【第45話 交錯】
王都エストルドの港は、朝の喧騒から一転、
何事もなかったかのように日常の風景を取り戻していた。
レドは、その港を足早に通り過ぎながら、埠頭を見回している。
レド「(…戦いが始まっている…。)」
レド「(……浮板では、文律を感知されてしまう…)」
彼の視線の先、埠頭に佇む懐かしい姿が目に入った。
レド「!……」
その女性も、レドに気付き、一瞬ためらった態度を見せた。
スーラ「……やっぱり来たのね。」
レド「…スーラさん…」
スーラ「……王都に戻ってきている話、本当だったのね。」
レド「……」
レド「…どこかに、使える船は無い?」
スーラ「……行くしかないのね。」
レド「……ガナックを止める。」
スーラ「!……」
スーラ「…不思議ね。」
スーラは、穏やかな海を眺めた。
早朝に立ち込めていた霧は、すっかりと晴れている。
スーラ「…文院を抜け出したあなたが、今度は文院の味方?」
レド「…違う。オレは、どちらでもない。」
レドの返答は短く、鋭い否定だった。
スーラ「……結果的には、そうなるよ。」
レド「…君は行かないのか?」
スーラ「…あなたの知るところじゃないわ。」
レド「……その通りだ。」
スーラ「……そんな顔、できるんだね。」
レド「…?」
スーラ「……」
彼女は、右手を少し上げて、遠くの方を指さした。
スーラ「……あそこに、漁船がある。」
わずかな沈黙があった。
スーラ「…あそこの漁師は、いつも早朝だけ使っている。」
彼女は、それしか言わなかった。
だが、レドには十分だった。
レド「……ありがとう、スーラさん。」
レドは小さく呟いた。
スーラ「…私は、セヴァルド様とガナック様…誰の味方でもないだけ。」
スーラ「……この先、起きる戦い…」
スーラ「…結果は、もう決まっているかもしれない。」
レド「……」
スーラ「…それでも、人は動くのね。」
レドは、スーラを一瞥すると、走り去っていった。
――ジラ島近海。
王府軍の一隻に接触した牙の船は、
雪崩れ込むように戦士たちが乗り込み、乱戦の様相を呈した。
その命を投げ捨てたかのような鬼気迫る猛攻に、
王府軍の精鋭たちをもってさえ、防戦に徹してしまうほどであった。
ドレヴァ「簡単に乗船させてしまうとは…」
セヴァルド「…構うな。彼らの“献身”に感謝し、島へ入るぞ。」
ドレヴァ「ふふふっ…」
文院の一隻が、再加速する。
乱戦状態の船舶の横を颯爽と去る。
――その時。
文院の船舶へ、何者かの影が飛び移った。
甲板に出ていた文律師は、その背後で何かが着地した物音だけを聞く。
文律師「?」
言葉を発する“暇”も無かった。
急転直下。
その男の腰の鞘から剣が抜かれると同時に一閃。
一太刀。
一度に二人の文律師の首が宙を舞う。
ボイザム「…」
その剣士の眼光は鋭く、
口角はわずかに上がっていた。
文律師「敵襲!」
ドレヴァ「…なに!?」
甲板の反対側で、文律師の声が響く。
ドレヴァの視界に映ったのは、まるで“狂犬”だった。
対応に迷いのあった文律師たちは、
その“迷いのない狂犬”の餌食にされた。
ドレヴァ「たった一人に何をしている!」
セヴァルド「(船上で派手な文律を使えないことを分かっているな…)」
ボイザム「!」
ボイザムが瞬時に頭を下げて、低い体勢を取る。
その瞬間、彼の頭上を巨大な炎弾が通過する。
炎弾は、間一髪で帆をかすめて上空で飛散した。
ボイザム「馬鹿か?船が沈んじまうぜ?」
ミルザ「…狂気の戦士、これまでだ――」
その台詞が終わり切ることは無かった。
ミルザの前に突進したボイザムの凶刃が喉元へ飛び掛かる。
ボイザム「!!!」
ボイザムの背後だった。
レグナスの剣が腹部を貫いていた。
レグナス「…たしかに、文律は危険だな。」
ミルザ「…レグナス…!」
ボイザム「がはっ……!」
ボイザムは、自身の腹から顔を出している刃を見る。
鮮血が、刃を伝って床に滴る。
それでも、なお――
ボイザムは狂気的な笑みを浮かべる。
レグナス「!」
ボイザムは、貫かれたまま剣を再び強く握りしめた。
反転。
自身に刺さった剣が、はらわたをねじり切る。
それでも――その剣は振り抜かれた。
レグナス「“ザラー”!」
レグナスは光刃の文律によって、
その最後の悪あがきを食い止めた。
ボイザム「……」
ボイザムは力なく崩れる。
ミルザ「はぁ…はぁ…。無事か、レグナス。」
レグナス「…ああ。…なんて戦い方だ。」
ボイザムの腹部は、すでに大きく裂かれて、血が止めどなく溢れていた。
ボイザム「……あとは…頼ん…だ……」
――そして、息は消えていった。
セヴァルド「惑うことは無い。進むぞ。」
ジラ島に文院の一隻が到着するのには、それほどの時間を要しなかった。
その後、次々と王宮と文院の船も上陸に成功した。
上陸した連合軍は、慌ただしく島の各所へ流れていった。
続く




