【第39話 友】
その日は、ルガの多くの地が雪に覆われていた。
――文院本部。
セヴァルドは、部屋の窓辺から深々と雪が降る外の情景を眺める。
机には、文律の異常報告が書かれた書類が溜まっている。
ドレヴァ「…遅れました。」
セヴァルド「……先日、レドと会ったようだな。」
ドレヴァ「!……」
セヴァルド「…プトラたち…彼らは、お前の私兵ではない。」
ドレヴァ「…申し訳ございません。緊急でしたので、ご報告をせず…」
セヴァルド「……レドは、ハリートと会っていたようだが?」
ドレヴァ「…はっ。」
セヴァルド「…それで?」
ドレヴァ「…“原基”の場所を確認したとか…。」
セヴァルド「……読めんな。」
ドレヴァ「…はい。本人は、何も答えていないと……引き続き、尋問を。」
セヴァルド「…詰問は良い。奴に、嘘を通せる器量は無い。」
ドレヴァ「…では、なぜ…レドは原基などを…」
セヴァルド「……」
セヴァルド「…スーラは、どこにいる?」
ドレヴァ「…は、探してきます。」
ドレヴァは足早に部屋から出る。
セヴァルド「(…文律の不安定化が加速している…。あとは、証拠さえあれば…)」
セヴァルド「(…奴は“詰み”だ。)」
――別の部屋にスーラは居た。
可能な限り物音を立てず、細心の注意で戸棚を漁っている。
スーラ「……(これだ…。)」
スーラは、大量の羊皮紙の山から、選び抜いた数枚を手に取る。
スーラ「…(間違いない。)」
呼吸が浅くなる。
スーラは、足音を殺しながら入口の扉をゆっくりと開く。
――しかし。
「…やはり、お前だったか。」
スーラの後方から見知った声が、静かに響く。
スーラ「!……」
ヴェシュラが一歩前へ出る。
ヴェシュラ「…最近、ガナック様を嗅ぎ回っているようだな…?」
スーラ「…(二人は、今日ジラ島への渡航予定だったはず…)」
ヴェシュラ「……施錠が破られている。」
ヴェシュラ「…“文律”でやったのならば、見事だな。」
スーラ「……」
ヴェシュラがまた一歩、近づく。
スーラの耳元で静かに囁いた。
ヴェシュラ「…来い。ガナック様が会いたがっている。」
スーラは、動揺の余り、視界が狭まるような感覚に陥った。
ヴェシュラ「…ここは従え。その方が身のためだ…。」
スーラ「……わかった。」
スーラには、汗を拭う余裕すらなかった。
彼女が連れて行かれた先は、予想外にも文院の中庭だった。
ガナックは、その庭に面する長椅子に腰掛け、白く染まった光景を眺めていた。
ガナック「…惜しいな。」
ガナックは、彼女らの気配を感じると、開口一番にそう言った。
スーラ「…?」
ガナック「お前のような優秀な文律師が、セヴァルドの犬をしているのは、惜しい。」
スーラ「……ガナック様…。一体、何を…」
ガナック「…見たのか?」
スーラ「……いえ…!」
ガナック「見てよい。」
スーラ「!……」
ガナック「そもそも見られても良いものしか、置いていない。」
ガナック「…読めるんだな?」
スーラ「……」
ガナック「おいおい。…会話できなければ、これは済まないぞ。」
スーラ「…た、多少は…」
ガナックは微笑を浮かべると、ヴェシュラへ目配せした。
ヴェシュラ「…その古言語を読めるのは、文院でもほんの一部です。」
ガナック「……スーラ。」
スーラ「…」
ガナック「その非行を許そう。」
スーラ「!……」
ガナック「…私は、正しいことしか行っていない。」
スーラ「…セヴァルド様は…原基の不安定化を助長していると…」
ガナック「……それが、やましいことだと?」
スーラ「…!」
スーラ「文院の存在意義は…文律の管理と安全運用にあります…。」
ガナック「…優等生だな。」
ガナック「ならば、尚更だ。」
ガナック「…お前は、むしろ私側の考えだ。」
スーラ「…!」
ガナック「セヴァルドは、ルンド・バルゴアの意を汲んでいるに過ぎない。」
スーラ「…制度を守るのが、セヴァルド様と思っております。」
ガナック「…腐りきった偽りの制度を、か?」
スーラ「……偽り…?」
ガナック「寝返ろとは言わん。…ただ、自分の目で確かめるといい。」
スーラ「……失礼します。」
スーラは、建物へと逃げるように入っていった。
ヴェシュラ「…セヴァルドの所へ向かうのでは?」
ガナック「そう思うか?」
ヴェシュラ「…どうでしょう。」
ヴェシュラ「……あなたのやり方、相変わらず危険ですね。」
ガナック「…勝負所だ。リスクは背負うさ。」
ガナック「…次は、“血の供給効率”を鈍化させる。」
ヴェシュラ「……」
ガナック「…文律師の“血”こそが、ルンド・バルゴアの蜜だ。」
ヴェシュラ「……仰せのままに。」
ガナック「…予定通り、これからジラ島へ行く。」
ヴェシュラ「……はっ。」
ヴェシュラ「…ひとつだけ。」
ガナック「…なんだ?」
ガナックは立ち上がると、振り向かずに応える。
ヴェシュラ「…先日、レドがエストルドに現れたと。」
ガナックの後ろ姿が、一瞬固まったようにヴェシュラは感じた。
ヴェシュラ「…ドレヴァの独断で遣われたプトラが、自責の念に駆られたのか…セヴァルドへ報告したようです。」
ガナック「……なんだ、デインラムに居ないのか。」
ヴェシュラ「…目的は、よくわかっていませんが。」
ガナック「…構わん。どうでもよいことだ。」
ヴェシュラ「……」
ガナック「…あいつは、恐れるに足らん。」
ガナック「…どんなに優れた才能があろうが、それを操る意志と思想が無ければ…」
ヴェシュラ「……今でも、欲しかったのではないですか?…彼の力が。」
ガナック「……」
ヴェシュラ「…それとも、彼の心、ですか?」
ガナック「…お前…」
ガナックはヴェシュラへ振り向く。
ヴェシュラ「…語弊なく言います。……彼は、あなたにとって…友人なのではないですか?」
ガナック「…」
ガナックは、出口へ歩き出す。
ガナック「……それも、まやかしだった。」
ガナックの去った足跡は、白い地面を灰色に染めていた。
続く




