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【第40話 ケルヴェルアの賢者】

 デインラム領、ロルダンの館。

 冬晴れの日、前日まで残っていた雪は、昼までにはほぼ溶け切っていた。

 ファーボは庭先で、多年草の苗に肥料を蒔いていた。

 ガルドは、ベンチに横たわり、それを暇そうに眺めては夢現の状態に陥っていた。


男の声「……“豪傑”よ。」

ガルド「……豪傑?…オレか?」


 ガルドの後方から、数人の者が門をくぐっていた。


ファーボ「……ザルワ様。これは、珍しい客人だ。」

ガルド「…ザルワ?…どこかで聞いた名だな…」


ファブ「…ファブ・ザルワと申す。」

ガルド「……ああ、思い出した。“ケルヴェルアの賢者”とかいう…」


ガルド「それで…豪傑とは、まさか、オ…」

ファブ「知らないのか?…そちらの老人は、デインラムの先代領主に仕えた凄腕の戦士だ。」

ガルド「……。この、じじいが?」

ファブ「豪傑のナラート、懐かしい響きだろう?」

ファーボ「はて…。昔のことで…」

ガルド「ちょっと待て。…おい、後ろにいるあんたら…」


ライネス「…どうも、その節は世話になった。」


 カザーナの教師ライネスだったことを、ガルドは思い出した。

 そして、馬に引かれた荷台には、ユリックが座り込んでいる。


ガルド「…どういう組み合わせだ?」

ファーボ「ガルド。…ロルダン様を呼んできてくれ。」



 ロルダンが玄関からゆっくりと出てくる。

 その後をつけるように、デインラムの野次馬たちが顔を覗かせた。


ファブ「…しばらく見ぬうちに貫禄がついたな、ロルダン。」

ロルダン「……ザルワ殿?…おお、ザルワ殿か。」


ロルダン「…何か御用ですか?」

ファブ「なに…わしではない。」


ライネス「…突然の訪問、失礼をいたします。私は、カザーナ分校に勤めるライネス・ウディルと申します。」

ジザ「せ、先生!やっぱり、先生だったのね!」


 ジザが輪に駆け込んでくる。


ライネス「ゾルーエル君、久しぶりだね。」

ジザ「…トラウダンのとき、レドが世話になったって。名前までは言っていなかったけど、きっとそうだろうと…。」

ライネス「世話になったのは、こちらの方だ。…それよりも、立派な文律師になったな。」

ジザ「い、いえ…。まだまだです。」


ロルダン「ジザ。感動の再会のところ、悪いが…」

ジザ「あ、はいはい。わかっています。」


ライネス「…彼が…いや、ユリックがレドに会いたいと。」

ロルダン「…」


ライネス「…しかし、彼はまだ喋られる状態ではない。“ファタウ”での意思疎通も試みたが、彼の微細な力を、私が拾う実力が足りなかった。」


ライネス「…そこで、賢者様に頼ったのです。そして、彼の意思がようやく分かって、ここへ。」

ファブ「……居ないのだろう?」


ロルダン「!……わかりますか?」

ファブ「道すがら、気配は無いことには気づいていた。」

ガルド「…気配だって?」

ライネス「彼の“ジャブス”は規格外だからな。遠く離れた人を感知できるのさ。」

ガルド「…ずるいな。」


ファブ「しかし、本当に居ないかどうかは、この目で確かめる必要があった。」


ロルダン「…して、なぜ、彼はレドに会いたいと?」


ファブ「……ロルダン。“原基”という言葉は知っているかな?」

ガルド「!……」


ロルダン「……名前だけなら。それが何かは知りません。」


ロルダン「どうした、ガルド。…お前、何か知っているのか?」

ガルド「…いや。レドが、あのいけ好かない執筆官と会ったとき、原基がどうのこうの言われたとか。」

ロルダン「…全然わからんな。」


ファブ「…ユリックは、原基の異常を直感的に感づいた。」

ロルダン「…すみません。私らには、何のことか…」

ファブ「無理もない。文院や王宮の一部の人間によって秘匿されている。」


ジザ「先生。…原基って、知ってる…?」

ライネス「…一介の教師には、具体的なことは何もわからない。」


ライネス「…ただ、この社会の根幹のようなものなのだろう、ということしか。」


ファブ「その表現は正しい。…原基は文律の“根”だ。」

ロルダン「!……」


ファブ「ここ数か月、文律が安定していないだろう?特に、ここやケルヴェルアのような外郭地域では顕著のはずだ。」

