ルンド・バルゴアが管理している。」
ガナック「…禁じられた文律もある。」
ガナック「…人を、死なせない類のものだ。」
ファルド「!……」
ガナック「……そして、それには、多くの燃料がいる。」
ファルド「…だから、文院は“牙”と手を組み、文律師を計画的に殺して…!」
ファルド「しかし!それによって、多くの一般市民も犠牲となった…!」
ファルド「……目くらましとでも言うのか!?」
ガナック「…その通りだ。」
ファルド「…それが人の所業か…!?そんな理由で、人々は殺されるのかッ!」
ガナック「当然の怒りだろう。」
セヴァルド「それは、貴様も承知の上!体よく使っていたではないか!」
ガナック「…彼らの野心までは見抜けなかったようだな、セヴァルド。」
セヴァルド「!……」
ガナック「首領ダインは、“原基”の破壊を目論んでいる。」
ガナック「もっとも…私は、そこまでしてもらっては困るが…」
ガナック「…だが、停止が叶わなければ、それも辞さないつもりだ。」
ファルドが一歩前へ出る。
ファルド「…なぜ文律師の血なのだ…?」
ガナック「…それは、少し違うな。“原基”に登録されているか否かだ。」
ガナック「それを“文律師”などと呼んだのは、我々の都合だ。」
ガナック「本来は、全てを登録する設計だったのかもしれんが…」
ゾラル「……喋りすぎだ、ガナック・エギング…!」
ガナック「……そこをどけ、ゾラル。」
ゾラル「!……」
ガナックは、空を見上げる。
原基が置かれる周辺には、高い断崖が円筒状に囲み、
真上に空いた穴からは空が広がっている。
ガナック「…ヴェシュラ、居るのだろう。」
空からヴェシュラが舞い降りる。
着地の瞬間、減速してゆっくりと足を床につけた。
その優雅さとは裏腹に、左腕を中心として裂傷や打撲痕が広がり、
全身は血に濡れていた。
ガナック「…苦労したようだな。」
ヴェシュラ「……。」
ガナック「さて、選択するがいい。…黙って去るか、ここで果てるか。」
ドレヴァ「なっ…!」
ドレヴァは、本能的か、セヴァルドの裏側へ隠れる。
セヴァルドは一呼吸置いて、静かに話す。
セヴァルド「…我々を、追い詰めた気か?」
ガナック「……」
セヴァルド「……ゾラル様。」
ゾラル「……」
ゾラルは懐から二つに折りたたまれた羊皮紙を取り出す。
セヴァルドがそれを掴む。
ガナック「!…回避だ、ヴェシュラ!」
セヴァルド「発現。」
セヴァルドとゾラルが深い青紫色の膜に包まれると同時に、
この世のものとは思えない重低音が響く。
ガナック「(禁律…!)」
ヴェシュラがガナックの手を引っ張る。
ヴェシュラ「“ランバー”!」
ドレヴァ「お待ちください!わ、私も――」
ファルド「――ッ!!」
次の瞬間、水平方向に漆黒の閃光が走った。
それは、あまりにも静かで、全ての音を置き去りにしていた。
周辺の断崖に激しく衝突すると、
その時に始めて恐ろしい衝撃音が鳴り響いた。
そこに居た数名の悲鳴が、崩れていく土砂の音にかき消される。
ガナックは、階段から転げ落ちた。
それを覆い被さるようにヴェシュラがいた。
ガナック「!!……」
ガナックが目を開ける。
ガナック「おいッ…ヴェシュラ…!」
彼女の背中に手を掛けたガナックは、
自分の手が血糊に染まっていることに気付いた。
ガナック「……」
ヴェシュラ「…ご無事ですか……ガナック様…」
ガナック「…お前でも防ぎ切れんとは…」
ヴェシュラ「…すみません……」
ガナック「……謝るな。」
ガナックは、ヴェシュラをそっと横にさせて、おもむろに立ち上がる。
この時代にそぐわない白い床と階段には、
円周上に大きく切り取られたような亀裂が入っている。
ヴェシュラ「……ガナック様…」
ヴェシュラ「…私は……」
ヴェシュラ「…役に立ちましたか……?」
その時、初めてヴェシュラは、
ガナックの形容できないような、寂しさを思わせる表情を浮かべているのに気が付いた。
ガナック「……もちろんだ。」
ガナック「…お前には、悪いことをした。」
ヴェシュラ「……いえ…」
ガナック「…終わらせてくる。」
ヴェシュラ「……」
ヴェシュラは、来るであろう“その時”を覚悟した。
原基への最後の階段が続く、踊場にセヴァルドとゾラルが立っている。
他の者は、死んだか、落ちていったか、何もわからない。
ガナックは、静かに階段を上り始めた。
続く




