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【第38話 律の遺構】

 レドがドレヴァの支配から抜け出した、ほぼ同時刻。

 同じ王都の片隅で、ガナックはルンド・バルゴアの一人と面会していた。


ガナック「…このような所へお呼び立てして、申し訳ございません。…モルトガ様。」

モルトガ「……構わん。町の様子を見る、よい機会だ。」


 そこは、ヴェシュラの仮住まいの古民家だった。

 モルトガと呼ばれた老人は、静かに椅子に腰かけている。

 ヴェシュラの姿は無い。


ガナック「“庭園”のご様子は、いかがでしょうか。…依然、お変わりなく?」

モルトガ「…13人も居れば、それぞれだ。思想も違う。」

ガナック「……ゾラル様やパラ様は、ずいぶん強硬的に進めているようで。」


モルトガ「…ゾラル・ヘインザムか…」


モルトガ「…奴は“庭園”で生き過ぎた。世俗の感覚など、とうに忘れておる。」

ガナック「……そこまでして、人は生きたいものでしょうか。」

モルトガ「私は、あの中ではまだ若輩者だ。彼らの考えは、理解に及ばぬ所がある…」


モルトガ「…死というのは不思議なものだ。楽に見えると思えば、耐えきれぬほどの恐怖が交互にやってくる。」


モルトガ「…永遠に無意識が続くと思えば、この世にしがみつく者の気持ちも分らんでもない。」

ガナック「…それが“原基”の所以と申しますか。」

モルトガ「……解析は、随分と進んでいるようだな。」


モルトガ「…ルガ国の建国神話は、よく聞かされただろう。」

ガナック「…ええ。300年以上前に、ルガ人、イオルハ人、ファムロテ人の三つの民族の長が、この地の蛮族…フランバル人の王“ファイ・デュナンプ”を倒し、圧政から民を救った…。それが、ルガ国の序章ですね。」


モルトガ「…若造のお前に、ひとつ昔話をしてやろう。」


モルトガ「…この世界は一度終わっている。」


ガナック「……」


モルトガ「…この地に広がっていたのは、草木に侵食された古代の遺跡だけと聞いている。祖先たちに何があったかを確かめることはできんが、我々は、そのわずかな生き残りであることだけが明らかだ。」


モルトガ「……“原基”を発見したのは、第一の入植者であるフランバル人だ。」


 ガナックは、それを聞いて少しの間だけ黙り込んだ。


ガナック「…建国神話など、尾ひれが付くものと承知していますが、随分と違う内容ですね。」


モルトガ「彼らは、原基の解明を進めていくうちに、いくつかの効力を発見した。」


モルトガ「…第一に、原基の周辺一帯は汚染の影響を受けていないこと。」


モルトガ「第二に、その原基に触れた者は、新たな“力”を授けられたこと。」


ガナック「…文律…」


モルトガ「…その後も原基の研究が進められ、その集団は自らを“ルンド・バルゴア”と名乗った。」


ガナック「!……」


モルトガ「建国からしばらくすると、国家は、原基を管轄する“文院”を設立した。その名を冠する組織は “文院最高評議機関”と名乗り、特権階級に居座ることとなった。」


ガナック「…」


モルトガ「…だが、長い年月を経て、次第に腐敗した。約200年前に、ソルヴァ王が“執筆官制度”を定めたのも、文院への監視役とするためだ。」


ガナック「…執筆官が常に二人任命されるのも、互いの暴走を抑制するためとしていますが…その実、ルンド・バルゴアの顔色を窺いながら仕事をするしかない。」


モルトガ「正確な評論だ。」


モルトガ「…ガナック。わしがこの話をした目的を言おう。」


モルトガ「…原基の目的は、何と心得る?」


ガナック「……」


 ガナックは、モルトガを静かに見つめる。


ガナック「…そうですね。“小規模国家の安定化”…とも言えましょうか。」


ガナック「…きっと、古代は今よりも繁栄し、人が多かったことでしょう。国内外に点々と広がる遺構がそれを証明してます。」


ガナック「溢れかえった人間たちは、土地や資源を奪い、やがて大国同士の戦争へ繋がる。」


ガナック「大戦争は、人間という種をまるごと焼き払うのに十分だ。」


ガナック「…原基は、そうならないための“分断”を作っている。汚染された世界で、限られた土地だけを清浄に保ち、小さな文化圏を形成する。…文律は、その少人数の社会的運営を手助けする道具…。そう考えることもできましょうか。」


モルトガ「…おもしろい考えだ。お前の考えだと、原基は他にもありそうだな。」


ガナック「…どうでしょうね。世界の広さに比べれば、おそらくルガ国など小さなものです。…我々現代を生きる人間が、その真実に到達することは、無いでしょうから。」


ガナック「……ですが、モルトガ様。ひとつ気になることが…」


モルトガ「…?」


ガナック「…“聞いている”と言いましたね。……誰の言葉ですか。」


モルトガ「……」


 モルトガは、ガナックの視線を払うように、小さく笑った。


モルトガ「…お前に話したのは、昔話に過ぎない。」


モルトガ「…昔話には、尾ひれが付くのだろう?…その程度でよい。」


ガナック「…モルトガ様は、正直のようだ。」


モルトガ「…わしはな、ガナック。…原基は、“人類が生き延びるための檻”と考える。」


ガナック「檻…ですか。」


モルトガ「……檻を壊したら…もう、やり直しは効かんかもしれん。」


ガナック「……」


モルトガ「…それでも、お前は……」


ガナック「買い被りです。私に、それほどの力も覚悟もございません。」


モルトガ「…」


ガナック「ですが…原基が無くなった時、人は死ぬのか、それとも生き続けるのか…。それは分かりません。」


モルトガ「…選択するのは、我々老いぼれの仕事ではない。…しかし、考え違いをするな。このルガの数十万の命を背負える者など、どこにもおらぬ。」


ガナック「…はい。心得ています。」


モルトガ「…それで、要件は?」


ガナック「…骸府の回収条件を“改竄”したのは、ルンド・バルゴアですか。」


モルトガ「……構文を解読したのか。」


 ガナックは、確信した笑みを浮かべた。

 それは、先ほどの意趣返しであるかのように。


続く


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