ジザ「……確かに。」

リュエラ「そ、そうなんですよ!」


 リュエラもその輪に飛び込んできた。


ファブ「…原基の力が低下している…もしくは曲げられているのかもしれん。」


ファブ「それを、彼は感じ取った。…これは普通のことではない。」


ファブ「彼は本能的に…原基の存在に気付いているのかもしれない。」


ロルダン「…そんなことが、あり得るのですか?」

ファブ「……天賦の才、というには表現がぬるいかもしれぬ。」


 ファブは、顎に蓄えた白い髭を、右手で小さく擦った。


ファブ「…結論から言おう。その原基というのは――」



ファブ「…ジラ島にある。」



ロルダン「ジラ島?…あそこは汚染された島と聞きますが。」

ファブ「…方便だ。」

ロルダン「!……」


ファーボ「…ですが、それを我々に伝える目的は…?」

ファブ「ユリックは、レドを頼ろうとしている。」

ファーボ「……」

ファブ「原基がひとたび崩れれば、我々の日常は瞬く間に崩壊する。」

ファーボ「…それをレドさんに止めてもらいたく、ここへ…?」

ファブ「…一人では無理な話だが、彼の悲痛な思いは無下にはできない。」


ファブ「彼が不在のことは分かったが、今はどこに?」

ロルダン「……」

ガルド「…それがよ、分かんないんだわ。」

ファブ「?……彼は、ここの用心棒になったのでは?」


ロルダン「はい。…いずれ、帰ってきますとも。」

ジザ「あ、あの、ザルワさん。」

ファブ「?」

ジザ「あ、握手してもらっても…?」

ロルダン「おい、こんな時に…」

リュエラ「あ、私も!」

ジザ「アンタは、彼の凄さを知らないでしょ?駄目よ、私が先に言った!」

リュエラ「減るもんじゃないし、いいでしょ?おじい様。」

ファブ「……」



ユリック「あっ…ああ……」


 荷台に座り込んでいたユリックは、何かを発しようとしている。

 手は小刻みに震え、大きく見開いた瞳は宙を彷徨っている。


ライネス「どうした、ユリック。」


 ライネスは、ユリックの傍へと駆けつける。


ライネス「ザルワ様。…すみませんが」

ファブ「…ああ。…“ファタウ”。」


 ファブは、左手をそっとユリックへ向ける。


ファブ「……」


ファブ「……なるほど。」

ロルダン「…彼は何と?」


ファブ「…原基がまた、変質していると…。何者かに手を加えられているやもしれぬ。」


ガルド「……ガナックだ。間違いない。」


 ガルドは、静かに言い放った。


ジザ「…執筆官の?」


ガルド「……奴なら、そうする。」


テス「…じゃあ、決まりだな。」

ガルド「…テス。」


テス「今のレドのことだ。…そのガナックの行動を知ったら、どうする?」

ガルド「…そりゃ、首を突っ込むだろうな。以前じゃ考えられんが。」


テス「そうだろう?ここを出たとき、覚悟を決めたはずだ。」


テス「…あいつが、今でもここを“居場所”と感じているなら――」


テス「助けに行く。」


ガルド「…お前、男気に溢れてんな。」

テス「私は、女だ。」


ガルド「…文院絡みだ。まだ、暗部が全部わかったわけじゃねえ。…オレも行く。」

ロルダン「…本気か、お前ら。」


ガルド「そうだろ、ジザ。」

ジザ「……」


ジザ「ええ!行きますとも!…行けばいいんでしょ!あいつ、子供なんだから!」


リュエラ「じゃあ、私も行かせてください!」

ロルダン「リュエラまで…」

リュエラ「…ずっと、ここ最近ザラザラした感じで嫌なんです。」

ファブ「…」


ガルド「お前は駄目だ、未熟者。」

リュエラ「そんな…」

テス「ガルド、いじわるするな。…リュエラなりに決心したはずだ。」


ガルド「……好きにしろ。」

リュエラ「好きにします!」


ロルダン「……はぁ。」

テス「ロルダンさん、心配要りません。…もしもの話ですから。」

ファブ「レドの検知は、引き続きやってみるが…」


ファブ「ロルダン。…よい臣下を持ったな。」

ロルダン「…はい。そう思います。」


 誰も、その言葉の真意を測れなかった。


 ――冬晴れの空は、どこまでも静かだった。


続く


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