【第44話 海戦】
王都エストルドの港は、物々しい雰囲気を醸していた。
白いマントを羽織った数十名の王府軍が、着岸する船に乗り込む姿があった。
住民A「どうした?何かあったのか?」
住民B「…さあ。賊でも出たのかしら。」
住民たちの関心をよそに、その落ち着き払った姿は、
精鋭の兵士たちと判断するに容易かった。
その者たちの静けさは、かえって“不穏さ”を匂わせていた。
その中の指揮官と思わせる風貌の男に、
灰色の外套を纏い、色白の小太りで短く整えられた赤毛の文律師が一人訪ねる。
――ドレヴァだ。
ドレヴァ「指揮官は、貴公か?…我々と轡を合わせてもらわねば困る。」
ファルド「ファルド・アイリークだ。…緊急事態ゆえ、我々は王陛下の勅命によって行動する。」
ファルドは、淡々と答えた。
ドレヴァ「あそこは、文院が管轄する島。いくら勅命であっても勝手な真似は許さん。」
ファルド「文院も国家の一機関ということを、お忘れか?」
ファルド「…貴方たちも急いだ方が良い。この時間は、もうこちらのものではない。」
ドレヴァ「奴は、単身で乗り込む馬鹿ではない。…“牙”と共に来る。」
ファルド「その“牙”を引き込んだ元凶が、貴方がたではないか。」
ドレヴァの眉間の皴が寄る。視線を外して、一呼吸ついた。
ドレヴァ「…奴が来るまでに時間が掛かるということだ。」
ドレヴァ「先着さえすれば、防衛は容易だ。…そう判断した。」
ファルド「…我々も同じだ。選んだ以上、引くつもりはない。」
ドレヴァ「…現地の指揮は、執筆官のセヴァルド様が執る。」
ファルド「……出港準備を進める。失礼。」
ファルドは、振り返らずに船へと乗り込んでいった。
ドレヴァ「……」
ドレヴァの後方から、女の声が届く。
ミルザ「…ドレヴァ様、我々も出航を。」
それは、ミルザだった。
さらにレグナスも居る。
ドレヴァ「ここで役目を果たせ。されば、本部へ戻られるよう便宜を図ってやる。…よいな?」
ミルザ「はっ!」
レグナス「……はっ。」
港から次々に船が波音を立てて動き出す。
王府軍三隻、文律軍二隻の船は、セピウ海の霧へ消えていった。
――ガナックは、夢を見ていた。
薄暗い部屋の窓から細い日差しが、壁際に並んだ本棚を照らす。
その書斎にある古い椅子に腰を掛ける父の背中。
エフガル「…どうした、ガナック。また、仕事の邪魔をしに来たのか?」
ガナック「(父上…。)」
エフガルの顔は、ひどく疲れている。
だが、目尻の皴が優しくガナックの瞳に映り込む。
ガナック「…働き過ぎだって、母上が…心配しています。」
エフガル「……大丈夫だ。」
近づく少年のガナックの頭に、エフガルはそっと手を置いた。
エフガル「…ガナック――」
ガナック「…」
エフガル「お前は賢い子だ。」
エフガル「…人はな、自分の為なら、いくらでも言い訳ができる。」
エフガル「だが、他人の為に動く時だけは、逃げ場が無くなる。」
ガナック「……?」
エフガル「だからこそ、選べ。」
エフガル「…誰のために動くかを、な。」
――。
誰かが呼びかけている。
ヴェシュラ「…ガナック様。」
ガナック「!……」
船の中で、椅子に座っていたガナックは、虚ろに目を開く。
わずかに目を伏せた。
ヴェシュラ「…カルダムに到着しました。」
ガナック「…すまん、眠っていたか。」
ヴェシュラ「……お疲れでしょう。」
ガナックの表情が、すぐさま“日常”の厳しいものに変わるのを、
ヴェシュラは見ていた。
ヴェシュラ「…では、参りましょう。」
カルダムの港へ到着した二人は、船から降りると、
桟橋には、すでに何人かの戦士が待機していた。
ヴェシュラ「プジナエンテを迂回して正解でしたね。」
ガナック「ああ。…お陰で、奴らの目から逃れることができた。」
ガナック「…ナイラ・カイアロフ殿だな?」
ナイラ「…はい。首領より命を受けて。」
ナイラ「すでに、ジラ島へ我が同胞ボイザムが先鋒部隊を率いて出立している。」
ガナック「…時間を稼いでくれるだけで十分だ。」
ナイラ「奴は、少々品が無いが戦は上手い。役目は果たすでしょう。」
ガナック「…それで、我々の同志は…なるほど、あそこか。」
ガナックたちが停泊していた船の奥には、年季の入った五隻の船舶が映る。
ガナック「…ダイン・ラドナック殿には、感謝すると申し伝えてくれ。」
ナイラ「……首領の悲願でもある。この作戦は、我々が選んだ道だ。」
ガナック「…参るぞ。」
数時間後――
その海域に入った時点で、すでに戦いは始まっていた。
王都から南西方向へ進んだ王宮と文律の連合軍の船舶は、
ジラ島付近にて、“牙”の攻撃を受ける。
濃霧に乗じたその奇襲に、連合軍の編成は乱されるものの、
反撃に打って出た連合軍は、船上から弓矢や文律によって応戦を開始。
ボイザム「船をつけろ!乗り込んでいけッ!」
牙の戦士「おおーッ!!」
ボイザム「さあ、本番はここからだ…!」
続く




